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軍事力に頼らない平和構築の可能性-「琉球弧」で進む軍事化を考える-池尾靖志(立命館大学非常勤講師)

国家安全保障戦略など安保関連3文書が閣議決定された今、DEAR News208号(2022年8月/定価500円)の特集記事を公開します。著者の池尾さんもメンバーの平和構想提言会議では、12月15日に「国家安全保障戦略」に対置する「平和構想」提言を発表しました。
※記事中の情報は掲載当時のものです。

今年は沖縄の施政権が日本に返還されて50年ですが、中国との国交正常化を果たしてから50年でもあります。安倍晋三元首相の銃撃事件が起きた2日後には参議院選挙が行われ、自民党が単独過半数を占めるとともに、憲法改正に前向きな勢力が改憲発議の条件となる3分の2の議席を維持しました。

そのことに対して、中国からは早速、「日本の改憲問題は国際社会とアジアの隣国から高い関心を集めている。日本側が歴史の教訓を真にくみ取り、平和発展の道を堅持し、国際社会の信頼を得ることを望む」(中国外務省汪文斌副報道局長、11日記者会見)と牽制されています 。

現在、「琉球弧」では陸上自衛隊ミサイル部隊の配備が進んでいます。これは、中国との軍事紛争を念頭にしたもので、日中国交回復50年を祝う立場とは真逆の動きです。ここでは、「琉球弧」で進む軍事化の動き、特に、現在基地建設の進む石垣島の事例を踏まえながら、軍事力に頼らない平和構築の可能性について考えてみましょう。

「動的防衛力」

政府文書の中に「南西諸島」への自衛隊配備の必要性がはじめて明記されたのは、2004年12月に閣議決定された「防衛計画の大綱」においてです。ここでいう「南西諸島」とは行政用語です。これに対して、「琉球弧」とは、ユーラシア大陸から黒潮に沿って日本列島に至る人々の往来と、それに伴う「日本文化の基層」を意識した用語です。このため、本稿では「琉球弧」という表現を用います。

その後、政権交代によって誕生した民主党政権は、新たに「防衛計画の大綱」(2010年12月)を閣議決定しました。ここでは、これまでの「基盤的防衛力」という考え方を改め、「動的防衛力」という概念を打ち出しました。これは、新たな安全保障環境において、事態が起こる前から行う情報取集・警戒監視などの平素の活動や、アジア太平洋地域などにおける国際協力の重要性が高まっていることを踏まえ、自衛隊の「運用」に焦点を当てたものであるとされています。こうして、2010年度から、新たに方面隊規模の実働演習を開始し、翌年度には西部方面隊において、島嶼への部隊の展開および島嶼部に対する攻撃への対処要領を実働にて演練し、即応性の向上を図ることとされました。

西部方面隊による鎮西演習は、のちに陸上自衛隊の中に水陸機動団が設置されると、2018年には米海兵隊との間で、離島奪還訓練を種子島で行うなど、より実戦に近い形での合同軍事演習が行われました。その後は毎年、「琉球弧」の島々において、米軍と自衛隊による合同軍事演習が行われ、規模も拡大してきました。

普天間基地上空を飛来するオスプレイ(撮影:八木亜紀子)

「尖閣問題」と「島嶼防衛」

2012年4月16日、当時の石原慎太郎東京都知事は、米国の保守的なシンクタンクであるヘリテージ財団で講演を行い、東京都が尖閣諸島を購入すると表明しました。尖閣諸島のうちの3つの島(魚釣島、北小島、南小島)は当時民有地であり、石原都知事の動きを放置すると、中国側との紛争に発展すると懸念した野田佳彦首相は、12年9月11日、日本政府が地権者より購入して国有化することを閣議決定しました。すると、中国国内において、激しい反日デモが起きたほか、これを契機に、中国の公船が尖閣諸島の近海を頻繁に現れるようになりました。中国の「海警局」という、日本で言う海上保安庁にあたる部門の巡視船が近年、頻繁に尖閣諸島付近を航行し、日本の海上保安庁は警戒を強めています。このため、近年、「島嶼防衛」という言葉によって、南西諸島の警備を強めるべきだという声が高まってきました。

その後、再び政権交代が起き、第2次安倍内閣が発足すると、政府は14年7月1日、「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない平和安全法制の整備について」という文書を閣議決定しました。このなかで、日本は個別的自衛権しか行使することができないとするこれまでの憲法解釈を改め、「我が国に対する武力攻撃が発生したこと、または我が国と密接にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」場合(これを「存立危機事態」といいます)には、自衛権を行使することができるとして、集団的自衛権行使への道を開きました。その結果、日米両政府は、1978年に策定された「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」を97年の改定に引き続き、15年4月27日に再度改訂しました。

