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#4 無職放浪記 のんびりと、少し焦って【完結】

ここまでのあらすじ

無職になった直後、寝袋と非常食をリュックに詰め、7月1日、フェリーで名古屋から北海道に向かう無計画な無職放浪が始まる。

行き当たりばったりで苫小牧、札幌、羽幌、焼尻島、天売島、小樽を経て、フェリーで舞鶴に向かう。

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【放浪7日目】

6時ごろ目を覚ます。かなり船が揺れている。どうやら船が動いている間に天候が悪くなり、波が強くなった影響らしい。

雨の朝

行きのフェリーで食後に胃から何かが旅立ちそうになって以来、酔い止めはずっと服用している。だから、揺れは激しいが酔うはずがない。

ノートと本とスマホを持ってロビーの休憩スペースへ向かう。本を読み、スマホに入れておいた映画を観る。ちょっと気分が悪くなってきた。でも、酔うはずがない。きっと酔うはずはない。酔い止め最強!酔い止め最強!

胃のあたりの”違和感”は多少あれどお腹が空いてきたので、ブランチとする。ブランチという優雅な言葉とは若干イメージが異なるかもしれないが、自販機で日清のぶっこみ飯を買った。ジャンキーブランチを口にかきこむ。

ジャンキーブランチ

お腹を満たしたのは午前11時ごろだった。満腹感と睡眠欲と違和感、それから無職で放浪している自由な心地とか、将来への期待と不安、何でもできるという根拠なき自信など、感情と感覚が入り乱れていた。

でも、一番強いのは違和感であった。もう、私は酔いを認めざるを得なかった。酔い止め最強!と叫んでいたころが懐かしい。過去の栄光にすがるのはもうおしまいだ。未来に期待したり、憂慮する間もない。重要なのはこの酔いに打ち勝つことである。

寝台にて横になる。この気分の悪さの中、手には圏外のスマホのみ。私ができるのは、スマホに唯一入っている楽曲、宇多田ヒカルの『真夏の通り雨』を聴きながら眠ることだけだ。

とても思い入れのある曲ではあったが、まさか1曲リピートで何時間も聴く日が来るとは。何度も聴いていると音や歌詞の細かいところがみえてくる。そういうことか、と深く理解したときには、思わず涙がこぼれた。寝台でひとり、船に酔いながら宇多田ヒカルに泣かされていた。周囲は酒に酔いながら笑っているのに。

寝て起きて、宇多田ヒカル、寝て起きて、宇多田ヒカルを繰り返して夕方ごろに起き上がる。だいぶ調子は良くなってきた。これも宇多田ヒカルによる涙活効果といえよう。私はノートとペンと財布を持って、夕飯のためレストランに向かった。

ザンギ定食である。酔いも治り、心から味わう。食事って素晴らしい。もうダイエットとか、将来とかどうでもいい。いま、ご飯がおいしいこと、それだけでいい。

食後はロビーで、一日中聴いた宇多田ヒカル『真夏の通り雨』の歌詞考察についてのメモを残しておく。考察を書きながら、ここでも泣きそうになる。でも周囲に人が居るので我慢である。

それから、これからの予定を立てる。21時ごろ舞鶴港に到着したら、どうにかして一夜を明かし、明日は京都駅ピアノに行くことだけを決めておく。

そうこうして、舞鶴港に到着した。下船口がとても混んでいたので、時間ギリギリまで寝台に座っていたら、見回りに来た船員に「!? 着きますよ ロビー下船口でおまちください」と言われる。なんかめちゃくちゃ驚かせてしまった。

舞鶴港

船を降りて、電波が通るようになったスマホで近場のビジネスホテルに連絡。宿を確保して安堵し、暗い道を抜けて駅近くのホテルを目指す。

ローソンで買った『Lナポリタン』や、『たっぷりおいしいなめらかプリンBig』などのダイエット用の夜食を食べてからベッドで眠る。

【放浪8日目】

8時ごろ起床。ホテルから舞鶴駅バス停まで徒歩数分なのでのんびりできる。天気をチェックすると、今日の最高気温33℃。つい2、3日前に北海道の離島に居たころは最高気温が23℃とかだったのに。人間が敵わぬものとしての自然を身近に感じる。

