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「考える素材」を提供する編集者として・大江正章さん(コモンズ代表)

出版社コモンズ代表の大江正章さんが、去る12月15日に逝去されました。長くアジア太平洋資料センター(PARC)の共同代表も務められ、様々にDEARの活動にも参加・協力いただきました。大江さんのこれまでの活動に感謝し、DEAR News161号(2013年4月)の「ひと」コーナー掲載記事を公開いたします。※文中の団体名や肩書は取材当時のものです。

本誌の「RESOURCES」コーナーには、たびたびコモンズの本が登場する。コモンズとは、農・食・アジア・環境・自治など、開発教育とも重なるテーマを専門とする出版社。年12冊ほど新刊を出し続け、今年で設立17年目を迎える。ここ2年間は原発やエネルギー関連の本を次々と出し、一般書店で大手出版社の本と並んで平積みになっていることもある。いったいどんな人が、どんな思いで本を出し続けているのか‥?

コモンズの設立者で代表、現在、ほぼ一人で企画も編集もこなす大江正章さんを、東京・高田馬場の事務所で取材した。

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欧米よりアジア、工業より農業

コモンズを設立する以前、大江さんは学陽書房という出版社で編集者としての経験を積んだ。80年代半ばから90年代初頭の、まさに「バブル」の時代。本もよく売れ、理解ある社長のもとで、のびのびと仕事ができたという。

1980年、かねてから「地域主義」を提唱していた玉野井芳郎さん※の「これからは有機農業が大事だ」という言葉をきっかけに、社内に「農」の研究会が立ち上がり、大江さんは担当者となる。

※玉野井芳郎(たまのいよしろう):経済学者、東京大学教養学部名誉教授。主著に『エコノミーとエコロジー 広義の経済学への道』 (みすず書房1978)、『地域主義の思想』(1979農山漁村文化協会)、ほか。

上司から「自由にやっていい。ただし、夕方5時以降にタイムカードを押してからやれ」と言われ、玉野井さんが話を聞きたいと思う人を呼んでは研究会を開いた。

3年間続ける中で「漠然と欧米よりアジア、工業より農業と思っていた」という大江さんの思いはより明確になり、その成果は『いのちと"農"の論理―都市化と産業化を超えて』(学陽書房1984)に結実した。経済成長のど真ん中で、経済中心の社会のあり方を問い直すような本ではあったが、1万部も売れた。

95年に『コモンズの海-交流の道、共有の力』(中村尚司・鶴見良行著)などの本を出した後、大江さんは学陽書房を辞め、コモンズを立ち上げることになる。まさか独立することになるとは思ってもいなかったが、社長の死をきっかけに社風が変わり、大江さんが世に出したいという思う企画の実現が難しくなった。独立は「好きな本をつくるため」の選択だった。

時代を無視せず、時代におもねらず

「社名はメッセージ」と考える大江さんは、社名を「コモンズ」に決めた。「コモンズ」という言葉には『コモンズの経済学』(学陽書房1990)に携わった時から、直感的に「これだ!」と感じるものがあったという。日本語では「結(ゆい)」や「もやい」に相当し、「公」と「私」の間にある概念だ。

独立後は『ヤシの実のアジア学』(鶴見良行・宮内泰介編著)に代表されるアジアや環境をテーマにした本を多く出し、徐々に農や食に関する本も増えていった。「『時代を無視せず、時代におもねらず』で、売れる本も、売れない本もつくっています。これは大事だと思うものは、やはり出したい。哲学や理念を伝えるものも大切だし、じゃあどうすればいい?に応えるものも必要。だから、『子どもを放射能から守るレシピ77』などの実用書も出しています」

企画・編集者としてやってきた大江さんだが、ある時、知り合いの編集者から声をかけられ、初の著書『農業という仕事―食と環境を守る』(岩波ジュニア新書2001)を出すことに。新規就農の方法や、有機農業の取り組みなどを紹介したこの本は、予想以上に版を重ねた。「『農業は農家が継いでいく家業』と考えられていたから『仕事』として農業をとりあげたことが新鮮だったのかもしれない」と大江さんは言う。

適切な経済規模で、きちんと地域をつくる

そして2008年、2冊目となる著書『地域の力-食・農・まちづくり』(岩波新書)を出す。大江さんが「本物だ」と感じ、自ら選んで取材した農林畜産業や商店街、まちづくりの現場を紹介したこの本は、大きな反響を呼んだ。

