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サラリーマンにとって同期は良薬か?毒薬か?

消されたテーマソング

突然ですが、プロフェッショナル仕事の流儀のテーマソングをご存じだろうか?
「♪ずっと探して~た、理想の自分って~♪」と始まるあの曲だ。僕は仕事でピンチになると、この曲が頭の中で流れる。僕も番組の主人公のように、なんとかもうひと頑張りしてできないか・・・。なんとか、この状況を打開できないか・・・と思うのだが、大抵はうまくいずに撃沈する。

この曲、(Progressと言うのだが)、番組宣伝でもとても重要で、流れると「おっ!プロフェッショナル始まるね!」と視聴者に一発で伝えられる。葉加瀬太郎がきこえれば「情熱大陸」、「ル~ルルルルルル~ルル♪」と聞けば「徹子の部屋」だと誰でもわかるほど、テーマ曲は超大事なのだ。

が、ゴミ収集員の回で、同期ディレクターの髙橋はなんと、我らの宝であるこの曲を番組予告から消したのだ!

なんたる冒涜・・・
代わりにテレビから流れたのは「ハッ、ハッ、ハァ、ハァ」という主人公の激しい息づかい。そして、「早くゴミのところに行きたい!」という呪文のような言葉だけだった。
これじゃあ、プロフェッショナルだってわからないじゃないか!正直、いつもと全く異なった演出に、カウンターパンチを食らった。一体なぜ、あの曲が流れないのか?そこにどんな意図があったのか?

僕は放送翌日、その意図を髙橋に聞いてみることにした。 

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同期は、良薬か?毒薬か? 

同期の髙橋は、とにかく緩い雰囲気をまとった男だ。服装は登山用のアウトドアブランドをゆら~っと着こなし、ズボンや足下もゆるっとしたサイズを愛用している。一瞬、繁華街のキャッチのような風貌で会社にやってくるため、遠目から見ても一目で髙橋だと分かるような感じだ。もちろん、性格もゆるい。髙橋から他人を批判するようなネガティブなワードを一切聞いたこともないし、いつも僕のことを名前の潤の頭文字から「J」と呼ぶなど、おおらかで温かな雰囲気をかもしだしている。

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そんな髙橋が作ったのは、「自分を拾う、夢を運ぶ ゴミ収集員~岳 祐介~」。大変失礼ながら、プロフェッショナル史上最も知名度が無かったと言っても過言ではない男が主人公だ。彼が働く神奈川県横浜市は、なんと日本の市町村で最もゴミ排出量が多い街で、岳さんはたったひとりで1日3トンのゴミを回収しているという。

そんな岳さんの番組予告で、なぜ一切progressが流れなかったのか・・・。翌日、髙橋に会ってすぐに聞いてみた。
「次回予告の試写で、progressを流し忘れただけ。でも、思いの外良かったから採用した・・・」というゆる~いものだった。想定外のような想定内のような・・・。僕は「良いディレクターは、運すら味方につける」というCPの言葉を思い出し、なんとも言えない気持ちになった。ここ数年、同期ディレクターの存在のやっかいさについて、いろいろと思うことがある。

基本的にNHKで「同期ディレクター」という存在は、縦割り社会のなかでの心のオアシスのような存在だ。ネタが見つからないとき、取材がうまくいかないとき、試写でボロボロになったとき・・・。僕はうまくいかないことがあれば、すぐに同期に相談する、そして、大抵その相談はすぐに終わって、与太話に花が咲く。山本出デスクも「最後に味方になってくれるのは同期しかいない」と教えてくれたことがあるくらい、同期は自分自身のなかで心の安定剤になっている。

プロフェッショナル班には、僕と髙橋を含め、4人の同期ディレクターいる。
ふだんの同期は皆、物事を一歩退いたような目線で見る、前に出るような男たちではない。でも番組では、「これでもか!これでもか!」というくらい、自分の色を出してくる。僕はそんな同期の番組を見る度、「自分は同期と同じくらい、自分の色を出せているのか?」という無言のプレッシャーに押しつぶされそうになる。だからこそ、同期は近くにいて欲しい。でも、時々は遠くにいたい・・・という厄介な存在なのだ。

そして今回も同期は僕に猛プレッシャーを与えてきた・・・
どこからか出た、あのうわさを聞いてしまったのだ。

「髙橋の番組、めちゃくちゃ面白いらしいよ・・・」

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 初めて見た、同期の「100か0かの賭け」


番組が始まった瞬間、「髙橋・・・攻めたな・・・」と思った。

放送直後、僕の携帯が鳴った。嫌な予感だ・・・。
そのとき僕が撮影していたロケ先からも「昨日の番組、めちゃくちゃ面白かったですね」と連絡が来た。これ以上、余計なプレッシャーを与えないで欲しかったが、確かに認めざるを得ない・・・。