新たに策定されたガイドラインでは、尖閣諸島が有事の際、最初に戦うのは自衛隊であり、米軍はあくまでも自衛隊のサポートにまわることとされました。このため、中国の公船が繰り返し尖閣諸島近辺に訪れるようになると、海上保安庁の巡視船だけでは足りず、海上自衛隊を出動させることが必要だとの声も高まってきました。ちなみに、尖閣諸島の行政区は石垣市であり、海上保安庁の巡視船は普段は石垣港に停泊しています。

「琉球弧」における自衛隊基地建設

「琉球弧」に連なる島々では、どこの島でも、地元住民との対話を半ば打ち切った形で強行的に自衛隊基地建設が進められました。

2016年3月に与那国島では陸上自衛隊与那国駐屯地が開設され、沿岸監視部隊が発足しました。また、19年3月には、宮古島に陸上自衛隊宮古島駐屯地が開設され、警部部隊約380名、地対空、地対艦ミサイル部隊約330人が配備されました。同月、奄美大島には、島の2か所に、陸上自衛隊奄美駐屯地と瀬戸内分屯地が開設され、奄美駐屯地には警備部隊と地対空ミサイル、瀬戸内分屯地には警備部隊と地対艦ミサイル弾薬庫などが配備されました。

現在、22年度末までに、石垣島に陸上自衛隊のミサイル部隊を配備するため建設工事が進められているほか、種子島の西方11キロに浮かぶ馬毛島に自衛隊基地建設を進めるための、環境アセスメントが行われています 。

政府によれば、南西諸島は約1,200kmと、日本列島に匹敵する長さで、フィリピンまでつながる「第1列島線」に位置しており、中国はこの線の内側への米軍侵入を阻止する「接近阻止・領域拒否(A2AD)」戦略を描いています。また、沖縄本島と宮古島との間(宮古水道)を空母「遼寧」を通過させるなど、この海域での軍事活動を活発化させていることから、沖縄本島と宮古島に地対艦ミサイル並びに地対空ミサイルを配備して中国艦船に対応するとともに、石垣島や奄美大島にもミサイル部隊を配備し、馬毛島は後方支援の拠点とする計画を立てています(図参照)。

 図

石垣島の住民投票

沖縄の島々は亜熱帯に位置し、「赤土」と呼ばれる本土とは異なる土壌で、強い雨が降ると雨水の多くが土壌表面を流れ、侵食されやすいという特徴を有しているため、沖縄県は土地開発を行い際に、環境アセスメントを求める条例を定めています。この条例が改定され、2019年4月以降に大型土地造成を伴う事業に環境アセスメントが義務づけられることから、これを回避するため、防衛省は前年度にあたる19年3月1日から、駐屯地の造成工事に着手しました。

石垣市では、自分たちの将来に係わる大切なことはみんなで考えようと、島の若者たちが「石垣市住民投票を求める会」を立ち上げ、住民投票を行う動きが起きました。地方自治法によれば、有権者の50分の1の署名をもって住民投票条例の制定を要求することができることが定められているのですが、石垣市には独自の自治基本条例があり、住民投票を求める有権者の4分の1以上の署名が集まったときには、市長には住民投票を実施する義務の生じることが明記されていました。このため、「求める会」は自治基本条例に定められた住民投票請求要件(「選挙権を有する者」の4分の1)を超える1万4263筆の署名を集め、18年12月20日、中山義隆市長に対して直接請求を行いました。

中山市長は議会に住民投票条例を提出したものの、19年2月1日、議会は辺野古への基地建設を問う県民投票を実施するための予算案を可決する一方で、石垣市への自衛隊基地建設をめぐる賛否を明らかにする住民投票の実施を否決しました。「求める会」は、議会で否決されたとしても、市長には自治基本条例に基づき、住民投票の実施義務があるのではないかと訴訟を起こしました。しかし、20年8月27日、那覇地裁は訴えの内容が訴訟の対象ではないとして判断を避けました。市長の主張は、「求める会」による直接請求は地方自治法74条に基づくものであったため、議会によって否決され、手続きは完了したとの立場をとっています。21年8月、最高裁が上告棄却の判決を下しました。

中山市長は自衛隊容認の立場であり、住民投票によって石垣市民の意向が明らかにされるのを拒んでいるのです。その後、市議会では、住民投票規定を削除するなどの石垣市自治基本条例の一部改正案が提出され、21年6月28日、可決しました。このことにより、「市長は所定の手続きを経て、住民投票を実施しなければいけない」とする規定が削除されることになりました。

その後、新たに、市民3人が原告となって、市長が住民投票の実施義務を果たさないのは市民の権利侵害に当たるとして、住民投票に投票できる地位にあることなどを確認する当事者訴訟が提起され、再び司法の場で争われています 。

住民の暮らしを守る-国民保護?

