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音(周波数)と快眠:432Hz vs 440Hz

前回の記事は “音楽によって痛みが和らぐ”という癒しの効果を証明したエビデンスを紹介しました (*1)。リラクゼーション音楽や落ち着いたクラシック曲などを聞いていると気持ちが癒されることは誰でも体験したことはあると思います。我々が普段聞いている「音」にもさまざまな効果があります。今回は「音と睡眠」の関係に関して新たな知見を紹介していきます。


・432Hzの効果を検証した研究(1)

今回は「Music tuned to 432 Hz versus music tuned to 440 Hz for improving sleep in patients with spinal cord injuries: a double-blind cross-over pilot study(脊髄損傷患者の睡眠改善のための 432 Hz に調整された音楽と 440 Hz に調整された音楽の比較: 二重盲検クロスオーバーパイロットスタディ)*2」という研究を取り上げます。2020年なので比較的新しい研究でイタリアの大学からの報告です。

タイトルに示されているように注目すべきポイントは「睡眠に対する効果」で、比較するものは「432Hz(ヘルツ)と440Hzで調整された音楽」です。

・440Hz(ヘルツ)とは

440Hzとはある音の周波数のことです。簡単に説明すると、音の周波数が高いほど高音に聞こえ、反対に周波数が低いと低音に聞こえます。例として周波数が2倍になると1オクターブ高い音になり、周波数が1/2になると1オクターブ低い音になるという法則があります。

そして440Hzとは「ラ(A4)」の音を表します。例えばピアノの調律などで調律師によって基準となる音がバラバラだとしたら、弾くピアノによって音程が違ったり、オーケストラで楽器によって音程がバラバラになってしまい、演奏者も聴衆も違和感を感じることになります。そこで後ほど説明しますが「ラ(A4)は440Hzとする」という世界基準が存在します (*3)。これによって「音の共通言語化」が可能になります。


・432Hzはどのように違うか

先程の世界的標準規格の440Hzでは、その半音下の「ソ# (G#4)」は約415Hz、半音上の「ラ# (A#4)」は約466Hzなので、通常の調律では432Hzの音は出てきません。つまり、「432Hzに敢えて調整した楽曲」でないと普段は聴くことがありません。しかし、この研究者のように「432Hzで調律された音に良い効果があるのでは」と着目しているグループも世界的に存在しています。


・比較対象者と方法

今回の研究テーマは「睡眠」です。選ばれた対象症例は脊髄麻痺(下半身麻痺または四肢麻痺)の入院中の患者12名(男性8, 女性4, 30〜59歳)でした。脊髄麻痺の症例を選んだのは「睡眠が生活において大きな比重を占めている」「生活サイクルが変化しにくいので睡眠の質に対して正確な評価が得られやすい」という背景があると思われます。


二重盲検クロスオーバースタディ」というのは、参加者も研究者も「誰がどちらに割り当てられるか分からない」そして「前半で一方(例:432Hz)に割り当てられ、期間を空けて後半で別の方 (例:440Hz) に割り当てられる」というデザインです。実際には前半に6名が432Hz、別の6名が440Hzに割り当てられ、それぞれ後半は別の方(432Hzまたは440Hz)に割り当てられました (Figure 1)。

これにより、「12名のどの参加者も432Hzと440Hzの音楽を聴いて睡眠の質を評価できる」、「432Hzと440Hzを聴く順番も6名ずつ反対の順番に割り当てられているので公平」、さらにランダムで二重盲検なので「432Hzと440Hzの違いを厳正に評価できる」非常に質の高い研究デザインで行われています。


・用いられた楽曲

参加者は睡眠導入時に音楽を聞きますが“参加者が好きなジャンルを複数選択できる”という条件で行われました。実際には・クラシック (Classic: 2), ・海外ポップス (International Pop: 4), ・国内ポップス (Italian Pop: 7), ・アメリカンカントリー(American Contry: 1), ・ロック (Rock: 4), ・ケルト (Celtic: 1), ・瞑想音楽 (Meditation: 1), ・プログレッシブ (Progressive: 1), ・レゲエ (Reggae: 1) という具合に様々な楽曲が用いられました。

各々同じ曲が440Hzと432Hzでチューニングされているので、普通に聞いていて違いはほとんど分かりません。「参加者は睡眠時にどちらかにチューニングされた好きな楽曲を聞きながら就寝する」という環境で行われました。


