めり込まざる者

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書きたくなった時に書く場所 ゲーム・音楽・ピアノ・哲学・小説などに関して記すことが多いと思います。 Amazon のアソシエイトとして、適格販売により収入を得ています。どんどん私のURLから買い物してみましょう。

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最近の記事

わたしは「何を考えているかわからない」ように仕向けている

「おまえが何を考えているかわからない」 「いや、わからんようにしてるのよ」 これがこの記事の結論である。 「何を考えているかわからない」と他人によく言われることから、なぜそんなことを言われねばならんのか、定期的にその分析をしている。今日も無職で時間が有り余っているので追考することにした。本日、無職79日目になる。今日は市県民税の支払い通知書が届いた。やばい。このままだと年内に貯金が尽きる。助けてドラえもん。寝てるだけで100万もらえる機出して~。 まあそんなことはどうで

    • はじめての「ずる休み」でマックに向かって転落した

      高校のころ、たまに遅刻をしていた。 遅刻するかどうかギリギリの電車で高校の最寄り駅に着いたとき、最初はがんばって駅から自転車をこいで学校に向かっていたのだが、だんだん虚しくなってきて、あきらめてゆっくりと青空をながめながら学校に向かうことが増えた。これについては以前記事にしたことがある。 ただこれは遅刻といってもせいぜい1時間以内の遅刻であり、「電車に乗り遅れました」と本当のことを言う、真面目な遅刻だった。 通っていた高校は(偏差値の割に)厳しいことで有名であり、真面目

      • わたしは年中で「もうこどもじゃない」と叫んだ

        「次の問いに答えなさい」 「うるさい命令するな」 テストの問題文の文調に毎回キレながら答案を書いた小学生の私だが、誰かとケンカすることはほとんどなかった。当時わたしが怒ったのは、トモキ君が我が家に遊びに来たあのときぐらいである。 私の母親が出したコーラガムなどのおやつを私が分けようとすると、トモキ君が「かして!ぼくやるよ」と言ってコーラガムを開封して半分に折り、片方は自分の手に、もう片方を床に置いて、「はい」と私に差し出した。しばらく時が止まった。目の前の出来事を理解した

        • もし俺が「何を考えているかわからない」と言ってこられてきてたとしたら、絶対に答えられてたと思うか?

          「何を考えているかわからない」 これは私が昔から他人によく言われてきた言葉である。 どうしてこんなにいろんな人に言われるのだろうかと考え、数年前に記事にしたこともある。 上記の記事の結論としては、 ・ニートなのに職探しをせずにゲームばかりをして焦った様子がない ・仕事に真剣な様子なのに、上昇志向がなく、まったく夢を語らない といった言動のせいで、親や上司から「おまえ、何考えてるかわからん」と言われるのだろうと締めた。 きょうは、全国の「おまえ何考えてんねん」と言わ

        わたしは「何を考えているかわからない」ように仕向けている

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        • 無職放浪記
          4本

        記事

          クラスメイトが、私のことだけ「さん」付けで呼んだ理由

          「谷さん!」 小学校の頃、クラスメイトたちの多くは、そう私を呼んだ。 私の名前が谷川こうた(仮名)だとすると、苗字の最初の2文字をとったあだ名である。あだ名だか敬称だかわかりにくい。ちなみに小学校なので、浪人をして実は1年先輩とかそういうわけではない。 「谷さん」という呼ばれ方について、あだ名だからそんなもんだろう、とずっと思っていたが、大人になって振り返ってみると、やっぱりちょっと変だなと思う。ただ、自分の存在も周りと比較して浮いていたから、「谷さん」という呼び名が自

