恋のペネトレート episode 2.5

「残念だったわねぇ、Tomさん」

翌日の仕込みを終え、カウンターへ戻ってきていきなり彼女は言った。

「・・・・・何が。」

アナリティクスの資料を何枚もめくりながら、彼はいつものようにぶっきらぼうに答えた。

「オールスターのコーチ、もうちょっとだったんですってね。」

「・・・・・。」

彼は食後のコーヒーを、もうとうに冷めきっているはずのそれをひと口飲んだ。

「別に。」

ふふふっ、と彼女が笑うと、彼は少し不機嫌そうな顔をした。

「だって」
「だって」

二人の声が同時に重なる

「『あんな浮かれた試合、自分の性に合わない』でしょ?」

彼は肯定も否定もしなかった。

「自分の名誉よりも、今も頭のなかでは今日の負けた試合のこと考えてる。」

彼は沈黙を続けた。

「しかも、こんな遅くまで。」

その時彼は久方ぶりに時計に目をやり、やや慌てたような表情を浮かべた。

「もう閉店時間、2時間前に過ぎてるんですけど。」

「・・・・・。すまない。」

彼は宿題を忘れた小学生のような表情を浮かべていた。

「すぐ片付ける。本当にすまない。チェックを頼む。」

「Tomさんのそういうとこ、嫌いじゃないわ。」

彼女はカウンターのこちら側へ移り、彼の横に座った。

「ぜんっぜん浮かれてない、6月の試合でコーチやるんでしょ。」

「ああ。」

「チャンピオンになったら、のやつ、ちゃんと覚えてるんだからね私。」

彼女はいつもの小悪魔笑顔を浮かべながら彼の頬にキスをした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?