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新国立劇場で2年の時をかけて取り組んだ創作――須貝英が語る「新境地」【PR】

新国立劇場が2022年/2023年に日本の劇作家の新作を上演するシリーズ【未来につなぐもの】。その第一弾となるのが、11/2(水)より小劇場にて開幕する『私の一ヶ月』だ。本作は「ロイヤルコート劇場×新国立劇場 劇作家ワークショップ(※)」の企画から生まれた新作で、須貝英が劇作を、稲葉賀恵が演出を手がける。出演は村岡希美、藤野涼子、久保酎吉、つかもと景子、大石将弘、岡田義徳の6名。須貝が2年の時をかけて編み、時に解き、緻密に丁寧に紡いだ台本と、その物語を魅力溢れる6名のキャストと共に上演作へと立ち上げていく稲葉の演出に開幕前から期待と注目が集まっている。

※60年以上の歴史を持つロイヤルコート劇場が世界中で行っている劇作家のためのワークショップを、新国立劇場とロイヤルコート劇場が手を携え、日本で初めて開催したもの。

優しく、しかし鮮やかなイエローが目を引くチラシには“BRIDGE TO THE FUTURE”と記されたエンブレムが施されており、「そんな私の一ヶ月を→一ヶ月前の私は露知らず」という一文が中央下部にある。裏面に翻すと、舞台には3つの空間が在ること、そしてやがてその3つの時空に存在する人たちの関係が明らかになっていく、というあらすじが記されている。
 
時間と場所を縦横に往来しながら進む『私の一ヶ月』という物語。その魅力についておちらしさんWEBでは、作者である須貝英さんに特別インタビューを敢行。物語の題材とその着想、2年に及ぶワークショップや日々の稽古を経て感じたこと。この機会だからこそできた挑戦と自身の個性や持ち味に対する新たな発見…。まだどこにも語られていない話をたっぷりと聞かせてもらった。

【『私の一ヶ月』開幕直前インタビュー】
劇作家・須貝英が2年の時をかけて見つめた、『私の一ヶ月』とは?

 2年の時間があったからこそ、取り組めた作品だった

――開幕が目前に迫っています。現在の稽古場の様子はどんな感じでしょうか?
 
須貝:通し稽古を観ながら「こうなるんだ!」という新鮮な感銘も受けています。執筆時より上演した場合には「こんな風になるかな」とある程度の予想はしていたのですが、実際に舞台が立ち上がっていく度に新たな発見や驚きがあって……。稲葉さんならではの演出の味わいを感じるとともに、物語の書き手である自分の意図をつぶさに掬い取ってくださっている様子に感動したりもしています。
 
――台本は3段構成になっていて、3つの時間軸とスポットに分かれてそれぞれの場で起こることが綴られていますよね。こういった形式の台本を拝読するのは初めてのことで、新鮮で豊かな体感でした。
 
須貝:僕自身、この書式で台本を書いたのは初めてのことでした。「3つの場所を同時に描く」という構想は初稿の段階から決めていたのですが、「台本の執筆からそれをやってみるのはどうか?」という話はワークショップ内でのディスカッションを経て生まれたアイデアでした。参加者の方から「上下2つの世界を台本でも上下にして描いている佃典彦さんの『土管』という戯曲があるよ」と聞き、読んでみて、この手法を3つの場所でやってみたらどうなるだろう?と実験的に試してみたんです。最初は戸惑いながら書いていたのですが、書き進めていくうちにシーンの進行や人々の動きを脳内に明確なビジュアルとして浮かべやすくなった気がしました。ワークショップでは、イギリスの劇作家の方と「どんな形式で書くかということも台本の一部だ」という話をしたりもしていて…。そんな意味でも、自分一人で取り組んでいたらこの書き方には到達していなかったと感じています。
 
――2年に及ぶワークショップの様子やそこで得た経験については、様々な媒体でも語られていましたよね。改めてこの2年ほどを振り返って、どういったところが特に印象深かったでしょうか?
 
