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「水って場所によって味が違うんだ」から始まった"水ジャーナリスト" 橋本淳司さんの思いとは

オリンピック水泳会場の問題から台風時の注意喚起まで、水問題を広く発信する「水ジャーナリスト」の橋本淳司さん。水という身近な資源の問題をわかりやすく伝える橋本さんに、2019年の「Yahoo!ニュース 個人」オーサーアワードが贈られました。

水問題の発信のみならず、講演や授業を通して国や子ども、市民などを対象に水リテラシーの普及活動にも取り組まれている、橋本さんの活動に対する思いを聞きました。

「日本一おいしい浄水場」から始まったキャリア

――水に興味を持ったきっかけは何ですか?

群馬県の出身で、学生の時に東京に来たら、水の味が違ったんですよ。東京の水が今ほどおいしいといわれていない時期で、「水って場所によって味が違うんだ」と思ってハッとしたのが一番のきっかけです。

それで全国の浄水場を訪ね始めたのですが、当時は学生なので相手にされませんでしたね。ある時、「日本一おいしい浄水場」のチラシを見かけて、「ここなら飲ませてくれるだろう」と青森の横内浄水場まで行きました。実際に飲ませてくれて浄水場の人に日本一おいしかったかと聞かれたときに、実家・東京の水・横内浄水場という3つの中では一応一番おいしかったので「一番おいしい」と答えました。そしたら「お前はわかっている」と言われ、あちこちの浄水場に手紙を書いてくれて「行け」と言われました。その後、行く先々で「日本一おいしい」と言いまくることになるんですけど(笑)。この調子のよさが道を開きました。

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――水問題に取り組み始めた経緯を教えてください。

卒業後は編集の仕事をしていましたが、「書きたい」という気持ちが強くなって出版社を辞めました。その後、バングラデシュのルポ取材で、人生で初めて水道のない国を訪れました。

現地の人たちは井戸の水を飲んで生活しているのですが、赤く塗られた井戸や中にバツと書かれていた井戸があったので、何だろうと思いました。

でもみんな使っているし、お母さんは子どもに飲ませているし。聞いてたら「ここからヒ素がでる」と言うんです。ヒ素は猛毒ってことも知っているんですが、それでも「飲まなかったら2日生きていけないでしょ」と言うんです。

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バングラデシュの赤く塗られた井戸の写真(1994年6月、橋本さん撮影)

明日のために将来の健康を犠牲にして生きている姿を目の当たりにして、それまで浮かれていすぎていたな、この人たちの役に立てないし、辞めようかなとも思いました。でもよく考えてみたら、「水の問題というのはほとんどの人に認識されていない。きちんと伝えられたらいいな」と思って、そこからこの問題に取り組み始めました。

――「水ジャーナリスト」は聞きなれない肩書きですね。

水問題に取り組み始めて、水不足や水の汚染に苦しむ地域に取材に行くことが多くなって、テレビ番組で「水評論家」とか「水問題に詳しいジャーナリスト」と紹介をされることが多くなりました。

多くの人は断水とか水質汚染とかを水問題だと想像すると思います。でも水の問題は森林破壊や食料、エネルギー、気候変動など多ジャンルに関わるので、もし僕が水ジャーナリストとして水をめぐる様々な問題を取材した結果、みんなが「あ、それも水問題なんだ」と思ってくれればいいな。じゃあもう水ジャーナリストでいいや、と肩書きが決まりました。

水評論家でなくて「水ハカセ」 感じた手応え


――水の知識、専門性はどこで蓄えましたか?

ちまたで「水ハカセ」と呼ばれているんですけど、学問として勉強したことがないのです。自分で色々行って、取材して、様々なことを繰り返しながらここまで来てしまった。「あなたは博士号を取っていないのに、ハカセを名乗るのはけしからん」と、たまにシンポジウムとかで糾弾されます(笑)。

評論家というポジションが好きではなくて、知っているだけではなくて、一緒に困っている人たちがいたらなにかやりたい。やれることは限られているのですが。

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インド西部のガンジャード村で、食料を作るための雨水タンク完成(2018年4月、NPO法人ウォールアートプロジェクト・浜尾和則さん撮影。右下が橋本さん)

――どういう場面で水問題の発信の効果を感じますか?

今年書いた中ではニュース個人で「小泉環境相がステーキを食べたことの何が問題か」(9月24日掲載)という記事が最も多く読まれました。政治家や省庁の方も「あの記事よかった」「やっぱり考えなきゃいけないよね」と直接声をかけてくれる。国の政策決定をする人や発言力のある人が読んで政策が変わっていくのはとても良いことだと思っています。

――市民からの反応を感じることもあるのでしょうか?

8月14日に「オリンピック水泳会場への汚水流入をどう防ぐか」という記事を書きました。僕は他人任せにして誰々が悪いということがあまり好きじゃないので、この問題について自分たちができることという観点で書きました。オリンピックの水泳会場をきれいにするのだったら都民だけではなくて埼玉、神奈川の人たちも油を出さないことが大事です、という内容です。

けっこう反響が大きくて、記事を読んだ人が「自分たちも気をつけなきゃ」「油をあれほど流しちゃってるとは思わなかった」と言ってくれる。やっぱり問題はみんなで取り組まないと駄目な部分はあるので、そういうところに貢献できるのはとてもうれしいです。

自治体にはびこる「AKB」をなくしたい


――水問題に取り組んでいてどんな課題を感じますか?

人手が足りないことです。地方は特に人と技術がどんどん失われています。自治体の足腰がすごく弱って課題解決能力もモチベーションも低くなってしまっている気がします。あきらめる、考えない、場当たりの(頭文字をとった)AKBの状態になってしまっています。そういう風潮を社会が作ったら、そのとおりになってしまった。

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日々の課題に追われて、将来的なビジョンという発想がないんですよね。毎日の課題に陥って前に進めなくなる、それで仕事が面白くなくなるから辞める人もいる。多少乱暴でも「未来をこうするんだ」というのを見つけて、それをどう達成するかを考えていくのが必要だと思いますね。

――世代によって水問題への取り組みに違いがあるのでしょうか。

若い世代は水問題に対してすごくまじめですね。上の世代がみてる若い世代の像と全然違うと僕は思っています。これからどう生きていこうかということを考えて本当の意味で持続可能みたいなことを考えている人もいます。逆に上の世代は自分は死んでしまうからいいやというのが根底にあると思うので持続可能に関して口だけな部分がありますね。だから若い世代に任せた方が良いなとも思います。

――今後どんな活動をしていきたいですか?

何かあったときに、「いかに安全な水を確保するか」、「いかに(豪雨などの)水から安全を確保して生きるか」ということを持続可能性をかけてみなさんが「水から考え」「自ら考えて行動する」ような世の中が僕の目標ですね。そのための教育機関みたいなものが作れればいいし、水の恵みと水の脅威みたいなとこの情報発信をしていきたいですね。

子供向けだけでなく、自治体や企業をうまくつなげるような取り組みをしていきたいと思っています。50年後の世の中がよくなるように、街づくりとそれに関係する水みたいなことをみんなで考えていけたら良いですね。

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