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身体的炎症に対するヨーガ・瞑想の効果

前回の記事では“身体的炎症に対するストレスと瞑想の影響(*1)”についての研究を紹介し、やはりストレスは炎症状態を助長し、対して瞑想は炎症物質を抑えるということが示されました。今回は日本にも浸透しつつある“ヨガ(ヨーガ: yoga)”と健康に関する研究を紹介したいと思います。

今回紹介する研究は“Yoga’s Impact on Inflammation, Mood, and Fatigue in Breast Cancer Survivors: A Randomized Controlled Trial(炎症/気分/倦怠感に対するヨガの影響:乳がん生存者のランダム化比較試験 *2)”というタイトルで2014年にオハイオ大学の研究グループから発表された論文です。掲載された米国のJournal of Clinical Oncologyという学術誌はがん臨床関係の医師や研究者の間では有名で、非常に知名度と信頼性の高い医学誌として知られています。

この研究ではハタ・ヨーガ(*3)という技法が研究に用いられています。ヨーガも多くの様式があり、いずれも身体的な鍛錬と精神の鍛錬を目的としています。簡単に説明するとハタ・ヨーガ(Hatha-yoga)とは、アーサナ(坐法)、シャトカルマ(浄化法)、ムドラー(印相)、調気法(プラーナーヤーマ)、瞑想(ディアーナ)という要素から成り、サンスクリット語で太陽を表す「ハ」と月を表す「タ」が語源となっており、月と太陽すなわち陰と陽の対となるものを統合する流派と言われています。

もう一方でラージャ・ヨーガ(Raja-yoga, *4)という技法もあります。こちらは「王のヨーガ」という意味もあり、瞑想(ディアーナ:Dhyana)によって心を鍛錬し最終的に解脱を目指すヨーガの体系とされています。このラージャ・ヨーガの瞑想による精神的な解脱に至る前の段階で、身体の鍛錬と浄化を主体的に行うヨーガがハタ・ヨーガという説明もされています(諸説あると思われます)。

以上の様に、ヨーガにはポーズによる身体的な鍛錬と瞑想による精神的な鍛錬は欠かせない要素ですが、今回のスタディで用いられたハタ・ヨーガは気持ちを落ち着かせて一定の時間決められた姿勢(ポーズ)を取り変化させていく、日本のヨガ教室でも見られる様なものとイメージして頂いて良いと思います。

この研究(*2)に話を戻して、対象者は乳がん治療後の患者(ステージ0〜IIIa、27〜76歳、3年以内に治療され、ホルモン治療以外の治療後2ヶ月以上経過している症例)が200人集められ、それぞれ“ヨガ実践グループ”と“コントロール(比較対照)グループ”にランダムに割り当てられました。“ランダム化比較試験”とは研究者や被験者の先入観が入りにくいので、“より客観的で精度が高い”研究デザインと言われています。

ヨガ・グループに割り当てられた人達は週に2回、90分のヨガ・セッションに参加し、12週間で計24回のセッションに参加しました(欠席した場合も連絡を取って自宅で行った時間を計測したようです)。対して、コントロール・グループ(対照群)に割り当てられた人達はこれまで通りの生活を継続し、自主的なヨガ体操などは行わない様に統一されました。

精神面での評価は“倦怠感の指標(MFSI-SF *5)”、“全般的な健康調査(SF-36 *6)”、“疫学研究センターうつ病スケール(CES-D *7)”、“睡眠の質インデックス(PSQI *8)”、“高齢者のためのコミュニティ健康活動プログラム質問表(CHAMPS *9)”、といった指標が用いられました(一般的ではないですが医学的に妥当性のある指標と思って構いません)。

