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オマキザルの授かり効果

Endowment effect in capuchin monkeys
授かり効果を含む様々な行動バイアスは経済学者によって、合理的意思決定理論に反することと考えられている。合理的意思決定者は自分が所有するモノを同価値で交換することをためらわないはずである。しかし、現実世界においては、所有していることが意思決定者の選好に大きな影響を与えている。さらに、授かり効果の理論は、十分な実験を経ることなく体系化されてきた。ハルバーグは、子供においても所有するモノの価値を高く評価し、所有していないモノの価値を低く評価する傾向を調査した。6歳児、8歳児、10歳児を対象としておもちゃと別のおもちゃを交換してもらったが、大人と同じ傾向を確認することができた。

我々は授かり効果を含む行動バイアスが、人間の認知機能のかなり基礎的な部分に起因すると考えた。子供の実験を通じて、文化的な学びや市場取引経験の影響はほとんどないことを確認できたからである。これらの認知機能は、系統発生学的に研究者が現在考えているよりも前に発生した可能性がある。ということで、3000万年前の祖先をヒトと同じくする霊長類であるオマキザルで実験を行う。

2. 材料
a. 被験動物
5体のオマキザル(2体はオス=NNくん、FLくん、3体はメス=HGちゃん、MDちゃん、JMちゃん)
b. 装置
・2.5センチのトークン
・食品(フルーツ片、シリアル片、マシュマロ)
を取引してもらう。

3. 方法
<事前準備>
サルに12個のトークンを渡す。サルに向き合って一人の実験者はフルーツ片を、もう一方の実験者はシリアル片を持っている。サルは1つのトークンをどちらか一方の実験者に見せて、食品をもらう。これを12回繰り返して、セッションは終了。ここでサルがフルーツかシリアル、どちらかに偏った選好を示した場合、種類を変えながら、フルーツとシリアルに対して選好が同等になるまでセッションを繰り返した。

<実験1:基本的な授かり効果検証>
①サルにはトークンではなく食品を最初に渡す
②実験者は1名だけ
今回はトークンではなく、フルーツかシリアルを最初に渡す。その食品をもらったサルは、その場で食べるか交換するかの選択をする。交換する場合、シリアルはフルーツと、フルーツはシリアルと交換することができる。これを12回繰り返した。

<実験2:交換可能性検証>
実験2では、サルが食品を交換することができることを理解しているかの検証を行った。実験1では等価であるフルーツとシリアルの交換を行ったが、今回はより価値の高いマシュマロを用いた。サルは、最初にシリアルかフルーツを持っているが、目の前にあるより価値の高いマシュマロと交換するかどうかを実験した。

<実験3:取引コスト検証>
今回は、与えられた食品をその場で食べるか、取引をした際に少しのご褒美をもらうという選択をしてもらった。オートミールを追加して交換してあげた。

<実験4:取引時間検証>
サルが示す授かり効果が一時的な値引き効果によるものではないかどうかを実験した。つまり、授かり効果を示しているのではなく、取引して別の食品を受け取るより、今手元にある食品を食べてしまうほうが手っ取り早いと考えている可能性である。これを検証するために、食べるために時間のかかる殻付きアーモンドを準備。殻付きアーモンド12個を渡して、価値は等しく食べるための時間がかからない殻無しアーモンドと交換するかどうか検証した。この実験により、サルが殻を割るという時間コストをかけてでも自分が保有するアーモンドを食べるか、すぐ食べることのできるアーモンドと交換するか観察できる。

4. 結果
<実験1>
所有しているかどうかがサルの選好に影響を与えないのであれば、無差別であるフルーツとシリアルを12回のセッションの中で同じ割合で消費したはずである。しかし、結果としては、フルーツを与えられたサルはフルーツを圧倒的に多く、シリアルを与えられたサルはシリアルを圧倒的に多く消費した。フルーツを与えられたサルは、予算(5体×12回=60)のうち1.7%しかシリアルに使わなかった。シリアルを与えられたサルは予算のうち15%しかフルーツに使わなかった。

<実験2>
この実験は、サルが取引の材料として食品を使うかどうか確かめる実験だった。我々はサルが問題なく、食品を交換することを確認できた。マシュマロが提示され、サルは元々与えられた食品よりもはるかに多くのマシュマロを交換により獲得し消費した。フルーツを与えられたサルは予算の93.3%を、シリアルを与えられたサルは予算の81.67%をマシュマロと交換した。

<実験3>
サルは交換するコストを気にして、交換しないのではないかという検証。オートミール1単位で、サルは交換に応じることが確認できた。実験1・2と同様に交換を開始し、今回は交換したらオートミール1単位がおまけでついてくる。結果、オートミール1単位が付いてくるにもかかわらず、実験1と同様、与えられた食品を消費するサルが圧倒的に多かった。フルーツを与えられたサルは、予算の5%しかシリアルと交換せず、シリアルを与えられたサルは予算の21.7%しかフルーツと交換しなかった。

<実験4>
実験1および実験3の結果と同様に、サルが交換したのは予算の半分以下だった。予算60のうち、23.33%の殻付きアーモンドしか、殻無しアーモンドと交換されなかった。

5. 議論
ヒトと同様、サルも自分が保有しているものを交換したがらないという特徴を確認できた。フルーツを得たサルはシリアルと交換したがらないし、シリアルを得たサルはフルーツと交換したがらない。
つまり等価の食品であるにも関わらず、売りたい気持ちが買いたい気持ちを大きく下回っている。

チンパンジーを用いた先行研究では、取引をする能力の欠如が授かり効果の原因ではないとした。我々の実験2でも同じことを証明できた。しかし、その先行研究と異なるのは、取引コスト・取引時間も原因ではないということである。

現在、損失回避・授かり効果を含む人間の行動バイアスに対する神経科学のアプローチが進んでいる。しかし、ほとんどはヒトの神経画像解析を通じて行われている。これらの研究は、動物の実験と組み合わせて行うことで、さらなる価値が期待できる。現在まで、霊長類の行動モデルで行動バイアスが観察できるか明確ではなかったことが原因で、神経心理学的研究が行われてこなかった。我々の研究により、。サルの授かり効果モデルが開発され、神経科学の観点で「所有」する効果を研究することができる。

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