          クラスメイトが、私のことだけ「さん」付けで呼んだ理由

          はじめて放課後に呼び出された日のこと

          小学校に入学したころのわたしは、多少ひねくれていたかもしれないが、言動には嘘偽りがなく、同時に気遣いもなかった。 1年生のとき、授業中に隣の席の女子とふざけて言い合いになった。相手に「ばか」と言われて、「おまえだってばかだろ」と言い返した程度の出来事だったと記憶している。 その日の帰りの会が終わって教室を出ると、別のクラスの女子に、「あとでちょっと3組にきて」と呼ばれる。 こんな不自然な形で女子に呼ばれる体験は初めてで、(これってまさか……)と一瞬胸を躍らせたものの、そ

          はじめて放課後に呼び出された日のこと

          この世は国が悪いのが9割~給付金が闇に消えた日~

          もう1週間で8月が、夏休みが終わる。 今年は7月から職業:無職をやっているので、急に北海道へフェリーで放浪の旅に出たり、家でゆっくり過ごしたり、柄にもなく料理や家事をがんばったりした。柄にもなく頑張れているのは、やっぱり旅での出逢いで刺激を受けたのが大きい。その旅行については、以下に全四編の記事でまとめている。 夏休みの思い出といえば、4年前、8月末ごろだったと思うが、10万円をもらい損ねたことが記憶にあたらしい。当時まだ生まれていなかった方に向けて説明するが、正式には「

          この世は国が悪いのが9割~給付金が闇に消えた日~

          無職の夏の亡霊が最近買ってよかったものを紹介する

          数カ月前に、退職しました。 時期を同じくして、車検代や修理代が払えないので自家用車(愛車ボルボ)も手放しました。経緯を記事にも書きました。 仕事はなくなり、(田舎で貴重な移動手段だった)車も失い、貯金はもうしばらくで10万を切ってしまいそうなわけですが、そんな私がAmazonでポチったり、暑さにやられながら自転車で店を回って買った物の中から、比較的グレイトなメンバーを紹介しようと思います。先に言っておきますが、以下のURLはAmazonアソシエイトといって、端的にいえば、

          無職の夏の亡霊が最近買ってよかったものを紹介する

          ダメダメな中間管理職だったので口座番号を伝えます

          2か月前、仕事をやめた。 直近数年は中間管理職であった。一応。 そんなわたしと部下たちとのやり取りをいくつか挙げよう。 福祉業界ということもあり、自分の部署は年上の女性社員が多かった。 年下の部下もいたが、ほとんどは年上の部下だった。それも、自分の親とそう変わらない世代だ。名目上、わたしが彼ら彼女らの上司になる。 中間管理職になったころ、上司からは「ちゃんと指示を出せ。できないじゃなくてやらせるんだ、仕事だから」と言われる。 が、ビシビシ指示を出すなんてことはでき

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          #4 無職放浪記 のんびりと、少し焦って【完結】

          【前の記事】 【放浪7日目】6時ごろ目を覚ます。かなり船が揺れている。どうやら船が動いている間に天候が悪くなり、波が強くなった影響らしい。 行きのフェリーで食後に胃から何かが旅立ちそうになって以来、酔い止めはずっと服用している。だから、揺れは激しいが酔うはずがない。 ノートと本とスマホを持ってロビーの休憩スペースへ向かう。本を読み、スマホに入れておいた映画を観る。ちょっと気分が悪くなってきた。でも、酔うはずがない。きっと酔うはずはない。酔い止め最強!酔い止め最強! 胃

          #4 無職放浪記 のんびりと、少し焦って【完結】

          #3 無職放浪記 大物になります

          【前の記事】 【放浪6日目】6時起床。とても心地よく朝を迎えた。前日は野宿、その前はネットカフェ(せき・いびき爆音地)で夜を明かしていたので、布団のありがたみが身に染みた。今日の旅程を練り、確認する。 楽しみにしていた朝食の時間になった。1階の食堂近くに行き女将さんたちに声を掛けると、「もうちょっとまってね、ごめんなさいね」とのことでしばし待つ。「準備できましたよ」の声で2階の部屋からスタスタと降りて1階食堂に向かう。ごはんできたよ、の声に呼ばれていくのは実家に居たころ以

