新日本フィルハーモニー交響楽団「note班」
ベニー・グッドマンとクラシック
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ベニー・グッドマンとクラシック

新日本フィルハーモニー交響楽団「note班」
新日本フィルnoteではダントツの情報量「岡田友弘《オトの楽園》」。《たまに指揮者》の岡田友弘が新日本フィルの定期に絡めたり絡めなかったりしながら「広く浅い内容・読み応えだけを追求」をモットーにお送りしております。今回は5月定期演奏会で取り上げられるバーンスタイン作曲「プレシュード、フーガとリフス」を献呈された「キング・オブ・スウィング」ベニー・グッドマンとクラシック音楽の関わりを中心にしたエッセイ風コラムです。名前は知っているし、音楽も知っているはずのグッドマンの「クラリネット奏者」としての諸相を感じていただけたら幸いです。

ベニー・グッドマン…グレン・ミラーやカウント・ベイシー、デューク・エリントンなどとともにジャズの「巨人」のひとりだ。

ベニー・グッドマン

「ベニー・グッドマン物語」という映画も制作されており、それを見るとグッドマンの前半生を俯瞰することができる。

グレン・ミラー

少年期はトロンボーンを吹いていたので、どちらかといえばグレン・ミラーに関心が向いていた。「茶色の小瓶」は小学校の音楽授業に登場したし、「イン・ザ・ムード」はフジテレビの「ひらけ!ポンキッキ」で流れたりとさまざまなところで耳にしていたためか、「グレン・ミラー物語」の方を何度も繰り返してビデオやテレビ放送で楽しんだ。「ベニー・グッドマン物語」も観たのだが、当時はあまりピンと来ず、陽気な黒人男性がヴィブラフォンを演奏している場面だけが何故か印象に残っている。のちにその男性がライオネル・ハンプトンであることを知った。

ライオネル・ハンプトン

ベニー・グッドマンの音楽を意識したのは、確か小学校高学年か中学の頃だったと思う。地元の社会人吹奏楽団の演奏会だった。その楽団は演奏会の中に「ビッグバンド」編成でのステージがあり、その中でグレン・ミラー、デューク・エリントン、そしてベニー・グッドマンのナンバーを取り上げていた。

ビッグバンド(ポール・ホワイトマン楽団)

楽器を吹き始めて数年の少年から見たら、その楽団メンバーはとてもカッコ良く、輝いて見えた。照明等の演出もあったかもしれないが、現在でもその吹奏楽団はクラシックよりもジャズやポップスの演奏に定評がある楽団だ。

ドラムスの躍動するソロからはじまるその曲は金管楽器群とサックスにより胸躍る音楽を繰り広げる。そしてそれに導かれるようにクラリネットの魅力的かつ技巧的なソロが始まった。ベニー・グッドマンの超有名曲「シング・シング・シング」、今なお絶大な人気を誇るビッグバンド、スウィング・ジャズの名曲だ。もちろん、サックス、トランペット、ドラムスにも見せ場はたくさんあるが、やはりクラリネットがリーダーバンドなのでクラリネットがとにかく「オイシイ」。この名曲を、とある演奏会の司会が「シング」と「寝具」に掛けて「次の曲は、布団、シーツ、枕です!」と言ったことがあった。あの頃は無垢な少年だったから大笑いしたが、今思い返すと「下世話なジョーク」に思えてきた。とはいえ子供の心を忘れずに、寛容な人間でありたいものだ。

その後は吹奏楽にアレンジされたものを演奏したりしたが、僕にとってはベニー・グッドマンは「シング・シング・シング」だけが突出して馴染みある曲だった。ベニー・グッドマンは「ジャズの人」である。今さら何をいうか!とお叱りを受けるかもしれないが、そのイメージが変わる出来事があった。

大学に入学し僕は吹奏楽部に入ったが、同期にとにかくグッドマン好きのクラリネットの友人がいた。そんな彼がある日一枚のCDを貸してくれた。それはベニー・グッドマンの演奏ではあるのだが、どうやらジャズのCDではないようだった。

彼の話によると、このCDはかつて秋葉原にあったクラシック愛好家たちの聖地、石丸電気の輸入盤フロアで発見したという。彼は当時からパソコンを自作するような人物だったので秋葉原に出没しているのは今思えば自然の流れではある。当時はタワーレコードといえば新宿ルミネの上の階だったし、渋谷のHMVはBunkamura通りの坂の途中にあった。そのほかクラシック専門店は意外に多く、僕もよくハシゴしたものだ。その中にもちろん秋葉原の石丸もあった。