身体的な炎症の指標としては、末梢血の単球細胞由来のインターロイキン-6(IL-6)、腫瘍壊死因子α(TNF-α)、インターロイキン-1β(IL-1β)が計測されました。インターロイキン-6は前回の記事でも出てきましたが、過剰に産生されると炎症反応を誘発したり免疫系の調節異常が起こり、慢性関節リウマチなどの炎症性疾患に関与していることが示されています(*1, *10)。腫瘍壊死因子α(Tumor Necrosis Factor-α: TNF-α)とは本来は腫瘍などの異常細胞を壊死させる物質なのですが、これも過剰に産生されると炎症を引き起こし、慢性関節リウマチなどの炎症性疾患に関与していることが知られています(*11)。インターロイキン-1βも同様でその調節が乱れて過剰に産生されると発熱や炎症を引き起こし、自己免疫疾患にも関与していると言われる炎症反応性物質です(*12)。

肝心の結果ですが、ヨガ実践による“精神面への影響”は図1のようになりました。
倦怠感の評価(図1A)で介入前(ヨガ実践開始前)のベースラインを両群で基準を合わせたところ、ヨガ実践から3ヶ月後の比較ではヨガ・グループ5.4ポイント対コントロール群12.4ポイントで(p=0.002、p値が低いほど強い差を表す)、統計学的に有意に“ヨガ・グループの方が倦怠感が少ないと感じている”ことが示されました。

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さらに、活力:Vitalityの評価(図1B)でも介入直後でヨガ群58.7対コントロール群52.3 (p=0.01)、介入後3ヶ月の時点でヨガ群58.1対コントロール群51.6(p=0.01)と、こちらも有意に“ヨガ群の方が自身に活力があると感じている”ことが示されています。うつ症状(図1C)に関しては治療直後でヨガ群8.1対コントロール群9.2(p=0.28)、3ヶ月後でヨガ群8.5対コントロール群9.7(p=0.21)と、ヨガ群でうつ症状スコアが低いものの、統計学的な有意な差ではなかったということです。

次に血液の炎症性サイトカイン(IL-6/TNFα/IL-1β)の測定結果では図2のように報告されています。インターロイキン-6では介入から3ヶ月後の時点でヨガ・グループがコントロール群に対して15%低いという結果になりました(図2D、p=0.027)。またTNFαも3ヶ月後の計測においてヨガ・グループの方がコントロール群よりも13%低いという結果が出ています(図2E、p=0.027)。そしてインターロイキン-1βは3ヶ月後にヨガ・グループの方がコントロール群よりも20%低いという結果が出ました(図2F、p=0.037)。

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こうしてみると、ヨガによるエクササイズ・瞑想は血液や生化学的なレベルでも有意に変化をもたらすことが分かります。精神面の安定だけではなく肉体的なレベルにおいても炎症を鎮め、健康的な状態に近づけてくれることがグラフからも示されています。

さらに二次解析としては、ヨガのワークが1日10分増えるとインターロイキン-6が5%減少(p=0.01)、インターロイキン-1βが8%減少(p=0.03)したとのことです。また、睡眠の評価もヨガ・グループで有意に改善された(p=0.03)とのことです。今回の研究ではヨーガによる身体的なエクササイズや精神集中が精神面にも肉体面にも良い影響をもたらすということが言えそうです。

このような研究結果に対して「普通の運動/エアロビクスのようなエクササイズでも良いのか?」という疑問は生じると思います。これに関しては“Effect of exercise training on chronic inflammation.(慢性炎症におけるトレーニング・エクササイズの効果*13)”という別の研究が2010年に報告されています。これによると3つのランダム化比較試験のうち2つでは“運動群と対照群で有意差無し”とされ、「“運動は炎症軽減に良い”という報告が多いが厳密なランダム化比較試験においては効果は限定的である」と結論づけられています。つまり、“単純な運動では厳密に健康に効果的と言い切ることは難しい”とのことです。

このような中でヨガのランダム化比較試験でここまで明瞭に二群間に有意差が出たのは意義のあることではないかと思われます。一つの違いとしては、冒頭で述べたとおりヨガは単純な身体の運動だけではなく瞑想(ディアーナ:Dhyana)によって心を鍛錬することに大きな意義があると考えられます。身体的にも精神的にもはっきりと差が表れたのはヨガの瞑想的要素が一つの大きな違いではないかと考えられます。

