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アット・ザ・ドライヴイン(1):海老ナSA(後編)

【前編】

食品偽装ではないか。
私は従業員を問い質すことにした。近くで拭き掃除をしていた夜勤ウェイターに声をかける。
「あの、シャコ……」
人に話しかけるのは苦手だ。
「車庫ならあっちですよ」
そうじゃない。
いそいそと立ち去ろうとしたウェイターを引き留める。私が食い下がると、彼は申し訳なさそうに説明してくれた。

「シャコのせいで、海老が全然獲れないんです」
どうやら最近シャコの生態圏が急速に拡大しており、相対的に海老の個体数が激減しているらしい。
シャコは肉食性の甲殻類で、海老、貝、蟹、ヒトなど何でも捕食してしまうことで知られている。外見が海老に似ているので、このSAではシャコを海老の代替品にしているそうだ。
「指摘する人も少ないですし、いいじゃないですか」
それでも海老と偽るのは不味いだろうと、私が口を挟もうとしたとき。

ガシャン!

駐車場に面する強化ガラス窓を破壊して、シャコが現れた。

ヒト食いてえ!

大きなシャコだ。全長1.5m程度はあろうか。尾扇を器用に使い、ボクサーめいた立ち姿勢を取っている。
「シュッ!シュッシュッ!」
「ああん?シャコアバーッ!」
窓際でコロナビールを呑んでいたトラック運転手が、シャコの右ストレートで頭部を破砕された。
シャコは鋏の代わりに捕脚と呼ばれる付属肢を持ち、これを使って強烈な打撃を繰り出すことができる。先程ガラス窓を粉砕したのもそれだ。哀れなトラック運転手の脳漿が私の足元にまで飛んできた。

「オッ?姉ちゃんいい身体してるネ。俺はアンタみたいなバイク乗りの女が大好物なんだ……」
トラック運転手の眼球を摘み食いながら、シャコがにじり寄ってくる。次の標的は私か。

私はおもむろに、持っていたシャコ炒飯をそいつに向かって差し出した。
「ウッ!?」
きつね色のコメに埋まった同類の肉片を目にして、怯むシャコ。
私はその隙を衝き、低姿勢からのサマーソルト・キックを叩き込んだ。
「グワーッ!」
シャコは「へ」の字になって吹き飛び、天井の「海老あります」看板に衝突。そのまま落下して床へ叩きつけられ、動かなくなる。
私はブーツに付着したシャコ体液を見て眉を顰めた。生臭くなってしまうな。困ったものだ。

「あ、ありがとうございます!」
夜勤ウェイターの感謝の言葉に、私は気を取り直す。人助けは嫌いではない。
「これで在庫が増えます」

――在庫

「やめろ!ギャーッ!」
シャコの悲鳴。私が視線を戻すと、瀕死のシャコの周りに夜勤調理師や夜勤ブッチャー達が群がり、解体を始めていた。
「新鮮なシャコだぜぇ!」「ウオーッ!」
私の怪訝な表情を見たウェイターが補足する。
「知りませんでした?生のシャコは足が早いんですよ。2、3時間で跡形もなく溶解してしまうと――」
そういうことじゃない。あれを店で出すのか。
「もちろんです。シャコはシャコですから、問題ありませんよ」

私は何とも言えない気持ちになり、シャコ炒飯をテーブルに置いた。
食事は別の場所で摂ることにしよう。私は立ち去ろうと――
「お客様?」
ウェイターに肩を叩かれる。私が振り返ると彼はアルカイックな笑顔を作って、壁に貼られた注意書きのひとつを指さした。

お残し厳禁
食品廃棄の削減にご協力ください!
当店での食べ残し等に対しては、1万円以下の罰金を頂戴しております。

「……」

私は注意書き、冷めかけた炒飯、それからウェイターの笑顔を交互に見た。

びゅう。

11月の夜風が強く吹き込み、私と炒飯の間を駆け抜けていった。

【終わり】


※この物語はフィクションです。実在の人物や団体、海老名サービスエリアなどには一切関係がありません。

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