彼が貸してくれたCDはベニー・グッドマン独奏のモーツァルト作品。「クラリネット協奏曲」と「クラリネット五重奏曲」で、どちらもモーツァルト晩年の名作だ。「どうせジャズの人がクラシックやってみた的なものだろう?」などと生意気に思いながら聴いて驚いた。紛れもなく素晴らしい演奏であった。もちろんジャズ奏法の香りも含まれているけれど、ジャンルの枠などくだらない偏見だと思わせる演奏に「クラリネット奏者ベニー・グッドマン」の凄さを思い知った。この時に僕のグッドマンに対するイメージが大きく転換したといえる。その友人にはとても感謝している。彼は日本史を専攻していたが、大学卒業後は大学院の博士課程を修了し、現在は地方の博物館の学芸員として活躍している。

そのモーツァルト作品の共演者を見て再度驚いた。協奏曲の指揮は巨匠シャルル・ミュンシュ、オーケストラはボストン交響楽団だ。そして五重奏曲の演奏はボストン交響楽団メンバーで編成されたアンサンブルである。

シャルル・ミュンシュ

ミュンシュ、ボストン…ミュンシュは小澤征爾の師のひとり(彼の重要な師匠といえば、斎藤秀雄、バーンスタイン、カラヤン、そしてミュンシュである)。ボストン交響楽団は言うまでもないが小澤征爾が長年シェフを務めた、アメリカのメジャーオーケストラだ。ニューヨーク、シカゴ、フィラデルフィア、ロサンゼルスとともに「BIG5」に君臨するオーケストラだ。

旧日本フィルの楽員だった方に「特に印象に残るすごい指揮者はだれですか?」と聞いたことがあった。その方は「マルケヴィッチとミュンシュ!」と即答した。普段は思慮深い方が即答したのだから、これは信憑性があると感じた。ちなみにミュンシュとともに名前が挙がったイーゴリ・マルケヴィッチはフランスの「ラムルー管弦楽団」の指揮者として多くの名演を残している。そして、ラムルーは新日本フィルのミュージック・アドバイザー佐渡さんがシェフを務めたオーケストラである。

イーゴリ・マルケヴィッチ

グッドマンはイリノイ州シカゴで生まれた。家は貧しかったが、無償で音楽教育を受ける機会に恵まれ、元シカゴ音楽大学の教師にレッスンを受けることができた。グッドマンのクラリネットはクラシックからスタートしているのである。ならばモーツァルトをこのように素晴らしく演奏するのにも合点がいく。

「ベニー・グッドマン物語」のなかにもクラシックのレッスンを受け、みるみる上達して教師にも期待されるが、生活のためとジャズへの熱意からジャズの世界に飛び出していく場面が描かれている。

ベニー・グッドマンは全米で成功し、第一人者としてジャズの演奏家としてはじめて「音楽の殿堂」ニューヨークのカーネギーホールでコンサートをしたことでも知られる。

カーネギーホールの外観

クラシックの作曲家たちにも大きな刺激を与え、彼のために作曲された作品がいくつかある。

代表的なものを2つだけ紹介したい。まずはハンガリーの作曲家でアメリカに亡命したバルトークの作品で、クラリネット、ヴァイオリン、ピアノのための『コントラスツ』Sz.111(BB 116)。この作品の全曲初演はカーネギーホールにて、作曲者のピアノ、グッドマンのクラリネット、ヨーゼフ・シゲティのヴァイオリンによる。作品も素晴らしいが、何と豪華メンバーによる演奏だろう。このコンビでの録音は現在もCD等で聴く事ができる。

バルトーク・ベーラ

そして現代アメリカ作曲界の巨星アーロン・コープランドの「クラリネット協奏曲」もまたグッドマンの依頼により書かれた。放送初演はフリッツ・ライナー指揮によるNBC交響楽団、演奏会初演はユージン・オーマンディー指揮、フィラデルフィア管弦楽団による。もちろんどちらもクラリネット独奏はグッドマンだ。

アーロン・コープランド

他にもパウル・ヒンデミットやダリウス・ミヨーなどかグッドマンのために作品を書いている。もちろん作曲料のためもあるかもしれないが、並の演奏家のために彼らが作品を書くはずはない。クラリネット奏者としての力量を認めてのことだ。

そして、今度演奏されるバーンスタインの「プレリュード、フーガとリフス」もグッドマンと関わりのある作品となっている。この作品の作曲依頼は別の人物だが、ベニー・グッドマンに献呈された。バーンスタインとグッドマンによる録音も残されている。クラシックとジャズ、音楽はボーダーレスとは言うけれど、実際は今でも「色分け」や「棲み分け」を自然としてしまう。その垣根を取り払い、クラシックとジャズを見事に繋いだグッドマンの貢献は計り知れないものがあるだろう。クラシック音楽とジャズ、ポピュラー音楽の「メディエーター(仲介者、橋渡し役)」としてのグッドマンの功績を今一度、感謝の気持ちを持って噛み締めたい。