そして、ヨガは運動といっても激しく体を動かすものではなく、全身の筋肉に適度な緊張と弛緩を与えるものです。一定のポーズで姿勢を維持することは精神的な落ち着きをもたらし、逆に精神的な安定が筋肉の緊張緩和をもたらす、という肉体と精神の相互作用もあると思われます。

今回のテーマをまとめると、
・ヨガを週2回、12週間実践したグループでは倦怠感が有意に改善した
・ヨガ・グループでは活力的だと感じる人が有意に多かった
・ヨガ・グループでは炎症物質(IL-6, TNFα, IL-1β)が対照群より有意に低かった
・ヨガ実践から3ヶ月後で対照群との差はより明白になった
・ワークを実践する時間が増えると炎症物質(IL-6, IL-1β)は有意に低下した
・単純なエクササイズだけではこれらの効果は説明し難い
ということが言えると思います。より厳密な試験であるランダム化比較試験でこれほど明瞭な効果が現れたのはヨガが単純な体操ではなく“身体と心の鍛錬”であることが大きいのではないかと思われます。

以上、Journal of Clinical Oncologyという世界的に権威のある学術誌にヨーガ瞑想の優位性が取り上げられたという画期的な研究を紹介しました。これまでの記事を見ても、禅瞑想であれマインドフルネス瞑想であれヨーガ瞑想であれ、どんな形でも瞑想が心身に良い影響をもたらすことが科学的に証明されてきています(*14)。ぜひ日頃の生活の一部に瞑想を取り入れてみましょう。

(著者:野宮琢磨)

野宮琢磨 Takuma Nomiya 医師・医学博士
臨床医として20年以上様々な疾患と患者に接し、身体的問題と同時に精神的問題にも取り組む。基礎研究と臨床研究で数々の英文研究論文を執筆。業績は海外でも評価され、自身が学術論文を執筆するだけではなく、海外の医学学術雑誌から研究論文の査読の依頼も引き受けている。エビデンス偏重主義にならないよう、未開拓の研究分野にも注目。医療の未来を探り続けている。

引用/参考文献
*1. 身体的炎症に対するストレスと瞑想の影響
https://note.com/newlifemagazine/n/n2744a1695749
*2. Janice K. Kiecolt-Glaser, et al. Yoga’s Impact on Inflammation, Mood, and Fatigue in Breast Cancer Survivors: A Randomized Controlled Trial. J Clin Oncol 32:1040-1049. 2014, DOI: 10.1200/JCO.2013.51.8860
*3. https://ja.wikipedia.org/wiki/ハタ・ヨーガ
*4. https://ja.wikipedia.org/wiki/ラージャ・ヨーガ
*5. Stein KD, Jacobsen PB, Blanchard CM, et al. Further validation of the multidimensional fatigue symptom inventory-short form. J Pain Symptom Manage. 2004;27:14–23.
*6. Ware JE, Jr, Sherbourne CD. The MOS 36-item short-form health survey (SF-36): I. Conceptual framework and item selection. Med Care. 1992;30:473–483.
*7. Radloff LS. The CES-D scale: A self-report depression scale for research in the general population. Appl Psychol Meas. 1977;1:385–401.
*8. Buysse DJ, Reynolds CF, 3rd, Monk TH, et al. Pittsburgh Sleep Quality Index: A new instrument for psychiatric practice and research. Psychiatry Res. 1989;28:193–213
*9. Stewart AL, Mills KM, King AC, et al. CHAMPS physical activity questionnaire for older adults: Outcomes for interventions. Med Sci Sports Exerc. 2001;33:1126–1141.
*10. https://ja.wikipedia.org/wiki/インターロイキン-6
*11. https://ja.wikipedia.org/wiki/腫瘍壊死因子
*12. https://ja.wikipedia.org/wiki/インターロイキン-1β
*13. Beavers KM, Brinkley TE, Nicklas BJ. Effect of exercise training on chronic inflammation. Clin Chim Acta. 2010;411:785–793.
*14. 瞑想がもたらす脳の変化
https://note.com/newlifemagazine/m/mb580e4b26aa4
画像引用
https://www.photo-ac.com. Image by FineGraphics

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