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コメント欄を眺めることで、世の中の空気感を知ることができる――教育学者・齋藤孝さんに聞く

Yahoo!ニュースのコメント欄は、多様な意見や考えが集まる場所です。ユーザーの1日平均投稿は31.7万件(※1)あります。明治大学文学部教授で教育学者の齋藤孝さんは、「コメント欄に毎日何百件も目を通し、そこから時代の空気を感じる」と言います。コメント欄から見た時代の変化、空気感をつかむことの大切さや今の時代に求められるコミュニケーションスキルについて聞きました。(取材・文:Yahoo!ニュース)

※1:2023年4月から2023年9月の平均

コメント欄から世の中の風向きや空気を感じる

――著書『話がうまい人の頭の中』(リベラル新書)で、自分が発言する際、バランス感覚を養うためにYahoo!ニュースのコメント欄を活用していると書かれています。「コメント欄ウォッチャー」を自認されていますが、コメント欄に注目することになったきっかけを教えてください。

私はテレビ番組でニュースのコメンテーターを長くやっているので、Yahoo!ニュースは必ずチェックするようにしているんですね。いろいろな立場の人の意見が書かれているコメント欄が役に立っていて、毎日何百件も目を通して、こんな角度からこういうことを言う人がいるんだなというのが分かります。一方、全体で見れば人数は多くないけれども、当事者にとっては心が傷つくような発言があることにも気づかされることがあります。コメントする時に「これだけは言っちゃいけない」、言うと傷つく人が1,000人に1人でもいるんだなということを知ることができます。YouTubeなども含め、全体にコメント欄自体が好きで、インターネットで大事な情報源になっています。

提供:enra/イメージマート

――コメント欄から、世の中の関心度や考え方の傾向が見えてくるのですね。

かつてのYahoo!ニュースのコメント欄は、一定の人たちだけが発言しているという印象があったと思います。今はコメントの数が増えてきて、さまざまな人たちが書き込んでいますよね。世の中の風向きは、ニュースが出るたびに変わることがあり、第1報はこう言っていたのが第2報、第3報が出た時にはコメントも変わっていく。あるいは半年ぐらい経った時に、その事件や人に対するものの見方が変化する。コメントにも人の肌感覚みたいなものがありますよね。

――具体的にどんなことですか。

例えば、日本政府がウクライナ支援で5,000億円を送るというニュースを読んだ時です。私はウクライナがこの戦争に負けると日本にとっても良くない展開になっていくんじゃないかと考えます。そういう内容をコメント欄に書き込む人が多いかと思いきや、「国内のことにお金を使ってほしい」と言う人の声が多かったんです。これはウクライナに対する見方が少し変化してきている。物価高の影響なのか、今の生活に不満を持つ人が増えているなどの違いが見えてきます。

みんなで「そうそう」と共感し合える

――ニュースが複雑・多様化していますが、コメント欄で感じる変化はありますか。

Yahoo!ニュースのコメント欄は成熟してきていると思います。極端な意見に対しては、やはりそうは思わないという人が多いんです。複雑なニュースに対して、AとBの意見があります。そこから事の経緯をうまく整理してコメントを書く方が出てきて、その意見に同意の声が集まり、みんなが「そうそう」みたいに共感していることがあります。

提供:アフロ

私はスポーツが好きなんですが、サッカーのEUROや大谷翔平選手の試合など、1人で観戦した後に関連ニュースのコメント欄を見ると、みんなで観戦したような感覚を得ることができる良さがあります。とくにサッカーは見る目がある人が書き込む率が高く、例えば、「今日のマン・オブ・ザ・マッチはこの人に決まったけど実はこの人だよね」「ここでの交代がすごく良かった」とか、多くの人が同じような見方をしています。ここで自分の抱えていた思いが腑に落ちて、他の人もやっぱりそう感じていたんだと。コメントを見た後に安心や共感、一緒に喜んだりできて、心のバランスが取りやすいですね。

コメント欄の上に出る専門家(※2)のコメントもすごく参考になります。あるニュースで犯罪心理学者の出口保行先生が「自分は長年刑務所に勤務していたけれども、これこれこういう人がいて」という話を書いているんですね。名前と立場を明らかにした先生方が書いている内容は貴重です。