須貝:参加者は劇作家ワークショップの豊かな環境に様々な影響を受けたと思うのですが、僕が最も大きいと感じたのは締切や制約がないことでした。「上演を前提としない作品を作る」というワークショップそのもののコンセプト、ひいては「出演者や上演に関する縛りがない状態で台本を書く」という体験に支えられた部分は非常に大きかったと思います。これまで小劇場などの公演では劇場や上演時期、主演の方が決まっている状態から劇作に取り組むことがほとんどで、当然そこから逆算した締切に向かって書くという状態だったんです。でも、ちゃんとしたものを書こうと思えば思うほど当然時間はかかってしまうので、時間的プレッシャーがない状況で執筆に取り組めたことは自分の作品を見つめる上でも最も大きな経験だったと思います。全部を書き切っても、そこからまた書き直してもいいし、全部やめたっていいという自由度。小劇場のみならず、日本の演劇では現状なかなか叶いにくい試みですが、だからこそ、普段なら「書けるだろうか」と迷う題材にも取り組むことができました。もちろん作品作りには毎回全力で取り組んでいるんですけど、実現可能性から逆算してクリエイティビティが制限されてしまう部分は絶対的にあって…。それがないというのはすごく有難かったですね。なんとかしてこのシステムを他公演でも取り入れられないだろうかと考えたりもしました。
 
――「ロイヤルコート劇場×新国立劇場 劇作家ワークショップ」や「こつこつプロジェクト-ディベロップメント-」など、近年新国立劇場が取り組む創作環境の改革は観客としても興味深いものです。同時に、時間や設定に全く制限がない中で書くということは、それはそれで怖い部分もあるのではないかとも思ったのですが…。
 
須貝:そうですね。やはり向き不向きはあると思いますし、制限があった方が書きやすいという面もあるとは感じます。ただ今回のワークショップでは、迷ったり困ったりしても、意見を交わせる劇作家メンバーの方もいたので心強かったんですよね。一人きりで無制限の中創作の船を漕ぎ出すのは勇気がいるんですけど、不安を解消する体制があるワークショップだったので、少なくとも僕には取り組みやすい環境でした。

物語の題材は、一貫して揺るがなかった

――物語やその題材についてもお聞きしたいのですが、須貝さんがこの機会に本作を選んだことにはどんな背景があったのでしょうか?
 
須貝:『私の一ヶ月』という作品は、2015年に日記を読んでいく形式の女性の一人芝居で一度上演しており、「いつか一人芝居じゃない形でもやってみたい」という思いから自分の胸の内に絶えず在った作品でした。最初の構想からある程度時間も経ったので、今一度客観性をもって物語を紡げるのではないかと思った時期だったことと、ワークショップの豊かな環境が重なって再構築することができました。上演作品へと昇華していく上でも、当然ながらそれなりの変化はあったのですが、最初に選んだ題材に対しての迷いや揺らぎは全くなかったです。むしろ、演出の稲葉さんはじめみなさんとディスカッションする中で、いいバランスで客観性を取り入れ、上演作へ昇華することができた気がしています。
 
――日記を通して過去や今や未来が描かれるというストーリーには、【未来につなぐもの】というシーズンテーマとのリンクもひしひしと感じました。
 
須貝:基本的には自分が書きたいものを書くのですが、同時に「今の世の中だからこれを書く、この作品をやる」という視点も忘れないようにはしていて……。そこにはやはり、今を生きるお客様にお見せするものだから自分のためだけのものには終始したくない、という思いがあるんですよね。登場人物が6人の小さな世界で起こっている物語ではありますが、小さな世界を描いている作品だからといって、小さいところに収めたいということでは全くなく、いろんなところへと広く届くものを描きたいという気持ちがあります。
 
――これまでも様々な物語を紡いでこられた須貝さんですが、今作にご自身の個性を感じる点はどんなところでしょうか?
 
