朝ドラらんまん"隠し味"の秘密ー食べ物は「美術」だ!
こんにちは。
6月30日放送の『らんまん』、いかがでしたか?
万太郎と寿恵子の祝言シーン、ため息の出る美しさでしたね!
お祝いの席の料理も、ずらりと並ぶ本格郷土料理に、白梅堂の美しい和菓子まで揃って、豪華なこと!
このおいしそうな料理の数々、いったい誰が用意しているのか、どんな味がするのか、当時の食材や調理法をどうやって再現しているのか、想像したことはありますか?
ドラマの中で登場する料理、通称“消えもの”は、大道具や小道具と同じように、美術チームが用意しています。
伝統的な郷土料理を美術チームがドラマの中で再現するまでにどのような経緯があったのか。今日はそんなこだわりの“消えもの”について、美術制作・美術進行を取りまとめる佐藤美術プロデューサーが語ります!
(取材 NHKアート 大庭望実)
“消えもの”って?
『らんまん』で美術プロデューサーを務める、NHKアートの佐藤綾子です。
これまで大河ドラマ『青天を衝け』や『いだてん~東京オリムピック噺』などの番組も担当してきました。
『青天を衝け』は、『らんまん』と時代設定も近いですし、主人公の渋沢栄一・槙野万太郎はどちらも市井の人という共通点もあり、当時の経験も活かしながら、収録に臨んでいます。
また、わたしは料理が大好きで、仕事でもオフでも、担当するドラマの舞台となる地域の料理や食材は必ずチェックします。
カツオの藁焼きを自宅で試してみたりもしました。
大きな炎が上がってちょっと焦りましたが…。
美術進行とは、番組の監督たち演出やデザイナーの要望を実現し、「美術」を手配して物語の世界を作り上げる仕事。
大道具、小道具をはじめ衣裳やかつら、メイクにいたるまで、テレビに映る出演者自身以外のありとあらゆるものが「テレビ美術」に含まれ、美術進行はさまざまな分野の専門スタッフからなる美術チームの窓口となってそのすべてを手配し、管理しています。
ドラマの中で登場する料理のことを“消えもの”と呼びますが、“消えもの”も美術のうち。
つまり「食べ物は、美術」なんです。
“消えもの”とは、その名の通り、一度使ったら消えてしまう消耗品、おもに食べ物のことを指す言葉です。
通常、連続テレビ小説や大河ドラマのような撮影に長期間かかるドラマの美術進行は数名のチームで動いていますが、だいたい週替りで各自の担当週が決まっています。
自分の担当週の台本に食事のシーンがあるか、収録のスケジュールやカット、準備物を一覧にした香盤表を確認し、準備物の一覧に料理があるとわかったら“消えもの”の出番です。
料理がテーマのドラマなど、作品によっては演出サイドから特定の料理家の指名や料理の具体的な内容の指示があることもありますが、基本的には美術チームが台本の中の食事シーンにどんな料理が合うのか調べ、何が必要かを確認し、用意して、助監督や演出と内容を確認しながら何を本番に使用するか決めていきます。
物語が江戸時代から始まるのはAK(東京・渋谷放送センター)制作の朝ドラ史上、初めて。食事の内容も現代とは大きく異なりますので、食の時代考証にも今まで以上に留意しました。
「台本に書いてある料理」と「書いていない料理」
“消えもの”すなわち物語に登場する料理には、大きく分けて2つの種類があります。視聴者の皆さんの目には映らない違いですが、わたしたち美術チームには大きな違いです。
1つ目は、「台本に細かく指示が書いてある料理」。
脚本家が、このシーンにはこの料理、と指定するものです。
たとえば牛鍋。
27話の、東京の町で下宿先を探す万太郎と竹雄が初めて牛鍋屋に入るシーンでは、言い争いをしながらも牛鍋のおいしさに笑顔がこぼれてしまうふたりの姿が印象的でしたね。
あのシーンは脚本ではこう書いてあります。
この「牛鍋屋で食事をする」シーンのために、万太郎が上京した当時の牛鍋にはどんな具材や調味料が使われていたのか、どのような調理法だったのか、歴史文献をあたり、詳しい方に相談しながら、“消えもの”を担当する専門スタッフに発注します。
