小説「病棟」

夜。部屋は解錠されていて、いつでもそこから出られるという安心と、いつでもそこから看護師が入ってこれるという不安感で、私の心は泣き笑いのような表情になった。
窓の外からはこちら側の窓を締め切った民家が数軒と、運輸系の会社の社屋及びトラックが見える。
布団の中で、携帯を見て音楽を選ぶ。
この携帯も、母が数日前に差し入れたものだ。
母には相当しつこくお願いをした。
思い出すと、すこし、苦い。
曲が流れ出す。
思わず踊りたくなって、曲のボーカルに合わせながら、ジェスチャーを混じえて、入り込む。
多量の服薬で頭の中心が痺れたように麻痺していたのだが、血が巡る感じがし始める。
やはり、この曲はいい。
思わずベッドから這い出ると、窓際まで歩き、窓から夜景と呼ぶにはあまりに郊外すぎる風景を眺めて、ノリまくる。
あと3日だ。
退院まで、あと3日だ。
差し入れてもらった小説は、服薬で濁った上に急性期(統合失調症の一番激しい時期のこと。幻覚や幻聴が見えたり聴こえる)に脳内物質を使い過ぎてカラカラの脳では全く読めなかった。
あまりにも読めないため、食堂で知り合った記憶喪失の田中さんにあげてしまったくらいだ。
この生活。入院生活のことだ。
この生活を、抜け出せる。
やっと。やっとだ。
2ヶ月は、死ぬほど長かった。
ほんの少ししか量がない朝食を食べ、本棚のあるレクリエーションスペースを何度も徘徊し、支離滅裂な話をする入院患者達と会話し、隣のベッドで大便を漏らされ、小さな患者コミュニティの中で陰口を言い合う。
この生活から、やっと抜け出せるのだ。

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