須貝:岡田義徳さん演じる佐東と藤野涼子さん演じる明結のキャラクター性や関係性、二人の会話のやりとりにはすごく自分らしさを感じています。僕自身は、セリフというものは基本的に全部うそだと思っていて…。というのも「本当のことをそのまま言う人なんてそんなにいない」っていう考えで基本的に戯曲や台本を書いているんですよね。だから、心の内で色々なことを抱えている人が表にはそれを出さずになんでもないことを喋っている、という描写は自分の作家性に一貫しているカラーだと感じています。
 
――逆に今までのご自身の作品とはここが違うと感じる部分はどんなところですか?
 
須貝:今作は家族を巡る物語でもあるのですが、母と娘のような直接的な関係性にある人物間のやりとりはこれまで書いたことがなかったですね。今までの自分らしさと、今回の機会だからこそ挑戦できた新しさがかなりいい塩梅に混ざり合っていると思います。方言をふんだんに使った物語も初めてなので、これまでの自分の作品を観てくださった方にとっては新鮮に感じていただける部分も多いのではないかと想像しています。東北の方言、俳優のみなさんがものすごく達者でいらっしゃって稽古場で驚いています。

俳優の存在感、演出の機微から浮かび上がる想定外の景色

――俳優さんのお話が出たところで、須貝さんが稽古場でみなさんのお芝居を見て感じたこともお聞かせいただきたいのですが……。
 
須貝: 3つの場所でそれぞれの登場人物が生きていて、同時に舞台上に存在しているのですが、想像以上に俳優の存在感を感じています。このシーンの時は、これだけの人が舞台上にいて、こういう影響があるはず。そういった想定をしながら書いてはきたのですが、いざ稽古が始まった時に「こんなに存在感があるんだ」、「人の気配や生活音ってこんなに影響するんだ」という想定外の発見もありました。違う空間にいるはずの登場人物がある時は物理的に、またある時は精神的に近づく瞬間というのがあり、そういった機微を稲葉さんが大切に溢さず演出してくださっていることも大きいと思います。
 
――物語が演劇へ立ち上がっていく中で感じた発見も多くあったのですね。
 
須貝:みなさんが実際に立ち、動いた時に醸し出される情報量は予想を超えてくるものでした。特に今回ご出演してくださる俳優さんたちは、ただそこに在るのではなく、なぜそこに在るのかということを読解しながら存在してくださる方ばかりなので、より情報が強く、鮮やかになるのだと思います。ト書きや設定部分をもっと詳しく書いた方がいいのかなと思うこともあったのですが、やはり自分自身が俳優でもあるので、「演じる俳優がどんな解釈でやってくれるだろう?」という自由度をどうしても削りたくなくて…。そういった意味ではどこまで状況を書き出すべきかという葛藤はありました。「誰がこの役をやるのか」ということを想定せずに書いてきたので稽古中に「この人がやるならこっちの方がいいかな」と手を加えることもあるだろうと思っていたんですけど、今回はそういった修正部分はほとんどなかった。俳優のみなさんの役に寄せる力が凄まじい。そこに尽きると思っています。
 
――逆に稽古を経て、手を加えた台本の変化はどんなものだったのでしょうか?
 
須貝:稽古前の改訂の際は全体の長さや会話のやりとりのしやすさを鑑みて、大幅に削ったシーンがありました。でも、そのことによって自分の匂いみたいなものが薄れてしまって、結果的には元に戻す形にしたんです。執筆において自分のクリエイティビティを削っていく作業は不可避で、そういったことが自分は得意な方だと思っていたのですが、それ故に自分の色を消してしまう傾向も強いという側面に新たに気付いたりもして…。一度カットしたシーンを元に戻した時、自分の匂いを戻したんだ、という感覚がありました。そういう選択ができたのは初めてのことでした。みなさんが僕の持ち味を客観的に見つめて守ってくださったお陰もあって、自分の良さや個性を捉え直すきっかけにもなりました。自信をつける作業というか、「自分が絶対譲れない部分はどこだろう?」ということにも絶えず向き合えた。ワークショップや稽古はそんな時間だったとも思っています。