・睡眠の質の評価

睡眠の質を推定するために、「医療アウトカム研究の睡眠スケール (“Sleep Scale from the Medical Outcomes Study”) *4」と「知覚ストレス尺度 (“Perceived Stress Scale”, PSS) *5」が用いられ、これらがスコア化されて比較解析されました。例としては、「睡眠が安静でないと感じますか?」「睡眠時に頭痛や息苦しさを感じましたか?」「睡眠時に寝つきが悪いと感じますか?」「1:いつも感じる〜5:全く思わない」というような質問票で解析されました。

・結果

結果はFigure 2に示すように、実験の前後(T0とT1)での比較において「平均睡眠スコア (Average of the sleep total scores)」の項目で差が出ました。432Hzの音楽で実験開始時(T0)と実験終了時(T1)で数値を比較したところスコアの改善が見られました (p=0.02: 一般に0.05以下だと統計学的に有意差あり)。これに対して440Hzの方では特に有意な変化はみられない (p=not significant)、という結果でした。

もちろん、参加者も「今聴いている曲が432Hzなのか440Hzなのか分からない」状態でスコアを評価したのでこれは「先入観や思い込みを排除した客観的データ」と捉えられると思います。限定的な効果ではありますが、この研究では「432Hzで調律された音楽は睡眠の質を明らかに改善する」ということが示されています。


・健常者に対して睡眠時の432Hz音楽の効果を検証した研究

もう一つ別の研究を紹介します。タイトルは「Effect of music of specific frequency upon the sleep architecture and electroencephalographic pattern of individuals with delayed sleep latency: A daytime nap study (睡眠潜時が遅れている人の睡眠構造と脳波パターンに対する特定周波数の音楽の影響:昼寝研究) *6」という2019年のインドからの研究です。

こちらの対象者は18〜40歳の睡眠障害の無い健常な男性15名が登録されました。そして“昼寝研究”として午後に1時間30分の睡眠時間を設定し、そこで脳波、心電図、睡眠段階、呼吸などが計測されました。実験は1週間空けて2回行われ、“音楽あり”と“音楽なし”の2つの条件でデータが取得されました。ここでの介入は“432Hzに調整された音楽を昼寝前に20分ほど聴く/または聴かない”と設定されました。(参加者は音楽のある/なしが分かってしまいますし、順番も定義されてないので先ほどの二重盲検クロスオーバー試験に比べるとややエビデンスレベルが落ちる研究デザインです)。

・結果(2)

全体的な睡眠までの時間 (Sleep latency) は“音楽あり”のときは平均約24分、“音楽なし”のときは平均約42分と音楽がある方が睡眠までの時間は短い傾向にあるようですが統計学的に有意とまでは言えませんでした (p>0.05)。

脳波の計測においては、“音楽あり”のときにアルファ波の増加が顕著であることがわかりました。Figure 3左に示すように15例ほぼ全ての参加者においてアルファ波の数値が高いことが統計学的にも強い有意差をもって示されています (p<0.00001)。脳の部位毎に表したグラフがFigure 3右に示されていますが、特に前頭部 (Frontal region) や中央部 (Central region) でアルファ波の増加が顕著であったとのことです (p<0.0001)。

この研究から、「432Hzの音楽は健康な男性においても睡眠導入を促進し、脳波のアルファ波成分を有意に増加させる」ということが言えそうです。


・440Hzが世界基準になったのはいつからか?

古い歴史では1800年代後半にはフランスやオーストリアで推奨されていた435Hzがラ(A4)の音として使用されていたようです (*7)。一方でアメリカの音楽産業ではA4=440Hzが業界標準として使用されていたようです。そして1936年に米国規格協会によって440Hzが推奨されるようになり、1939年ロンドンで行われたISA (International Standardizing Association) による国際会議で採択され、ここから440Hzが世界基準となり、1975年国際標準化機構 (ISO: International Organization for Standardization, *3, *8)によって「A=440Hz」と定義されるに至っています。

・440Hzが全てではない?

ある記事によるとオーケストラで世界的に有名な指揮者のカラヤンは444Hzのチューニングを好んでいたようで、世界標準の440Hzよりもやや高いピッチで演奏されていたことが多いようです (*9)。日本の多くのピアノやコンサートホールのグランドピアノも442Hzや444Hzでのチューニングが多いとされていて、華やかで高揚感の得られやすい周波数なのかもしれません。今回の研究で432Hzが睡眠時に良い効果をもたらすことが分かったように、数ヘルツのわずかな違いで人体や感覚に与える影響が変わってくるのかもしれません。


・432Hzはどこで聴けるのか?

