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中世ラテン語史料の読解


歴史研究と一次史料

歴史の研究にあたっては、史料、とりわけ一次史料と呼ばれるものを論拠としながら議論を進める必要があります。

一次史料とは、現代の研究者による二次文献とは異なる、過去に書かれた書物や文書、発掘された遺物や絵画などのことです。『古事記』や『日本書紀』のような歴史書、『御成敗式目』のような法令集をイメージしてもらえるとわかりやすいでしょう。

現代の研究成果である二次文献の蓄積を踏まえながら、一次史料を論拠として示しながら過去の姿を再構築し、議論を進める。これが歴史研究の基本的なあり方と言えます。

この一次史料ですが、文字史料であれば当然ながら過去に書かれたテクストを扱うことになります。そのため、現代語とは違う言語を解読する能力が求められます。分かりやすく言えば、古文や漢文を読解できる力が必要ということです。古代ローマ史を研究するのであれば、とにもかくにもまずは当時のローマ人たちの言葉であった古典ラテン語に習熟する必要があります。

中世西ヨーロッパとラテン語

中世の西ヨーロッパにおいては、時代や地域によっても異なりますが、まずもって重要なのは中世ラテン語です。当時すでにラテン語は口語としては死語になっていましたが、権威ある言語として、書き言葉としては残り続けました。

聖書や年代記、聖人伝といった叙述史料のみでなく、権利関係を示す文書史料の多くがラテン語の形で今日に伝わっています。そのため、中世西ヨーロッパの一次史料を読み解くには、中世のラテン語を読めるようになる必要があるのです。

中世のラテン語を読解するにあたっても、まず重要なのはもとになっている古典ラテン語の文法を学び、基本的な読解ができるようになることです。そのうえで、中世独特の記法や表現を学習しながら生の史料を読む力を身につけていくことになります。

ただし、私見では古典ラテン語と比べて、中世のラテン語については日本語で学べるガイダンスやレファレンスが少ないように思われます。一方、欧米諸語の文献では、このような初学者向けのテキストやレファレンスは豊富に存在します。中世ヨーロッパの歴史を研究したいのであれば、現地語で書かれたテキストを読破できてしかるべきという意見はもっともですが、一方で日本の初学者向けに日本語で学べる教材があってもよいのではないかと考えます。

中世ラテン語の学習と史料の読解

散文形式の叙述史料ならまだしも、権利関係を示す証書や、会計の記録である財務府文書などは一定の形式に従って書かれています。その形式は独特なものなので最初は面喰ってしまうかもしれませんが、慣れてくれば一定のルールに従って、すらすらと史料を読めるようになります。まずはこの段階まで史料の読解に習熟することが、中世西ヨーロッパの歴史を研究する上で大きな一歩となるでしょう。

ただし、そこに至る最初のハードルがやや高いというのが現実ではないでしょうか。中世ラテン語や史料に関する知見が共有され、このハードルがもっと下がれば、より中世ラテン語の読解に挑戦したいという人も増えるかもしれません。

筆者は中世西ヨーロッパの研究者ではありますが、中世ラテン語の専門家でも、文書学に関する専門家でもありません。そのため、筆者が書く内容は自身の学習の積み重ねの結果を還元したものに他なりません。

それでも、ひとりでも多くの人が中世ヨーロッパの歴史に興味を持つことを願って、自身が学んだことを少しでも世に還元できれば幸いというより他ありません。このノートでは、そのような知見の共有の場となればよいなと願っています。

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