例えば、現代のすき焼きといえばサシの入った霜降り肉を思い浮かべるかもしれませんが、当時そのような和牛は一般的ではありませんでした。
関東風と関西風で調理法も異なります。
器も、当時使用されていたものを調べ、鉄の鍋に入れています。
(ちなみに当時の東京は、牛鍋屋が大流行していてさまざまな設えのお店があったそう。万太郎が牛鍋を食べるシーンは何回か登場しますが、毎回違う店に行っている設定なので内装や店内のお客さんの雰囲気の違いなどにもご注目ください。)
“消えもの”の専門スタッフのなかには専門の資格を持つフードスタイリストもいて、見た目が美しいのはもちろんのこと、味もおいしいものであるよう毎回こだわって準備をしています。
万太郎役の神木隆之介さんたちも特に気に入っておいしそうにお芝居をしてくれたのが嬉しかったのですが、監督の「カット!」の声がかかっても食べ続けているので、次のシーンまでに食べ切られてしまわないか心配になってしまいました。
ちなみに、“消えもの”担当の仕事は、料理を出して終わりではありません。
撮影の進行に合わせて、シーンにふさわしい料理のコンディションを整え、それを保つのも大事です。
ドラマでは同じシーンをさまざまな角度から何度も撮影するので、毎回同じ見た目になるように食事を用意する必要があります。
撮影するカットによって、その都度、鍋の具材を盛りつけなおしたり、直前までスタジオの近くで温め、湯気を閉じ込めるように蓋をして、撮影スタートの声がかかる直前にセットの中に運び入れたりと、細かな配慮が必要です。
(牛鍋のシーンではこの「湯気」もポイントでした)
さらに、用意する食材の量にも気を配っています。
カット割りを事前にチェックして多めに用意していますが、以前担当した別の作品では、何回もリテイクを重ねるうちに具材がなくなってしまい、近くのスーパーマーケットに材料を買いに行ったこともありました。
セリフや段取りに詰まってNGが出てしまった場合、もちろんリテイク(録り直し)になるのですが、シーンのスタートから誰のどのセリフまでに何をどのくらい食べたか、常にモニターで見逃さないように見守って、間違いなく再現する必要があります。
出演者だけでなくわたしたち美術チームも、“消えもの”が登場する日はいつも以上にドキドキしてしまいます。
ほとんどは「台本に書いていない料理」
一方で、台本に具体的な指示がほとんどない料理もあります。
「牛鍋」のような物語のキートピックとなるような料理のほかにも、ドラマの中にはたくさんの食事シーンが登場しますが、台本上では具体的な指示はほとんどされていないことが多いです。
例えば、竹雄の働くレストラン「薫風亭」で提供される、日本に入ってきたばかりの洋食。
台本には、万太郎とりんが座るテーブルに「竹雄、洋食(ビフテキやオムレツなど)を給仕する」と記されていますが、店内には他の客も、何組も座っています。それらのテーブルについては具体的なメニューの指定はありません。
そのため、わたしたち美術進行が「洋食」の内容を考えて用意するわけですが、このシーンにふさわしい料理はなにか、当時どのような食材が流通していたか、レシピは、食器は…と調べて用意していく必要があります。
メインディッシュがビフテキと指定されていても、スープやパンは給仕されたのか、飲み物はワインか水か、なども設定を考えて用意します。
また、料理の内容も、例えば現在の洋食ではステーキの付け合せにはブロッコリー!と考える方が多いかもしれませんが、当時の日本ではまだブロッコリーは食べられていなかったので、このシーンでは青菜を添えています。
このような時代の洋食は、明治創業の西洋式ホテルやレストランの資料や写真を参考にしながら再現しています。
他にも、「夕食を囲む」といったような台本の一文であっても、そのシーンの季節、地域、時代、時間帯、生活スタイルなど、必要な要素を台本から読み取って提案するのも、美術進行の仕事です。
万太郎が十徳長屋に引っ越してすぐの食事は、お金も準備する時間もないだろうから、手軽で質素な見た目のメザシにしよう、などと考えて演出サイドと相談して用意しています。
祝いの宴席には高知名物「皿鉢料理」!