舞鶴~京都間のバスは大半は寝て起きてを繰り返していた。昨日の酔い、急な温度の変化などで、これまでの旅の疲れがどっと出ている。

のどかな眺め

昼前、バスが京都駅に着いた。迷いながら、ストリートピアノを探して10分ほど弾く。昨日聴きこんだ宇多田ヒカルの『真夏の通り雨』も弾いてひとつの終わりを迎えた気がした。今回の旅はこのあたりで終えようかという気持ちになる。

京都駅ストリートピアノ

とりあえず、定食屋でお腹を満たす。今回の旅で、いちばんの発見は味噌汁の美味しさと安心感かもしれない。もう少し、いろんな料理をやってみよう。

さて、疲れもあり、このまま京都駅から帰ろうとも思ったが、数少ない友人の土産を買っていくために、最後に1件だけ和菓子屋に寄ることにする。いろいろ調べた結果、『七條甘春堂』に行くことにした。電車と徒歩を駆使して向かう。34℃の陽射しが襲う。

ICE BOXで体を冷やしながら、なんとかたどり着いた。長い歴史を思わせる見た目の店内に入ると、一面に和菓子が並ぶ。私に対して不相応とも思われるほどの丁寧な接客を受け申し訳なくなりながら、羊羹や琥珀糖を買う。

さて『土産を買う』という最後の目的を果たして、あとは名古屋まで帰るだけである。そう思うと少し気が抜けて、頭が重くなってくる。

暑さや疲れ、それから旅を通しての、いろんな出来事や刺激で心も身体も疲弊しているようだ。一度休憩して、発見や気持ちをアウトプットしたい。

帰りは在来線でゆっくりと帰る。というかお金が無いから新幹線に乗れないだけだが。京都を出たのが16時、自宅到着が20時で、運悪く帰宅ラッシュの時間に重なり、かなりバテていたがほぼ立ちっぱなしであった。


10日~15日ほど予定していた無職放浪旅は、8日でいったん幕を閉じた。家に帰ってからは、1週間ほどは体調がすぐれずに家でのんびりと過ごした。日頃全く運動をしないインドア派な人間が急に放浪を始めたらこうなるのも当然だろう。今後はいつでも、どこにでも行けるように運動習慣をつけようと思う。

これを書いている8月半ば現在、あの旅から、もう1カ月以上経過した。
無職なのには変わりはないが、新しい生き方や方向性をしっかりと考えてみつめなおしたい。やりたいことや知りたいことはたくさんある。

あせらず、と口にしたいところだが、貯金もまもなく底をついてしまうので、適度にあせりながら、暮らしていこうと思う。ふと現れては、急に茂みに消え、また再会したあの猫のように、のんびりと自由に、少しだけあせって。

暮らせなくてはしょうがないから、今日も仕事探しをする。それから、大物ライターになるための準備も進めなければならないので、文章も書き続ける。旅から帰って、宇多田ヒカルの『真夏の通り雨』考察記事も書いた。

それから、家の掃除をした。ずっと物だらけリビングに床が見えた。まっすぐ歩ける道ができたのだ。冷蔵庫も定期的に片付けるようにしている。

それから、ご飯を作っている。この前はカレーを作った。あとキュウリの漬物、ミネストローネ、カレーピラフ、味噌汁、唐揚げ、夏野菜のアヒージョ、冷やし中華、牛丼、餃子を作った。

それから、それから、また旅に出たい。もっといろんなことを知りたい、見たい。それから家に帰って、文章にして、音楽をして、そうして、人生を終えたい。

【おしまい】

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