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飛んでくるボールに目を閉じるのは現実逃避なのか

人間には様々な反射がある。
熱いものに触れると、即座に手を引っ込める。
立っている時に後ろから押されると、倒れないように足が前に出る。
暗闇になると瞳孔が開き、辺りをよく見えるようになる。
などといった、人間は無意識の範疇で行われる運動がある。

いや、今日は反射の話をしたいわけではない。

ここ最近、サウナに行っても「整った」という感覚が無くなってきた。これは、おそらく今服用している薬が影響しているのだろう。つまりドーパミンやセロトニン、ノルアドレナリンの分泌がコントロールされている。このコントロールされた肉体は何に向かっているのか。
無論、死に向かっている。ただそれは、自分が病気だからとかではなく、人間誰しもがそうである。ただ、その死に向かっている過程が自由なのかコントロールされているかの違いだ。ただ、ドーパミンやセロトニン、ノルアドレナリンはコントロールされるべきではない。その分泌を楽しむのが人間の生きがいとも言えるだろう。
あぁ、沈みゆく船の上で敬礼している感じである。

これら2つの事(反射と感情コントロール)を合わせて考えてみると、人間は自分にとって不都合になるものに文字通りの目を閉じているのである。

命題の通り、ボールが当たる瞬間、おそらく目を閉じている。これはボールが目に向かってきていれば当然であるが、足にボールが急にきた場合もそうではないだろうか。

臭い物に蓋をするのと同じであろう。

では目を閉じた時、人間の意識はどこにあるのか。
きっとそれは宇宙である。
大げさに聞こえるかもしれないが、きっと人間の意識は宇宙に繋がっている。何のためにかはわからない。
意識は宇宙にある。きっと

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