先に述べたように基本的に世界標準はA=440Hzなので、これに準拠している限りA=432Hzで調律された音楽を耳にすることはまずありません。もしかしたらクラシック演奏などは444Hzのチューニングであったり、敢えて432Hzに調律した楽曲もあるかもしれませんが、一般的にこの微妙な調律の違いを表記する慣習はありません。

しかし最近は非常に便利になり、A=432Hzでチューニングされた楽曲を簡単に見つけ、気軽に視聴することが可能です。これらの動画リンクを掲載しておきます(画像をクリックすると動画サイトに転送されます)。


【432Hz】癒しの瞑想音楽 宇宙の周波数で自然治癒力を向上させる
Silent Space - Meditation Music.

こちらのサイトは映像も音楽も非常に瞑想によく合います (*10)。ぜひ432Hzでチューニングされた音楽を視聴しながら瞑想してみてください。


432 Hz 寺院 ベル 瞑想.  Sound-and-silence Resonant Healing.

このようなシンギングボウルの音を用いた432Hzの動画も公開されています (*11)。曲は無くただ単調な音が一定の間隔で鳴り続けるので、眠りたいときにはちょうど良いかもしれません。



今回は「音」にフォーカスした研究を紹介しました。「曲としての音楽」に癒しの効果があることは前回の研究でも分かりましたが、「一つ一つの音の周波数」でもその効果が変わってくることはまだ広く知られていません。今は体に取り入れる食べ物や栄養素も自分で良いものを選ぶ時代です。その日の気分によって「ロック」や「ジャズ」や「クラッシック」を聴き分けている人も多いと思いますが、これからは「音」や「調律」も自分に合うように選んだりチューニングしたりする時代なのかもしれません。脳波を変えたり緊張を緩和するためにも「音」は非常に有効なので、音を使いこなせれば瞑想の効果をさらに上げることができるかもしれませんね。

(著者:野宮琢磨)

野宮琢磨 医学博士, 瞑想・形而上学ガイド
Takuma Nomiya, MD, PhD, Meditation/Metaphysics Guide
臨床医として20年以上様々な疾患と患者に接し、身体的問題と同時に精神的問題にも取り組む。基礎研究と臨床研究で数々の英文研究論文を執筆。業績は海外でも評価され、自身が学術論文を執筆するだけではなく、海外の医学学術雑誌から研究論文の査読の依頼も引き受けている。エビデンス偏重主義にならないよう、未開拓の研究分野にも注目。医療の未来を探り続けている。

引用/参考文献:

*1. 音楽と癒し(Healing) https://note.com/newlifemagazine/n/n1da7b0326b17 
*2. Calamassi D, Lucicesare A, Pomponi GP, Bambi S. (2020). Music tuned to 432 Hz versus music tuned to 440 Hz for improving sleep in patients with spinal cord injuries: a double-blind cross-over pilot study. Acta Bio Medica: Atenei Parmensis, 91(Suppl 12). DOI: 10.23750/abm.v91i12-S.10755
*3. International Organization for Standardization. Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/International_Organization_for_Standardization
*4. Hays RD, Martin SA, Sesti AM, Spritzer KL. Psychometric properties of the Medical Outcomes Study Sleep measure. Sleep Med. 2005;6(1):41–4.
*5. Cohen, S., Kamarck, T., & Mermelstein, R. (1983). A global measure of perceived stress. Journal of health and social behavior, 385-396.
*6. Dubey P, Kumar Y, Singh R, Jha K, Kumar R. (2019). Effect of music of specific frequency upon the sleep architecture and electroencephalographic pattern of individuals with delayed sleep latency: A daytime nap study. Journal of family medicine and primary care, 8(12), 3915-3919.
*7. A440-Wikipedita. https://ja.wikipedia.org/wiki/A440 
*8. 国際標準化機構-Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/国際標準化機構
*9. 基準音(A=440Hz)はいつ誰が決めた? - ATARI MUSIC STUDIO. https://blog.goo.ne.jp/atari/e/1b6be2cb9c3b88a2f1c4d0a532d096b9# 
*10. 【432Hz】癒しの瞑想音楽 宇宙の周波数で自然治癒力を向上させる|Silent Space - Meditation Music. https://www.youtube.com/watch?v=iSUijiO4snE 
*11. 432 Hz 寺院 ベル 瞑想 by Sound-and-silence Resonant Healing. https://www.youtube.com/watch?v=keoC-poCEwA&t=369s 

画像引用:
*a. Image by freepik in Freepik. https://www.freepik.com/free-vector/wavy-background-concept_7443913.htm
*b. Image by Wolfgang Eckert from Pixabay. https://pixabay.com/illustrations/ai-generated-woman-face-asleep-8200083/

  


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