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【歴史小説】第8話 海賊退治①─大海原へ─(『ひとへに風の前の塵に同じ・起』)


   1


 5月末。清盛と家盛は、忠盛と忠正、郎党や下人らと共に福原まで陸路で、そこから海路で西国を目指した。

 宋国との貿易で手に入れた羅針盤という道具を使って方角を確認しながら西を目指す。

「きれいだなぁ」

 鎧兜に身を固め、腰に太刀を佩いた清盛は、青い海の向こう側で、山のように浮かぶ島々を眺めている。

「きれいですね! 兄さん」

「家盛もそう思うのか」

「はい」

 家盛は整った顔に笑みを浮かべる。

「おいお前ら、旅に出てるんじゃないんだからはしゃぐな」

 忠正は、楽しそうにはしゃぐ若武者二人を注意する。

「まあまあ、いいじゃないか。都しか知らないあいつらにとっては、貴重な経験だ。景色を楽しむ余裕があってもいい」

「海賊は、いつ現れるかわからないぞ」

「そうだな。けど、こうやっているうちに海賊船を見つけるやもしれないぞ」

「兄上、デタラメを申すな」

 忠正はあきれた表情でため息をつく。


「兄上、あの船は海賊船か?」

 家盛は向こう側に見えるジャンク船を指さした。赤い帆には、平家の家紋である揚羽蝶の紋が描かれている。

「うーん、どうだろうな? ちょっと、父上に聞いてみるか」

 どのような目的で使われているのかについて、清盛は聞くと、忠盛は笑みを浮かべて、

 忠盛は首を横に振って、
「言い忘れていたな。あれは海賊船ではなく、我々の船だ」

「え、そうなの?」

 清盛は驚いた。

 忠盛はうなずく。

「いったい何のために?」

 清盛はどのような目的で使われているのかを聞くと、忠盛は笑みを浮かべて、

「それは、この海賊退治が終わったら教えてやるとしよう」

 答えをぼやかした。どうやら平家の機密情報らしい。

 この日は海賊と遭遇することはなかった。平家一門らが乗った船は、播磨を越え、吉備へと入ろうとしている。


   2


 翌日朝、平家一門率いる船団は海を出た。

 吉備の辺りまで来たときに、2、3隻のジャンク船と遭遇した。民間人の手足口を縄で船柱に縛りつけ、刀剣や弓矢で武装した男が脅している。さしずめ畿内で売り払って金にするつもりなのだろう。

「ここで何をしている?」

 忠正は鎧だけを着、背中に矢の数本入ったものを背負った、海賊の一人と思われる人間に聞いた。

「何を、って、見てわからんか?」

「あぁ。それよりも、船柱に縛りつけている人間は、どういうことだ?」

「それは答えられないな」

「答えられない、というのであれば、覚悟はできておろうな?」

 忠正は腰に差した太刀を抜いて、子分の一人に切っ先を向ける。

「やっちまえ!」

 攻撃の指示をした。

 入り乱れる弓矢や投石が、雨のように両者の船へ降り注ぐ。

 それらを太刀で撃ち落としたり、木や竹でできた盾で防いだりしながら矢を放つ。

 前衛部隊が倒れると、忠正と家盛は、数名の兵を率いて敵船に飛び乗り、雑魚数人を太刀で切り払ったり、組討ちにしたりして生け捕った。

 清盛はというと、物陰に隠れ、一人怯えていた。

「おいおい、みんなよく修羅場を駆け抜けることができるよなぁ。やっぱ俺、叔父上の言う通り、出家して坊主にでもなればよかったわ」

 心のなかでつぶやいた。やっぱり、自分は武士には向いていない。なんで、向いていない道を選んだのだろう? 清盛は自分の選択を後悔した。

「ここで、何をしている」

 隠れていたところを、忠盛に見られた。

「父上、なぜここに?」

「……」

 忠盛は黙って戦場へと向かう。


   3


 船上で海賊と戦い、浜で釣った魚を食べ続ける日々が1ヶ月目に突入した日の夜。

「なあ、そういえば思ったんだが」

 郎党の一人 平維綱(たいらのこれつな)はこんがりと焼け、脂の出ている魚を食べながら続ける。

「清盛のやつが、戦いに参加してるとこ見たことないよな」

 惟綱が不満をこぼしたとき、武者たちの中に不穏な空気が漂い始める。

「同じこと思った」

 清盛の郎党で、鎧を脱ぎ、団扇で蒸れた体を扇いでいた年相応の顔つきをした青年 平盛国(たいらのもりくに)はうなずく。

「お前、みんなが一生懸命戦ってるときに、一人で何してんだよ」 

 忠正はきつい口調で追い詰める。

 戦ってないことがバレた、と思った清盛は、忠正の質問に答える。

「ふ、普通に戦ってるよ。みんなと同じように」

 忠正は清盛の方に近寄って、清盛の着ている衣の襟をつかみ、大声で聞きただす。

「本当か? 小僧、目の動きが怪しいぞ。それに、どもってる。お前、まさか臆病風吹かして戦ってないんじゃないだろうな?」

「落ち着いて、叔父上」

 家盛はなだめに入る。

「黙ってろ、家盛! 俺は今、小僧と話してんだ!」

 忠正は家盛を突き飛ばす。

「小僧、お前が戦ってなくてもなぜ、いつものようにみんな接しているかわかるか?」

「……」

 今にも泣きそうな顔で、清盛は燃え上がる闘志を宿した忠正の瞳を見つめる。

「武士の情け、ってやつだよ」

「武士の、情け」

「ああ、そうだ。みんな死ぬのは怖い。俺だってな。だが、戦わなければいけない。世のため、一門のため、愛する家族のため、そして──願いのためにな。みんなそれをわかっているから、何も言わなかったんだ」

 忠正は、砂地に向かって力いっぱい清盛を投げ飛ばし、殴りかかった。

「もう、ここまでにしてやってくれ、忠正」

 忠盛は、握りこぶしを作って清盛の顔面を殴ろうとする忠正を制止する。

「わかったよ……。おい、坊主、兄上に免じて今日はここまでにしてやる」

 忠正は焚火の周りに戻り、焼いていた魚を手に取り、思いっきりかぶりつく。


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