祝言の場面も実はそのような、台本には具体的に書かれていなかった料理が登場するシーンでした。
演出からは、「The 土佐料理で!」というオーダーが。
土佐料理といえば、大皿に盛られた料理を大勢で囲み、好きな物を取り分けて食べる「皿鉢料理」。
特にお祝いの席で伝統的に親しまれてきたものです。
皿鉢料理は、刺身などの生ものから、お寿司、煮物、和え物、揚げ物、甘い物や果物まで、一品盛りの皿や鉢が一度にたくさん並ぶのが特徴です。
郷土料理の“消えもの”を手配するにあたり、各地域の固有の食文化を紹介する書籍のシリーズは美術チームの大切な共有財産になっていますし、ホームページもいつも参考にしています。
もちろん、現地での調査も重要です。
当時の皿鉢料理はどんなものだったのか地元の人にお話を聞いたり、当時どんなルートで食材を仕入れていたのかを調べたりしました。
万太郎の故郷・高知県佐川町は山奥で、海からはだいぶ離れているので、魚はそんなに食べていなかったのではないか、と考えていましたが、地元の詳しい人から、山を越えて1時間半移動して魚を買いに行っていたというお話を聞くことができ、カツオなどの魚料理もラインナップに加えることにしました。
魚料理をメインにさまざまな料理が並びましたが、皿鉢料理には縁起を担いで、奇数の皿数を出すという伝統があるそうです。
さらに、今日のシーンは特に豪華な祝言の席ということで、見様見真似ではなく、正しい食文化を再現することにこだわりました。
美術チームでは、東京にある土佐料理店に相談し、料理の監修をしていただくことになりました。
お祝いといえば、の尾頭付きの鯛の焼き物も登場しますが、現在多く流通している養殖のタイと当時の天然のものでは体色の鮮やかさやヒレのかたちが異なり、天然物を使ってもらうよう伝えました。
ほかにも、エビの種類ひとつを取っても、当時の日本で水揚げされていたものかどうかを確認することなども、時代モノの“消えもの”ならではの、気をつけているポイントです。
ドラマも“消えもの”も、“地域の方々と一緒につくる”もの
いろいろな時代や地域の食事を調べることはとてもおもしろく、特にやりがいや楽しみを感じます。
特に江戸~明治時代の高知は、坂本龍馬やジョン万次郎、板垣退助といった誰もが知る歴史上の偉人を大勢輩出した土地ですが、あの人物がこの場所に生き、こんな食べ物を食べていたのか…と考えると、感慨深いですね。
ロケで物語の舞台となる地域を訪れると、いつも本当に期待の大きさを感じます。
地元の方々に料理について伺うと、どんどん話してくれますし、地元のエキストラの方たちも「これはこういう料理だよね」「この食材はここの農家で手に入るよ」などと積極的に教えてくださいます。
例えば、万太郎の幼少期からの大好物の「山椒餅」。今はもう失われた郷土食で、このドラマのために地元の方々が研究を重ね当時のものを再現してくれたんです。
わたしも一緒に餅をついたり、再現のお手伝いをしたりしました。
“地域の方々と一緒につくる”ことと、“本物にこだわる”、ということにはいつも意識しています。
「朝ドラで郷土料理を正しく見せる」という使命を常に感じながら仕事をしています。
👇地元のみなさんによる“山椒餅復活プロジェクト”についてはこちら👇
美術進行の仕事は多岐にわたるので、すべてを管理するのは本当に大変です。
文字通り消えてしまう、“消えもの”ではありますが、これも大事な美術のひとつであり、こだわりどころです。
台本に書いていないからこそ、自分で考えて用意したものがドラマの中で使われる、そんなところに美術進行の仕事の醍醐味を感じています。
『らんまん』も万太郎もこれからもっともっと走り続けます。
万太郎の活躍と作品中に登場するいろいろな「美術」、料理にもぜひ注目してお楽しみください!
関連記事はこちら👇