――興味深いお話の数々でした。最後に、新国立劇場で温め続けた『私の一ヶ月』という作品の上演に向けて、意気込みをお聞かせください。
 
須貝:新国立劇場が施設として整っていることはもちろんなのですが、中にいる方々の存在もとても大きいと感じます。演劇の未来へ眼差しを向け、専心して奔走していらっしゃる方ばかりで……。そんな環境でじっくりと劇作に取り組めたということに何よりの強みを感じています。小劇場での活動をはじめ、これまでの自分の作品を見てくださった方には、「今、本当にやりたいことをやっているよ」と伝えたい。「演劇を全力でやってください」というソフト面のサポートに支えられて、本当にやりたいことをやるとこうなりましたよ、と(笑)。「やりたいことを満足いくまでやり尽くすことができる」という、演劇に希望を持てる場所がプラットフォームとしてある。そのことは僕自身もワークショップに参加するまで知らなかったので、多くの人に知ってほしいと思っています。間違いないものを作っているという安心感はいち作り手としてものすごく心強い。そんな環境で作られたものを少しでも多くの方に届けられたらと感じています」 

ワークショップと稽古、2年を越えるクリエーション期間を経てますますその個性に磨きがかかった気鋭の劇作家・須貝英さん。そんな須貝さんにインタビューするにあたって、新国立劇場が新たに取り組んだ劇作家ワークショップという試みや、今期シリーズのテーマ「未来につなぐもの」に込めた思いについて、新国立劇場演劇チーフプロデューサーの方にも少しお話を伺いました。そのコメントも併せてご紹介したいと思います。 


【ロイヤルコート劇場×新国立劇場 劇作家ワークショップを開催した理由】

 数年前、『劇作家の劇場』として知られるロンドンのロイヤルコート劇場を小川絵梨子演劇芸術監督と訪問した際、ロイヤルコート劇場のインターナショナルプログラムとして、このワークショップが世界中の国々で開催されて来た事、そしてまだ日本では実施されていない事を知りました。
ワークショップの内容を知る中で是非とも日本の若い劇作家の皆さんにこのワークショップに参加してほしいと考え、帰国後ロイヤルコート劇場に日本での実施の可能性を相談したのがスタートです。

2019年~2021年に日本で行われたワークショップの成果として、14の新しい作品が生まれました。新国では須貝さんの『私の一ヶ月』を上演することになりましたが、もともとこのワークショップは時期が決まった上演のために作品を書くという目的ではありませんでしたので、今後、生まれた全ての作品がさらにブラッシュアップされて、新国立劇場に限らず様々な場所で上演されることを期待しています。
また、2023年1月には、ロンドンのロイヤルコート劇場において、この内三作品がリーディング形式(イギリス人キャスト)で上演されることが決定しています。

【今季のシリーズ「未来につなぐもの」に込めた思い】 

【未来につなぐもの】は、現在社会で活躍する世代が、過去から現在へ、そしてその先へつないでいくものをテーマに、今というこの場所から、これからの未来に何をつないでいくかを考えていくシリーズです。新作三作品を担う現在活躍中の作家と演出家、『須貝英×稲葉賀恵』、『横山拓也×大澤遊』、『山田佳奈×眞鍋卓嗣』の三組が初めて出会い、どんなコラボレーションを見せてくれるのか期待していただきたいと思います。

新国立劇場という場で須貝英さんが2年の時をかけて取り組んだ創作と、その物語の細部に眼差しを向ける演出の稲葉賀恵さん。さらに、個性と実力を兼ね備えた6名の俳優陣。間もなくの開幕となる『私の一ヶ月』、是非新国立劇場 小劇場で見届けていただけたら。素敵なチラシのチェックもお見逃しなく!

取材/成島秀和・丘田ミイ子
文/丘田ミイ子

公演情報

新国立劇場2022/2023シーズン 演劇
シリーズ【未来につなぐもの】
『私の一ヶ月』
2022年11月2日(水)~20日(日)
新国立劇場 小劇場 THE PIT

作 須貝 英
演出 稲葉賀恵
出演 村岡希美、藤野涼子、久保酎吉、つかもと景子、大石将弘、岡田義徳

https://www.nntt.jac.go.jp/play/my-month/

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