※2:Yahoo!ニュース エキスパート(https://news.yahoo.co.jp/expert

感覚のリニューアルに活用

――著書では「コメント欄を読んで自分の感覚が世間とズレていることが分かれば、慎重に発言しようと思える」と書かれています。

重要なのは「空気感をつかむ」ことで、社会の大勢に流されるわけではありません。言論の変化では、SDGsの流れもあり、多様化に対して尊重する意見は多いですよね。一方で多様化しようとするあまり、問題も出てくる。例えばトイレの共用の問題で、やはり女性用をつくってほしいという声が出ます。ジェンダーやハラスメントに関する問題など、今の時代は3年ごとぐらいに変わってゆく。そういう中で、自分たちの感覚もリニューアルしていかなければいけません。

コメント欄を多く読むと、基準というものが変化しているのが分かります。1980年代の感覚で今しゃべったら大変なことになる。そのことをみんな分かっているけど、具体的にどの辺がラインなんだろうっていうのが刻々と変わる。ハラスメントにならないような発言の仕方を考えるのに、数の多いコメント欄は役に立つと思います。

現代は「安全に話すスキル」が求められている

――ご自身はコミュニケーションの専門家ですが、互いを尊重し、場の安全性を保つためにはどのような心がけが必要ですか?

今の時代、コミュニケーションにおいて求められているのは「安全に話すスキル」だと考えています。どちらか一方、あるいはお互いが傷つくことは、コミュニケーションを取る意味がなく、有害になってしまいますよね。正しいと思っていることをぱっと言ってしまう。それが一面では正しくても、人を傷つけることになるのであれば、控えたほうがいいという時もあります。自らチェック機能を働かせることが大事です。

提供:Mono_tadanoe/イメージマート

とがった言葉というものをろ過して、趣旨は変えないけれど、他の人が聞いていて、嫌な気持ちにならないような言い方に変える。ただし、あまりにも他の人に気遣った発言は緩くなり過ぎて、何を言っているか分からなくなってしまうこともあります。安全に話すというのは、他の人の立場や感情というものを尊重して発言していくことです。

さらに必要なことが2つ、「立場感知力」と「語彙(ごい)力」です。他の人がどういう感情でいるのかを知り、表現の仕方を工夫すること。コメント欄を多く見ていると、コメントを発言した方がどの立場で言っているかが分かるようになります。また似たようなことでもきつい言葉とそうでない言葉があるので、自分の語彙力をチェックできます。SNSに書き込む時は、公の感覚で書き込まないと危険で、自分に味方してくれる数人だけに向けた感覚で書き込むと、別の立場の人がネガティブな反応をしてくることがあります。SNSは個人対個人のようですけれども、公に発するんだという意識が必要です。

民主主義の新しい形を提起

――「Yahoo!ニュース コメント」は社会に対してなんらかの「価値」を提供できているのでしょうか。できているとしたら、それは何でしょうか。

民主主義というものの新しい形を提起していると思います。民主主義というのは、一人ひとりの考えをお互いに知り、その中で合意形成を進めるということだと思うんです。そういう時に、賛成か反対かだけではなくて、こういうふうにも考えられると、さまざまな意見の具体的な在り方をお互いに知る必要がある。

提供:Mono_tadanoe/イメージマート

Yahoo!ニュースのコメントは、即時性があり、数が多い。ある事件が起きた時に、一気にそこに書き込まれる。どんなニュースにも、それぞれコメントが付き、細やかに知ることができます。100人の意見に対して、何人かが賛成、反対をしている。いろいろなニュースに対して書き込む人の数もどんどん増える。それは無視できない数で、民主主義の原理というものをかなり実現しているんじゃないかと思いますね。

今の時代は、マスコミからの公的な発表だけではなくて、例えばコメント欄にあふれている声がスポンサーに届いて、スポンサーの在り方を変えていく。そういうスタイルもありますよね。実際に政治家なども、コメント欄は読むと思いますね。影響はそれなりにあると考えますと、社会を動かしていく力というものを持ってきている。その時に、ある程度公共性が増してこないと、コメント欄があらぬ方向に行ってしまうということもあります。一般の方と専門家の方におけるコメントのバランスが良くなってきていると感じます。今後は、さらに専門家の意見などを充実させていただければと期待します。

齋藤孝(さいとう・たかし)さん
明治大学文学部教授。教育学者。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。『身体感覚を取り戻す』で新潮学芸賞受賞。『声に出して読みたい日本語』は毎日出版文化賞特別賞を受賞し、シリーズ260万部のベストセラーになり日本語ブームをつくった。著者累計発行部数は1000万部を超える。フジテレビ「全力!脱力タイムズ」などテレビ出演多数。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」総合指導

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