髙橋のアイデアがいろいろな場面で光っていた。例えば、番組冒頭、ゴミを取りに小さな隙間をぬって走る映像がある。岳さんの頭に、小さなアクションカメラをつけたらしい。岳さんの勢いやスピード感を出すために取り付けてもらったという。本人でないと分からないプロの目線を体感できるだけでなく、通常のカメラではありえない目線の臨場感があった希有な映像だった。

主人公の岳さんの素直な思いもリアルに記録していた。岳さんの見た目はかなり武骨でなんだか怖そうな人に見えるが、ディレクターの問いには優しく答えるのが印象的だ。
髙橋の持ち前の取材者に寄り添う姿勢だけでなく、これまで見せてこなかった「100か0かの賭け」に出た試行錯誤の姿だった。

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髙橋の攻めの姿勢は、今回のテーマである「ゴミ収集員」という職業に目をつけたときから始まっていたように思う。どの番組も初めの仕事は、どんなテーマで番組を作るかというネタ探しから始まる。プロフェッショナルの場合は、自薦・他薦を受け付けていないので、必然的に「誰を主人公にするか」という取材相手を決めることが僕たちディレクターの最初の、そして超重要な仕事になる。主人公選びは取材相手にほれ込むことも大事だが、最終的には「どれくらい興味深い職業なのか?」「他のプロとは何が違うのか?」「どんなシーンが撮れそうか?」という計算も考えなければならない。 

よく同期同士、主人公について相談しあう。
その日も髙橋は、だぼっとしたスウェット姿で僕の隣に座り、「J、おれさ~今度の主人公をゴミ収集員で考えているだよね~」と言われた時、(髙橋、ゆるい男とみせかけて、めっちゃ攻めるな・・・)と驚いた。

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人々の快適な暮らしのためにと住宅地を繁華街を走り回るエッセンシャルワーカーであるゴミ収集員に今こそスポットを当てたいという。ヘラヘラした笑顔の奥にアツいハートを持つ男で、口元はヘラヘラしているが、目がギラギラしているように見えた。・・・・ような気がする。

「ゴミ収集員」という、全く何が起こるのか分からない職業。この文章を読んでいる方の中には面白そうな職業を選んだ時点で、絶対に番組が面白くなると思われる方もいらっしゃるだろう。だが、現実はむしろ真逆。この番組はゴールが見えない中でマラソンを続けるような感じだったと思う。

例えば、ゴミ収集員の仕事は、「ゴールがある仕事」というより、ルーティーンに近い仕事だ。困難なプロジェクトへ臨む姿や、頭を悩ませる案件に試行錯誤する姿などを、主人公の葛藤をドキュメントするという方法は難しい。毎日現場に足を運んだとしても、劇的な場面に立ち会えるかは、ディレクターの運次第。視聴者をひきつけるようなドラマがなく、同じような状況の場面が45分続いてしまう可能性すらあり、そうなると岳さんの仕事の流儀が伝わらない番組になる恐れもあった。これは「プロフェッショナル 仕事の流儀」ディレクターとしては致命的だ。

だが、髙橋はさらに攻めた。主人公の岳さんとの撮影を、カメラマンなしで1対1で希望した。これも非常にリスクが大きい賭けだ。通常のロケはカメラマン・音声マンと3人で行うため、番組について迷ったときや悩んだときはチームで相談することもできる。だが、一人でロケを進める場合は、何が起こったとしても自分を信じて、ひたすら目の前の主人公と向き合わなければならない。1対1のロケは慣れないカメラ撮影に追われるだけでなく、ディレクター心理的負担もとにかく大きいのだ。

そんな攻めのプレーを3ヶ月続けた髙橋は、最初は慣れない現場に相当疲弊していたという。「朝日が昇らないうちに起きる」という疲れだけでなく、当初はゴミの匂いがなかなか鼻から抜けず、食欲不振で2週間で3キロ近く落ちたという。そんな過酷な現場を体感すると更に岳さんへの尊敬が増し、撮影にも力が入っていったという。これまで髙橋は「虐待支援」「洋食店店主」の2つの番組を制作し、それぞれの主人公に寄り添って丁寧に番組を制作していた。でも、同期の目線では、今回のような100か0かの賭けに出ている姿は初めて見た。たぶん、岳さんの仕事の大変さを徐々に感じていく中で、自分自身も「仕事を全うしなくては・・・。何か勝負しなくては・・・」という死に物狂いの覚悟でロケに臨んでいたのではなかろうか。


まっすぐな男たちの、まっすぐな物語

主人公・岳さんが自分の生き方に誇りを持つ姿はまぶしい。周囲からの冷たい視線や嘲笑を乗り越え、自分の信じた道を突き進む姿がひたすらまぶしい。こんなにまっすぐな男を久々に見た気がした。

この番組のなかで、一番ひきつけられたシーンが番組冒頭で岳さんが自身の過去の悪事を語る場面だ。
「窃盗・万引き・喧嘩。ゴミくず当然みたいな、人生じゃないですか。」とハッキリと口にしたときの表情がなんとも言えない。ハッキリ言って、僕は真面目に生きている人が正しいと思っている。「過去はやんちゃだったけど、今は立派にやっています」という人を少し冷淡に見ていた。それでもこの言葉を話す岳さんの表情を見ると、本当に心の底から過去を後悔していることが伺えた。