最後に、僕の好きなグッドマンの演奏ナンバーをいくつか挙げたい。

妻がクラリネットを演奏していたこともあり、ジャズクラリネットのライブには良く通った。初めて訪れた飯田橋駅近くの小さなジャズバーで開かれた谷口英治さんのライブで聴いた「サヴォイでストンプ」はなぜか僕の心に引っかかった。きっとタイトルの面白さと曲調が気に入ったのだとおもうが、携帯の呼び出し音は長い間「サヴォイでストンプ」だった。僕も帝国ホテルやオークラで「ストンプ」してみたい…きっとすぐに取り押さえられ、ホテルから追い出されてしまうだろう。みなさんも決してストンプしないようにお願いする。

「レッツ・ダンス」と「メモリーズ・オブ・ユー」は映画のなかでも重要な意味を持つ曲。銀座だったか横浜だったかは失念してしまったが、我が国におけるジャズクラリネットの第一人者、北村英治さんの演奏を聴き、グッと惹きつけられたのを覚えている。「グッドマン」だけにグッときたのだろうか?「レッツ・ダンス」は陽気なナンバーでオープニングでよく演奏される。「メモリーズ・オブ・ユー」は甘く夢見るようなスローテンポの曲だ。僕の友人が北村さんと懇意にしていたこともあり、何度かお話ししたことがあるが、上品で紳士的だけとユーモアのセンスも抜群、その一言一言には含蓄があった。「人間かくありたし」と思わせる素晴らしい方だ。93歳となった現在も衰えを感じさせないプレイでファンの前に立つ。北村さんの健康長寿を祈りたい。北村さんは来日したグッドマンとも共演した人物だ。

北村英治(北村英治ウェブサイトより引用)

その友人は早世し、今は神様になっている。北村さんの「メモリーズ・オブ・ユー」を聴く度に、その彼の事を思い出す。僕にとっての「メモリーズ・オブ・ユー」は彼との思い出のなかにある。

そして、あまり有名なナンバーではないかもしれないが、カナダの作曲家アーネスト・ヘイツが作曲した「世界は日の出を待っている」も印象的だ。この作品は多くのプレイヤーが演奏している「神曲」なので、厳密にははグッドマンと言えないかもしれないが、前述した北村さんと谷口さんのジョイントライブの際のアンコールで演奏され、高揚感のままで銀座を後にした思い出がある。

「世界は日の出を待っている」というタイトルは歴史的な事柄と関係している。作曲は1918年、出版は1919年である。歴史を学んだ方ならば「1919年」と言えば「ベルサイユ条約」と暗記した方も多いのではないだろうか。つまりこの作品は第一次世界大戦直後の不安の時代に書かれた曲である。しかしこの曲はとても明るく元気になる曲だ。この曲が当時の人々を勇気づけ明るい未来を信じようと思わせたのだろう。その証として、この曲にはたくさんのアーティストによる100以上のバージョンがある。

現代の世界も今、不安の時代の中にある。この曲のように人々を励まし、明るい未来への展望を願う音楽と演奏をオーケストラをはじめ全ての音楽ジャンルで続けていかなければと気持ちを新たにしている。

2022年の僕たちもまた「日の出を待っている」のだから…。

(文・岡田友弘)

♪♪♪演奏会情報♪♪♪

新日本フィルハーモニー交響楽団 第641回・定期演奏会

【日時】
2022.05.21 SAT 14:00 開演
すみだトリフォニーホール(完売)

2022.05.23 MON 19:00 開演
サントリーホール(好評発売中!)

5月23日公演はオンライン配信もあります!

【指揮】佐渡裕
【クラリネット】マルコス・ペレス・ミランダ
【ピアノ】高木竜馬
【ドラムス】高橋信之介

【プログラム】

R.シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」 op. 20, TrV 156
 R.Strauss: Don Juan, Op. 20, TrV 156

バーンスタイン:前奏曲、フーガとリフス 
Bernstein: Prelude, Fugue and Riffs

ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調 op. 92 
Beethoven: Symphony No. 7 in A major, op. 92

公演詳細、チケットは新日本フィルWebサイトをごらんください!


執筆者プロフィール


岡田友弘(おかだ・ともひろ)

1974年秋田県由利本荘市出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻入学。その後色々あって(留年とか・・・)桐朋学園大学において指揮を学び、渡欧。キジアーナ音楽院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ヨーロッパ各地で研鑚を積む。これまでに、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、小学生からシルバー団体まで幅広く、全国各地のアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わった。指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。演奏会での軽妙なトークは特に中高年のファン層に人気があり、それを目的で演奏会に足を運ぶファンも多くいるとのこと。最近はクラシック音楽や指揮に関する執筆や、指揮法教室の主宰としての活動も開始した。英国レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ・ソサエティ会員。マルコム・アーノルドソサエティ会員。現在、吹奏楽・ブラスバンド・管打楽器の総合情報ウェブメディア ''Wind Band Press" にて、高校・大学で学生指揮をすることになってしまったビギナーズのための誌上レッス&講義コラム「スーパー学指揮への道」も連載中。また5月より新日フィル定期演奏会の直前に開催される「オンラインレクチャー」のナビゲーターも努める。

岡田友弘・公式ホームページ
Twitter=@okajan2018new
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