合格ラテ

十数年前の今日、あの日も今日と同じように急に気温が上がった日だった。
天気だけはひらすら良かった。

キャンパスの掲示に自分の受験番号はなかった。

試験以降、そうかも知れないという思いを、いやそんなはずはない、とひたすらかき消す日々。

無機質な文字列に現実を突きつけられ、自分を奮い立たせてきた自分自身の空虚さをとても惨めに感じながら、身を翻して歓喜の輪を後にした。

その後の、途中の景色や道順はまったく覚えていない。

ただ、帰巣本能とでも言うべきか、毎日のようにカウンターで勉強させてくれた馴染みのコーヒー屋の前にいつの間にか立っていた。

ドアを開けると、侍のような髪型のオーナーが一瞬笑顔で、でもすぐに察して何も言わず、目線でいつもの席に促してくれた。

その後、私も何も言わなかったが、オーナーはショットのテキーラをそっとカウンターに置いた。

飲み干し、レモンを噛み、もう1杯がカウンターに置かれたところで、ようやく私は口を開いた。

ひと通り聞いてもらった後、2杯目のテキーラを飲み干した。

労いも慰めも言葉にせず、オーナーは3杯目をつぎ、フレンチプレスコーヒーを淹れ始めた。

明るく、おどけたような事しか言わない人だったけど、とても思慮深い人なんだなと私は思った。

結局この日は泥酔することになるので、帰路の景色や道順も覚えていないのだが、このオーナーへの感謝とプレスコーヒーの味は今でも覚えている。

翌日、もちろん二日酔いだったが、そのおかげで余計なことは考えられず、昼過ぎに起きてそのまま予備校に向かうことができた。

結果的にいろんな縁のおかげで後期試験で合格をもらうことができ、今に至る。

前期で合格してたら、その後の進路も、現在も大きく違ったと思うし、後期で合格できていなければそもそも今この仕事できてないかも知れない。

今、あの日の自分と同じ境遇になってる人がもしいたら、  そっとテキーラを差し出してあげたい。

がんばれ受験生。

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