2018年11月29日に開かれた衆議院安全保障委員会において、防衛省の内部文書「機動展開構想概案」が12年に策定され、石垣島を想定した「島嶼奪回」作戦の検討を行っていた事実が明らかにされました。これは、あらかじめ2千名の自衛隊が配備された石垣島に計4千5百名の敵部隊が上陸し、島全体の6か所で戦車を含む戦闘が行われることを想定し、「(敵・味方の)どちらかの残存率が30%になるまで戦闘を実施」した場合、戦闘後の残存兵力数は自衛隊が538名、相手は2,091名で相対的に我が方は劣勢であることが述べられています。また、その後、1個の空挺大隊、1個の普通科連隊から成る1,774名の増援を得て相手の残存部隊と戦闘を行うと、最終的な残存兵力数は自衛隊899名、相手は679名となり、相対的に我が方が優勢だとしています。

ここでは、敵国がどことは明記されていないものの、尖閣諸島をめぐる有事が起きた場合、石垣島を舞台に戦闘の行われることが想定されていることに注目したいと思います。自衛隊は、現在造成工事が進められる自衛隊基地には中距離地対空誘導弾や地対艦弾道弾、少重迫撃砲の他、中距離多目的弾道弾の配備も想定していることが明らかとなっています。これは、高性能弾道弾を収めた発射装置を高機動車の荷台に積載したもので、有事の際にはミサイルは発射しながら島中を走り回ることになります。このとき、住民はどのような状況に置かれるのでしょうか。

有事のとき、国民をどのように避難させるのかを定めた「国民保護計画」の策定を都道府県や市町村に義務づけた国民保護法は04年に成立しました。その後、集団的自衛権の行使容認を定めた閣議決定を経て、15年9月、平和安全法制関連2法が可決・成立し、国民保護法のなかの文言が「武力攻撃事態」と書き改められました。石垣市も国民保護計画を策定し、武力攻撃事態として「着上陸侵攻、ゲリラや特殊部隊による攻撃、弾道ミサイル攻撃、航空攻撃」の4類型を対象とし、有事の際には、住民はいったん島の中の避難施設に避難した後、空港や港から沖縄本島へ島外避難することが書かれています。

実は、石垣市と宮古島市は国民保護計画に基づき、全市民の避難に必要な航空機の数や期間などを見積もっていたことがわかりました 。

宮古島市、石垣市、いずれもの150人搭乗の航空機によって避難すると仮定した場合、宮古島は、住民363機、観光客18機の計381機が、石垣市の場合、竹富町民と観光客を合わせて6万5千3百人の必要性となるため、1日45機運航した場合、全市民避難の所用期間を「9・67日」と市が見込んでいるため、避難に必要な期待数は435機となります。5百人を運べるフェリーの場合、住民が109隻分、観光客が5隻分とのことです。しかし、本当に武力攻撃事態が起きたとき、果たしてこのような計画は役に立つのでしょうか。

1944年8月22日沖縄戦前の県外疎開の時、米軍に周辺の制海権を握られる中の海上輸送で、児童や一般の疎開者を乗せた対馬丸が撃沈され、犠牲者は分かっているだけで1,484人、そのうち、子どもたちは8百人近くにのぼるとされています。もし仮に有事が起きた場合、ミサイルは基地や港湾施設などを真っ先に標的にするでしょうから、どの時点で島外避難をはじめるのかも明確にされていない現状の中で、多くの島民たちが犠牲になるのは避けられないものと考えます。

地域の視点で「平和」を考える

本稿では、尖閣諸島をめぐる日中関係が悪化した場合に備えて、すでに与那国島は陸上自衛隊沿岸監視部隊が、宮古島、奄美大島には陸上自衛隊ミサイル部隊が配備され、これまで軍事施設のなかった石垣島にも陸上自衛隊を配備する工事が進められていることを取り上げました。さらに、有事の場合にミサイルが飛来するだけではなく、島に敵が上陸した場合に、どの程度の損害が発生するのか、その見積もりまで政府が行っていることを見てきました。政府は私たちが考えている以上に、軍事力による安全保障を実行に移しています。

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