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岳さんにとっては、この過去の過ちを赤裸々に語るのは、かなりの覚悟やリスクがいることだったと思う。周囲からの目も変わる可能性もあれば、誹謗中傷が殺到して生活に支障が出る可能性もある。多少オブラートに包んで伝えることもできたはずだが、岳さんはまっすぐに自らの過去を語っていた。そして、その言葉を髙橋はひるむことなく番組オンエアに取り入れた。主人公とディレクターは、ひたすらまっすぐな男たちだった。

番組ではこぼれたが、僕が好きな岳さんのエピソードがもうひとつある。岳さんはゴミの匂いを家に持ち帰らないために、2時間近く車内で時間をつぶし、すこし自分の匂いが落ち着いてから玄関を開けるという。真夜中の横浜を走り回ってクタクタなはずなのに、自分のことではなく家族を優先する。こんな時代だからだろうか。その話を聞いたときに、少しうるっときた。

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 まっすぐさは、きっと人を動かす

岳さんはどんなゴミでも絶対に見逃さない。そして、効率を突き詰め、圧倒的なスピードでゴミを集めていく。その姿だけでも十分見応えがあったのだが、番組終盤で岳さんのまっすぐさが、街の人たちのゴミへの意識を変えていく場面がある。毎日通常業務が終わった後も問題箇所のゴミをチェックする姿は、超ベテラン刑事のような威圧感がある風格だった。だが、問題が分かった後は、いつものあの優しい岳さんの表情でゴミを出した人たちを諭していく。すると、「え?ここまで人って変わるのか?」と思うくらい、岳さんの粘り強い行動が、他の人たちに大きな影響を及ぼすのだ。

恥ずかしながらこの番組を見るまで、僕はゴミ収集の大変さを全くといいほど理解していなかったように思う。今までは燃えるゴミ・燃えないゴミの区別すらどこに線引きがあるか分かっていない状態で、妻にめちゃめちゃ怒られていた。そして、恥ずかしながら「まぁ、それでもいいかな・・・」と思っていた自分もいた。でも、今回の番組を見て、ハッキリと意識が変わった。自分のゴミ袋の向こうには必死に働く人たちがいて、その方に万が一はあってはいけないと明確にゴミの分別を意識するようになった。何か分からないことがあれば、一歩立ち止まって検索してからゴミを分別するようになった。

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 髙橋という毒薬と、どうつきあうべきか・・・

「とにかく正直に書け」と言われてかいてみたからこそ、ここまで髙橋や岳さんの「まっすぐさ」をただひたすら書きなぐった形になってしまった。同期をほめるのはかなり気持ち悪いのだが、今回はそれくらい2人のまっすぐさにほれこんだ。とはいえ、この文章を読んだら髙橋はきっと毒薬ではなく、良薬として僕に優しく声をかけてくれるだろう。

実は髙橋は年末年始にロケを行い、未公開映像も加えたノーナレーション版も制作中だという。いまもこの文章を打っているアクリル板越しで、頭を悩ませている様子が見える。
その番組は3月18日(木)21:00にBS1で放送する。次は一体どんな場面が撮影されているのか・・・楽しみにしたい。


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執筆者 村田潤ディレクター(右)
2014年、NHK入局。初任の長崎局時代に「音楽監督・藤重佳久」を制作。2018年、東京異動と同時にプロフェッショナル班に加入。恐れ知らずの無鉄砲なところがあり、夏目漱石の「坊ちゃん」を彷彿とさせる。坊主頭にパジャマ風のジャージ姿で居室を徘徊する。「やれる?」と問われれば、ふたつ返事で引き受け、やり遂げるため、いつしか「J」というコードネームで呼ばれることに。東京ディズニーリゾートの裏側に初めて長期密着した「夢の国スペシャル」は2020年の最高視聴率を記録。2019年からYOSHIKIさんに長期密着中。新型コロナウイルスで一時中断しているが、再びLAに飛び立つ日を見据え、爪を研いでいる。愛犬は「ゴマ」。

制作者 髙橋裕和ディレクター(左)
2014年、NHK入局。初任地盛岡局では東日本大震災関連の番組を制作。2019年、東京異動と同時にプロフェッショナル班に加入。ディレクターという仕事を選んだのは、「スーツを着なくてもよさそうだったから」。 “おしゃれ番長”平山Dのファッションセンスに憧れているが、あまりにもだぼっとした服装のため、他班のディレクターからはバイトの学生だと思われている。そんな見た目とは裏腹に取材先と向き合う姿勢は常にまっすぐでストイック。これまで制作した番組は「虐待・貧困支援」、「洋食屋店主」。1人でカメラを携えて取材先と一対一で向き合うスタイルを極めている。学生時代のあだ名は“へら橋”。