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小栗旬が最終日にもらったラブレター


#プロフェッショナル終わってません


『プロフェッショナル 16年の歴史に幕』

今年1月、こんなタイトルのネットニュースが流れ、プロフェッショナル班に激震が走った。
10人以上の友人からも「終わるの!?」と連絡が来た。寝耳に水だ。
自分も「終わるんだっけ!?」と思わず一人でつぶやいた。

いやいや、終わってません。プロフェッショナルまだまだやります。

5月3日、小栗旬スペシャル、やります。

担当は、私の3つ後輩の和田D。2020年12月から、400日におよぶ密着を行った。大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に挑む小栗旬さんに、デジカメ1つで乗り込んだ。
小栗さんにとって初の大河ドラマ主演。鎌倉時代の武将・北条義時をどう演じるか、もちろん和田Dはそこに焦点を当ててくると思っていた。

だが、そのカメラに収まっていたのは、弱音を吐き自己否定を続ける姿。そして小栗さんが自身の言葉で「マグマ」と称する「怒りと叫び」。
39歳の小栗さんの今が、こんなに見せて良いのかと思うほど和田Dとの対話の中で見えてくる。

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今回自分はデスクという立場でこの番組の制作に関わった。
デスクはディレクター(自分で取材し、番組を作る)と、プロデューサー(番組の方向性を決め、制作における責任を負う統括)の間にある立場。ディレクターの話を聞きながら、構成のアドバイスを行い、編集をサポートする。
ディレクターとは異なり、小栗さんご本人にお会いすることはない。その分、視聴者の視点、客観的な目線が求められる。

就活の神様降臨

だが、さかのぼること今から12年前、就活生だった私は小栗さんとニアミスしている。
NHKの入社面接、おそらく3次面接だっただろうか、廊下で椅子に座りガチガチに緊張して順番を待っていた。私の他にリクルートスーツを着た就活生が3人。皆ガチガチだ。
そこにさっそうと着物姿の小栗さんが現れ、我々の前を横切った。そして、通りすがりニコッとスマイルを送り、「頑張って」と声をかけ去って行った。

僥倖っ・・・!なんという僥倖・・!

日常の一コマにいきなり小栗旬。これがテレビ局か!
当時、大河ドラマ「天地人」が放送されており、小栗さんはその撮影に来ていた。

しかし、今改めて考えると少しおかしい。ドラマの撮影が行われるフロアと面接会場は全く異なる場所にある。役者さんの動線としてあの廊下を通るわけがない。
NHK人事が就活生に「これがテレビ局だ!」を見せつけるとんでもない戦略だったのではないか。我々が夢中で「花より男子」を見てきた世代で、「まーきの」育ちなことを計算していたのではないか。小栗さんは人事に懇願されて、あの廊下を何往復もしていたのではないか。そんな邪推を今でもしている。
小栗さんの最高のスマイルによって気合いが入った私は、面接を突破することができた。

それから12年、まさか小栗さんの番組の制作に携わるとは思ってもみなかった。しかし今回は取材現場に行かないデスクとしての参加。最も重要なのは、冷徹とも思われるくらいの冷静さだ。

撮影を終えて編集室に入ってきたディレクターの視野は狭くなっている。
撮影中に起きた様々な出来事、交わした約束、濃くなりすぎた人間関係が邪魔をし、「あのシーンは絶対良い、あのシーンは外せない」と思い込む。
デスクは、視聴者によりわかりやすく届けられるように視野を広げ、番組に客観的な視点をいれていく。

だがどうしたものか。映像の中に客観的な視点を入れようにも、どうにもこうにも入らない。

和田Dの小栗愛がこびりついて離れないのだ。
ゴシゴシゴシゴシ金たわしで何度もこすっても、全然落ちない。困った。

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ここで少し、和田Dを紹介しよう。

「気にしい」な和田D

和田Dとは、初任地福岡局からの付き合いだ。
身長175センチ、体重95キロの大きな男。趣味はタバコと酒。20代の頃、休日は府中・川口・平和島でレモンサワーを朝からすすって過ごしてきた。
こう言うとアウトローな男に聞こえるが、実はとても気が小さく、かわいいところがある。(字も綺麗)

