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MICRO BLACK HOLE 2021年11月

新作を熱く語るBLACK HOLEと並行して、面白かった新作を広く紹介していきます。小説に限らず、映画やマンガ、アニメなど、更新月含め二ヶ月間で発表された新作を手広くレビュー。毎月末更新。敬称略。

<国内文芸>

『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬(早川書房)

 前評判に負けず、圧巻だった。多くの読者がそうであっただろうように、私も場面を鮮明に想起させる堂々とした書きっぷりに支えられた、あの入りから一気に引き込まれた口だ。セラフィマという少女が大人になるために、実際にあった独ソ戦という場で何を失い何を得たのか、そして何を乗り越えて彼女は子供という殻を割ることができたのか。戦争小説というジャンルだけでなく、成長小説にも新たな金字塔を打ち立てた必読の一作。

『大鞠家殺人事件』芦辺拓(東京創元社)

 乱歩だったり、横溝だったり、彼らが醸し出す「探偵小説」を現代に蘇らすことのできる作家はそうはいない。ただし今年はいくつか収穫があった。その一つがこの『大鞠家殺人事件』である。この作品について、作者自身はあとがきで「正調お屋敷一家一族連続殺人本格探偵小説」と称している。この単語の並びだけでマニアにはこの本の持つ魅力は十分に伝わると思うが、一方で少し難く感じてしまう人もいるかもしれない。ご心配なさらず。この作品にはミステリのおもしろさの一つである「あっ」という驚きが多分に秘められている。ネオンサインに引き寄せられてしまうような、蠱惑的な魅力から、カジュアルな娯楽的な魅力までたっぷりと詰まった一冊だ。

『鬼哭洞事件』太田忠司(東京創元社)

 お久しぶりですという思いで手に取った読者も多いと思う。石神さんへの手紙で始まるこの感じになつかしさがこみあがってくる。純粋な視点で事件を見つめる狩野俊介探偵も、彼を支える野上さんやジャンヌもお変わりなく健在だった。シリーズ読者にとっては最高のプレゼントだったと思う。ただここでやりたいのは同窓会ではなく、布教である。今までこのシリーズに出会わなかった方もいると思うが、ためらいなく、ぜひここから入門してほしい。ここから読んでも混乱することはないし、なにより本作にはこのシリーズの根底にある魅力がたっぷりと詰まっている。青春ミステリが好きな人、少年探偵が好きな人、ここが水源のひとつです。また今年は「探偵」について語ったミステリが数多く出版されたが、本作はそれらの中でも頭一つ抜けて真摯にそのテーマと向き合っていたと思う。その結果生まれたであろう終章が、このシリーズの他にはない魅力なのだ。

『中野のお父さんの快刀乱麻』北村薫(文藝春秋)

 <中野のお父さん>シリーズの新作だ。今作は落語と将棋にまつわる話が半数以上を占めた。が、ミステリ好きにとってはまずは「瀬戸川猛資の空中庭園」、そして「大岡昇平の真相告白」であろう。特に前者は、瀬戸川先生が書かれたものについて、出身を同じくワセミスとする北村先生が語るのだ。そりゃあワクワクもするだろう。注目の内容は瀬戸川先生が書いたロスマクの『動く標的』の映画評を軸に、当時の映画レビューについて語ったものだった。それをこのコロナ禍のマスク文化をうまく交えて北村流の短編に仕立て上げた佳作だ。他には「小津安二郎の義理人情」と「菊池寛の将棋小説」が特によかった。どちらも文壇の意外な一面を見た気分である。

『救国ゲーム』結城真一郎(新潮社)

 デビュー作『名もなき星の哀歌』(最近文庫化したみたいです。こちらも良い作品なので是非)では記憶、前作『プロジェクト・インソムニア』では夢の世界を巧みに利用し本格ミステリを書き上げた著者の待望の新作。今作ではドローンが物語の鍵を握った。最新技術を駆使したテロリズムに対して官僚たちがどう対策していくかというエンタメ小説としても楽しく読め、その上でなんといってもハウダニットの面白さである。古典名作を思わせるような丁寧なアリバイ崩しが近未来のガジェットによってブラッシュアップされている。新刊が出たばかりだが、一作ずつ本格度が洗練されていく作者の次作が待ち遠しい。

