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恋のペネトレート episode 23

ピッィィ!! 巨躯がコートに倒れ、ガーデンにホイッスルの音が響いた 痛みに顔が歪み、その数秒後に観客からため息が漏れる 試合終盤にビッグマンにハックをしかけることはこの世界では当たり前に行われる戦術だ 自分がそのターゲットとされることはこれまでも多く、別に驚きはなかった 足首の痛みとともにゆっくり起き上がり、フリースローラインに向かいながら彼はつぶやく 「Mom、見てるかい」 彼には恩師がいる 高校で指導を受け、その後も親密な関係を築いている恩師だ その恩師には妻がい

    • 恋のペネトレート episode 2.7

      大事な試合を直前に控え、キングの心は落ち着かなかった ウォーミングアップをほとんど終えてベンチに座り、ほとんど習慣で眼を瞑った 深くゆっくり呼吸を繰り返すいつもの方法で心を整えようとしたが、右肩の良くない違和感が消えず集中できない その時なぜか、今シーズン欠場していた時に出会った男性のことを、ふいに思い出した その男性と出会ったのはリハビリから帰る途中に立ち寄ったとあるカフェ どこかしら厳かな雰囲気を感じ店のドアを開けた 店内に客は初老の男性がひとり、奥のカウンタ

      • 恋のペネトレート episode 2.5

        「残念だったわねぇ、Tomさん」 翌日の仕込みを終え、カウンターへ戻ってきていきなり彼女は言った。 「・・・・・何が。」 アナリティクスの資料を何枚もめくりながら、彼はいつものようにぶっきらぼうに答えた。 「オールスターのコーチ、もうちょっとだったんですってね。」 「・・・・・。」 彼は食後のコーヒーを、もうとうに冷めきっているはずのそれをひと口飲んだ。 「別に。」 ふふふっ、と彼女が笑うと、彼は少し不機嫌そうな顔をした。 「だって」 「だって」 二人の声

        • 合格ラテ

          十数年前の今日、あの日も今日と同じように急に気温が上がった日だった。 天気だけはひらすら良かった。 キャンパスの掲示に自分の受験番号はなかった。 試験以降、そうかも知れないという思いを、いやそんなはずはない、とひたすらかき消す日々。 無機質な文字列に現実を突きつけられ、自分を奮い立たせてきた自分自身の空虚さをとても惨めに感じながら、身を翻して歓喜の輪を後にした。 その後の、途中の景色や道順はまったく覚えていない。 ただ、帰巣本能とでも言うべきか、毎日のようにカウンタ

        恋のペネトレート episode 23

          レモネード

          「お父さんがもっと早く帰ってきますように」 7月のある日、仕事人間だった父ともっと遊びたくて仕方なかった幼い私は、母に促されるまま短冊にそう書いた。 その願いは、その後少しだけ叶った。 あの頃から父は体調が悪くなり、家にいる時間が少し増え、そして入院した。 白血病、という病気を当時の私はよく分かっていなかったけど、髪の抜けた父を見て大泣きしていたことはよく覚えている。 病勢は一進一退、それでも何とか、また7月を迎えるところまでたどり着いた。 私はその年の短冊

          レモネード

          恋のペネトレート -Tom & Diane-

          この物語は、とあるバスケットボールチームの中年ヘッドコーチの物語。 ストイックな指導で知られる彼は、勝負にこだわるあまり選手やフロントとたびたび衝突し、幾度となくコーチの座を追われた歴史がある。 ある時、大都市にありながら望まれた結果を出せないチームからヘッドコーチ就任の声がかかる。 その年チームは彼が浸透させたディフェンスの意識と、若きエースの覚醒により大躍進を遂げる。 優勝こそ叶わなかったが、翌年こそは、という期待を皆が抱けるようなシーズンだった。 そして大きな

          恋のペネトレート -Tom & Diane-