皆でお昼ごはんを食べていたときのことだった。話の流れで、「プロフェッショナル班の誰の番組が一番面白いと思うか?」と、ある先輩が和田Dに聞いた。
すぐに和田Dの表情が曇る。黙り込み、大きな体を小さく縮め、顔を真っ赤にすると、滝のような汗が流れ出てきた。

重く考えず、サラッと正直に答えればいい質問。
だが汗は相変わらず止まらない。
あの人の名前を出せば、この人の顔が立たない。そんなことを考え答えられず、ダラダラと汗が流れ続けた。(僕の名前が出ないかなぁと小さな念を送ったが出なかった。いいよ、気にしてないよ)

とにかく「気にしい」なのだ。

あの日以来、和田Dのことがモンスターズインクのサリーに見えるようになった。おっきくて優しくて、だけどちょっと臆病。

そんな気弱な和田Dがいったいどうやって、小栗旬さんの弱音、もがき、マグマを引き出したのだろうか。

本人に尋ねると、正直最初はめちゃくちゃびびっていたらしい。

「ごくせん」、「クローズZERO」、などを見て育った和田D。学生時代は小栗さんのオールナイトニッポンも夢中で視聴し、深夜のはっちゃける姿も耳にしてきた。
小栗さんに対して「無骨で荒くれ者」のイメージを持っていた。

そして二人が出会った密着初日、和田Dはおそるおそる「撮られたくないことはないですか?」と尋ねる。
小栗さんは、「見せたくないものも、聞かれたくないこともないよ。」と断言。まさかのNGなしだった。

さらに小栗さんはこう告げた。

「普通の番組作ったら承知しないからね。」

逃げ場なし。完全に追い込まれた。和田Dから再び滝のような汗が出たことは容易に想像できる。

決意のミニマリスト

そして和田Dは、一つの決意をした。

着る服は全て「黒」

黒のズボン3着と黒のTシャツ5着を用意し、全身黒で大河ドラマの現場に毎日通い詰めた。黒は目立たないし、ガラスにも反射しないため映り込みも防げる。
でも理由はそれだけではない。小栗さんの個性を100%引き出すためには、自分の存在感はゼロにすべきだと考えた。

しかし時には違う服も着たくなる。そんな迷いを打ち消すため、クローゼットの中の服を全て捨てた。

全身黒、大きな体を小さくし、カメラを回すのはとりあえず後回しにして、とにかく小栗さんのそばに居続けた。小栗さんと心が通う時をじっと待った。

和田D note イラスト2


転機があった。是非放送を見てほしいのだが、撮影期間中、二人の間にある一つの出来事が起きる。それをきっかけに小栗さんは全てを話すことを決めてくれた。そして、密着取材がうまくいくよう、とにかく気遣ってくれた。

小栗さんは、和田Dが大河ドラマの現場になじめるよう、共演者の一人一人に「和田君よろしくね。」と紹介してくれた。
制作スタッフにも、「和田君の立ち位置良くなったよね、撮影の邪魔にならなくなったよね。」と、孤立しないよう常に気を配ってくれた。

和田Dがカメラに収めていたのも、ひたすら気遣いをする小栗さんの姿だった。

大河ドラマの撮影中、小栗さんは毎日、自分がつけるマスクにひと言メッセージを書く。共演者やスタッフがコミュニケーションを取るきっかけになるよう、自ら道化になり、場を和やかにする。

演技についても、常に相手目線。
小栗さんが頭を悩ませるのは、「共演する相手が “芝居をしやすい” 芝居をできていたかどうか」、ということ。

常に視点は自分ではなく、他。周りがハッピーかどうかにある。

そして、

「人の顔色ばっかり見てるから、良い役者になれないんだよ。」と喫煙所でぼやく。

気を遣って、気を遣って、時に自分が嫌になって弱音が出る。

なりたい自分に全然なれないよと、吐露する。

和田Dの撮った映像は、そんな姿の連続だった。

おそらくそれは小栗さんの全てではないし、400日だろうが1000日だろうが密着してもその人の全てが映るわけではない。
だが気を遣って、気を遣って、汗をダラダラとかきながらまた気を遣ってしまう和田Dと小栗さんが何か呼応したのではないかと、僕は思う。