『Genesis 時間飼ってみた 創元日本SFアンソロジー』(東京創元社)

 東京創元社の送る書き下ろしSFアンソロジーシリーズ第四弾。安定したクオリティの多彩な作品を読むことの出来るお得なシリーズだが、前回に引き続き創元SF短編賞の受賞作と選評が読めるのも嬉しい。本短編集に掲載されているのは最新第十二回の受賞作「射手座の香る夏」と優秀賞作「神の豚」。前者はスタイリッシュかつ精巧なプロットの展開する王道のジャンルSF、後者は未来を舞台にしつつ歴史と共同体に焦点を当てた独特の雰囲気漂う作品だ。全く性格の違う二作がこのように評価され、そしてどちらも面白いという事実が同賞のレベルの高さを示していると思う。第五弾も楽しみだ。

<海外文芸>


『ブラックサマーの殺人』M・W・クレイヴン(ハヤカワ文庫)

 <ワシントン・ポー>シリーズ第二作。まず言いたいのは、ここまでは読んでくれということだ。一作目は手に取ったけど、今はこれは良いかなと思っている人、まだこのシリーズを手に取っていない人、とにかくこの本を読んでほしい。ただしシリーズ順にだ。つまり、面白くて主人公ポーと相方のブラッドショーのやりとりがやみつきになる『ストーンサークルの殺人』を読んで、それを越えてくるくらい面白い本作を読んでほしい。この小説には「不可能状況を追っていく」という本格の面白さがある。はぐれものバディが、組織に牙をむいていく王道の面白さがある。前作でキャラの魅力は仕上がっていたが、今作でミステリとしての魅力にさらに磨きをかけてきた。次巻の邦訳、首を長くして待っています。

『円 劉慈欣短篇集』劉慈欣(早川書房)

 『三体』の劉慈欣の作家歴をほぼ全てカバーする本邦初の独立短編集。労働人民の血と汗や中国四千年の歴史が宇宙や最新科学と違和感なく接合する、まさに「中国SF」といった雰囲気の作品が数多く収録されている。また『三体』作中で用いられたテーマやガジェットの原型もあちこちで示されており、あの一大叙事詩がどのように形を成したのかを見て取ることができる。『三体』で使われたエピソードを独立させて短編として鋳直した表題作「円」、新技術により炭鉱労働者の劣悪な生活環境を改善せんとする試みを描いた「地火」などが出色の出来。

<映像作品>


「アイの歌声を聴かせて」

 鑑賞後の満足度は今年トップ級の一作。さわやかな学園モノかと思いきや、クライマックス付近では往年のKey作品を思わせるドラマのたたみかけに感動し、さらにさらに意外なシーン同士が繋がっていく伏線回収劇まで楽しめるスーパー青春群像劇であった。人型ロボットAIを使ったアニメーション作品の中では随一の出来。もうそろそろ公開が終わってしまうかもしれないが、ぜひ劇場で見てほしい一作だ。

「ラブライブ! スーパースター‼︎」

 夏アニメだがオリンピックに伴う幾度かの延期を経て十月中旬に最終話放送という変則的なスケジュールを取ることになった作品。先駆作を踏まえつつ決定的な要素において意識的に差別化を図るのがラブライブシリーズの特徴だが、今作はシリーズで一番正統な部活ものになったのではないかと思う。ラブライブが今後も長く続いていくなら「入門者はまずスーパースターから」と将来的に言われるようになる……そんな作品だった。一言で言えば既存作と比べてキャラや掛け合い、ストーリー展開にあまりクセがないのである。特にメンバーが五人かつ全員が同学年というのは近い将来に発表されるだろう(願望)続編では既存作の枠組みを覆す新基軸になり得る。もちろん現時点での入門にも最適な作品だ。ラブライブは気になってはいたが何から見れば良いのか……という人はまずここから始めてみてはいかがだろうか。


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