          #3 無職放浪記 大物になります

          #2 無職放浪記 知らない街、知らない時代

          【前の記事】 【放浪5日目 午後】念願のカレーをおいしくいただいた私は、船に乗り、焼尻島の隣にある天売島に向かう。 焼尻島から天売島に向かうフェリーを待っている時、昨日の警察官と会った。どうやら島に駐在する方は船の出航タイミングで港に居るらしい。 「あっ、こんにちは。カヌーの方たち見つかりました?」 「いや~それがみつからんのですよ。ちがうとこ行っちゃいましたかねえ。いろいろとありがとうございました」 「そうなんですね~。がんばってください」 会話を交わす。自分も少し

          #2 無職放浪記 知らない街、知らない時代

          #1 無職放浪記 猫の案内でカレーを探求する

          【放浪0日目】無職だ。休みだ。どこに行こう。 あ、明日の北海道行きのフェリーまだチケット取れるぞ、取ってしまえ! 【放浪1日目】7月1日19時、フェリーが出航した。 名古屋発、仙台経由の苫小牧行きである。 船が動き出すころ、私はレストランにいた。 はじめての寝台フェリーに心弾み、離れていく港を眺めながら、バイキングでこれでもかというほど食べ続けていた。 周囲の客を見渡すと、食事をそこそこに談笑していたり、パッと食べて去ったり、手を止めて窓から見える海を眺めて酒を飲んだり

          #1 無職放浪記 猫の案内でカレーを探求する

          夏が終わる前に宇多田ヒカル『真夏の通り雨』の歌詞の美しさについて早口で語るので、とにかく1回だけ落ち着いて話を聞いてほしい

          8年前、報道番組で歌う宇多田ヒカルの姿を観た。 TVを通して見る久しぶりの彼女の歌に、小さな興奮と、得も言われぬ感情を抱く自分に気づいた。 あれから8年経って、あの音楽の素晴らしさや美しさを、少しは語れるようになったと思う。 今回は私が愛してやまない曲、宇多田ヒカルの『真夏の通り雨』について、歌詞考察をしながら溢れる思いを語りたい。 夏が来る前に。いやせめて、夏が終わる前に。 まずはこのMVを見てほしい。 胸に残るこの切なさ。 夢のような、しかし楽曲を鮮明に描い

          夏が終わる前に宇多田ヒカル『真夏の通り雨』の歌詞の美しさについて早口で語るので、とにかく1回だけ落ち着いて話を聞いてほしい

          むかし憧れた外車に8年乗り、別れを告げた

          先日、8年乗ったボルボを廃車にした。 もともと維持費やガソリン代(ハイオク)もかかるし、今回の車検で最後にする気だった。家族や同僚らには「ガソリン代もかかるし、はやく軽にしろ」と言われ続けていた。7~8km/ℓである。 車検に出し、当初は部品交換代含め15万程度で済む予定だったところ、他にもいろいろ問題があり、車検を通すだけで30万かかると電話で言われた。ちなみに根本的にあちこち直すと60万。バカ言うんじゃないよ、あんた。 電話のあと、51万円の修理代の見積書が送られて

          むかし憧れた外車に8年乗り、別れを告げた

          ひねくれダメ人間が、地獄の訓練に行って、さらにひねくれて帰ってきた日のこと

          「狂ってるね」 突然だが、私にとっての最大の褒め言葉はこれである。 「かっこいい」が20ウレシイだとすれば、「頭良い」が30ウレシイ、「変わってるね」が200ウレシイ。「狂ってる」が255ウレシイでトップである。 先日友人が、「俺は『変わってるね』なんて言われたくない。『普通だね』が良い」と話していて驚いた。まるっきり自分と正反対ではないか。それでも我々は同じ人間なのだろうか?考え方や価値観は人それぞれである。 自分は簡単に言えばひねくれもの。「人と同じこと」がイヤで、

          ひねくれダメ人間が、地獄の訓練に行って、さらにひねくれて帰ってきた日のこと