似た要素を和田Dが撮ったのか、それとも似ている二人が一緒にいたから似ている部分が出てきたのか、それは本人に聞いてもわからないのだが、その400日の現場に確かに化学反応があったことを感じた。

だからであろう、それは今までイメージしていた小栗さんの像ではなかった。

弱く、繊細で、慈愛に溢れた姿だった。

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伝え続けた小栗愛

一つ、気づいたことがあった。密着の後半、和田Dは小栗さんに質問をしていなかった。取材において、普通ありえないことだ。

和田Dは、一緒にいる日々の中で感じたこと、小栗さんという人について思ったことを、ただ本人に伝えるだけだった。
すると、それを聞いた小栗さんが自然と語り始める。そうやって出てきた言葉の数々は、等身大の、飾らない本音だった。

質問をするのではなくて、感じたことをただ伝える。これこそ、最強のインタビューだと思った。

「プロフェッショナル、とは?」を聞く最後の撮影の直前、和田Dは完成した映像を小栗さんに見せた。
乗馬の練習、殺陣の稽古、クランクイン初日。時間の経過とともに少しずつ内面を吐露していく己の姿をじっと見つめる。

全ての映像を見終えた小栗さん。顔をくしゃっとさせ、照れくさそうに笑いながら、

「和田君からラブレターをもらっちゃった」
と言った。


さて、肝心の編集。僕がやらねばならぬのは、冷静な視点を入れること。
だが深まっていく和田Dと小栗さんの二人の関係に、最後までハサミを入れられなかった。

今回は、諦めた。こびりついた小栗愛はそのままにしよう。

でも、だからこそ見たことのない面白い番組が生まれた。
二人のセッションを是非楽しんでもらいたい。

2022年 5月3日(火) 19時30分~20時42分
「プロフェッショナル 仕事の流儀 小栗旬スペシャル」
https://www.nhk.jp/p/professional/ts/8X88ZVMGV5/episode/te/GGWV6RRQXL/
(放送後、NHKプラスで1週間の見逃し配信を行います。)

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ちなみに・・・。大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に、ドはまりした。めちゃくちゃ面白い。最初は「北条義時って誰だ?」と思って、こんな有名じゃない人物で1年間もつのかと勝手ながら(大変失礼ながら)心配していた。

以下が、この大河ドラマを見る“前”の僕の考える「歴史上の人物で打線組んだら」だ。


1番センター・豊臣秀吉
2番セカンド・吉田松陰
3番ショート・坂本龍馬
4番サード・織田信長
5番キャッチャー・西郷隆盛
6番DH・伊達政宗
7番ファースト・武田信玄
8番レフト・石田三成
9番ライト・卑弥呼
ピッチャー・徳川家康

と、したい。
北条義時はベンチ入りもしないのではないだろうか。

今は、こう変わった。


1番センター・源頼朝
2番セカンド・坂本龍馬
3番ショート・北条政子
4番サード・織田信長
5番DH・源義経
6番キャッチャー・西郷隆盛
7番ファースト・伊達政宗
8番ライト・北条義時
9番レフト・豊臣秀吉
ピッチャー・徳川家康

う~ん、強そうな気がする。

「鎌倉殿の13人」。これからどうなるのか、ワクワクしている。


和田ブランコ

制作者:和田侑平ディレクター
2013年入局。初任の福岡局を経て、宮崎局時代に制作した「鮮魚店店主」でプロフェッショナル・デビュー。2017年の異動でプロフェッショナル班に加入。「美容師・高木琢也」「新喜劇座長・小籔千豊」「料理人・米田肇」「宅配ドライバー」などを立て続けに制作し、先輩ディレクターを脅かす存在となる。「小栗旬スペシャル」の放送を前にドキドキが止まらない。

奥写真

執筆者:奥翔太郎ディレクター
2010年入局。初任地は福岡。「生花店主・東信」「歌舞伎俳優・市川海老蔵」「納棺師・木村光希」、「プロのおうちごはん」などを制作。
「石川佳純スペシャル」、「サンドウィッチマン スペシャル」、「田中将大スペシャル2021」を制作し、「小栗旬スペシャル」でデスクに挑戦。