「こういうテーマを追っているジャーナリストが案外少なかったからだろう」と謙遜する大江さんに、自身が「本物だ」と思う地域の取り組みに共通する要素は何かを聞いてみた。

「まず、地域の環境・資源を生かしていること。そして、働く人が定住して生きていける小さな経済を創り出していること。儲かることもするし、儲からないこともしていること」。そして、「なにより、それを引っ張っていく“人”が魅力的であること」とのこと。

「農業と地場産業はこれからますます重要になるでしょう。第1次産業をベースにしながら、適切な経済規模で、きちんと地域をつくっていこうと考える“人”は増えていると思う」と大江さんは言う。

かつて、最も就労人口が多かった日本の農業は、衰退の一途を辿っているようにみえる。そんな中、大江さんは「農業をめぐる明るいニュースが3つある」という。「ひとつ目は、非農家からの新規就農者数がこのところ増えていること。2つ目は、直売所の売れ行きがいい。3つ目は都市農業の可能性が広がっていること」。さらに付け加えるならば「有機農業の実践者が確実に増えていること」も希望だ。

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(茨城・八郷での米作り)

田畑とつながる暮らし

ただ、農業者の努力だけでは農業は成り立たない。「農業者がきちんと再生産していける適正価格であることが必須」と大江さんは言う。「農業人口が増えないのは、農業では『食べていけない』から」。

その言葉の背景には、「この野菜があるからこの料理をつくろう」という発想ではなく、「安ければいい」、「つくりたい料理のために欲しい野菜を旬でなくても買う」といった消費者の行動への問いがある。

頭では分かっていても、目の前の価格や情報で買うか買わないかの行動を選択できる消費者。価値観は変わったとしても、行動はなかなか変えられない。国の食料自給率に関心はあっても、個人レベルの食料自給率に関心を持つ人は少ない。

大江さんは「体で農を分かる人が増えれば、変わっていくのではないか」という。「市民農園人口は増え続けていて、全国で200万人にのぼるともいわれています。“提携”や産直、都市農業で田畑とつながる人、畑とつながる台所が増えれば、ただの消費者でない人が増える」と大江さんは考えている。

編集者はコーディネーター

サラリーマンの家庭に育ち、「草と人参の葉の区別さえつかなかった」という大江さんだが、今では筑波山麓で仲間と有機米を自給し、農をめぐる各地の取り組みを見つめ、分かりやすく編集し、伝えることを生業にしている。また、アジア太平洋資料センター(PARC)の自由学校を通して農業の実践講座を開催したり、全国有機農業推進協議会の理事をつとめたりと、市民活動家としても多忙な日々だ。

「百姓は百の仕事をするというでしょう。仕事も関連するいろいろなことをするから楽しい」。大江さん曰く「狭い範囲の関係者だけを対象にする、ひとつの仕事だけでは面白くない。ちょっと違う外側の人にも目を向けて発信し、対話していくこと。そういうことができるのが本当の意味での編集者。編集者とはコーディネーターなんです」

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(茨城・八郷での米作り)

最後に、これからどんな本を出したいのかを尋ねてみると、「ビルマ」「北朝鮮」「竹島とナショナリズム」「深化する有機農業」「高齢者住宅」「更年期」「おもしろい自治体職員列伝」など、幅広いテーマがあげられた。誰に・どんな切り口で書いてもらうのか、誰を取材するのか、大江さんの頭の中には既に具体的なイメージがある。

そして、『地域の力』の続編執筆も予定されている。「紹介したい地域の取り組みがまだまだたくさんあります。商店街や、自然エネルギー自給の取り組み、そして、前回は『禁欲』していた有機農業のことをしっかりと書きたい」(取材・文:阿部秀樹、枝木美香、須磨珠樹、八木亜紀子)

※文中の団体名や肩書は取材当時のものです。

大江正章(おおえ・ただあき)
1957年神奈川県生まれ。早稲田大学政経学部卒業。ジャーナリスト・編集者。現在、出版社コモンズ代表、NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)共同代表、NPO法人全国有機農業推進協議会理事、NPO法人コミュニティスクール・まちデザイン理事。関心領域は農・食・環境・アジア・自治など。著書に『地域の力』(岩波新書)、『農業という仕事 食と環境を守る』(岩波ジュニア新書)、共著に『新しい公共と自治の現場』(コモンズ)、『政治の発見⑦守る―境界線とセキュリティの政治学』(風行社)など。





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