【夜宵★日記129】D先生を思う
2024/1/17
とある場所で、D先生に偶然行きあった。
「先生、お久し振りです。」
と声をかけると、にこやかに、
「いやぁ、こんなになっちゃって。」
とお答えになったが、その穏やかな口調は、以前と変わりなかった。
そればかりか、相当昔の一学生に過ぎない私を記憶しているはずもないのに、
「どちらで会いましたか。」
と怪訝な顔をするでもなく、ましてわかっているふりでもなく、まるで知り合いかのように自然に応じてくださるあたり、
(あぁ、やっぱりあのD先生だな。)
と腑に落ちた。
まるで皇室の方々のような、万民に対する博愛というか、鷹揚なところが彼には当時からあった。
それはコミュニケーションの技巧などでは決してなく、一言で言うならば、「品」というものであった。
実際彼は名家の出身であったが、そう聞かずとも相対しただけでそうであろうと感じさせる空気が漂っていた。
D先生の講義は美術史が主で、題材が興味深く、いくつか受講したのだが、その包容力のある雰囲気やゆったりとした話しぶりによって、よく眠りに引きずり込まれたものだった。
よりによって午後一の授業が多かったものだから、睡眠導入は加速した。
その睡魔の凄まじさに、私はD先生の講義を「地獄の子守歌」とひそかに呼んでいたくらいだ(←先生は天使のような方だったが)。
先生の講義を、だから私は失礼ながらあまり覚えていない。
唯一記憶にあるのは、
「はるかー彼方をー見晴るかす・・・」
と言いながら、こころもち顔を上げ、ここにはない何かに目をやる先生の姿である。
一体何について話されていたのか。
この世の「美」に思いを致しておられたのは確かだと思う。
あれから何年だろう。
数えてみたらば、なんと25年以上経っていた。
逆算すると先生は当時50手前だったわけで、今の私と同じくらいの歳。
そう考えると、なんだか信じられない思いになるのだった。
それにしても、D先生に今一度お逢いするとは夢にも思わなかった。
人の縁って予想がつかなくって、なんておもしろい。
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