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5月の窓11月の椅子◇2◇

<2>大根の花/恵都

一眠りするはずが結構ぐっすり眠ってしまった。起床予定の10時はとっくに過ぎて、アヲの姿は寝室にはない。
「行ってくるね」と言った理玖の声の甘いとこだけ耳に残っている。
金曜日。多分、2人とも仕事だ。

恵都(けいと)はベッドから起き上がり、カーテンを開けた。真昼の光が寝具を洗いたてのように清潔に見せる。
せっかく昼間に家にいるのだ。いつも2人に任せきりの家事を何かしようと、まず布団を日に干すことを思いついた。
ベランダに出てみたが柵が埃っぽいというか砂っぽい。触ったら指先に妙に乾いた感覚が残った。

ー今年は黄砂がひどいんだっけ。
そういえば理玖が花粉症だったと思い出し、布団干しはやめて洗濯をすることにした。

洗面所に行くと、浴室に下着とタオルが干されていた。アヲが自分のと一緒に洗ってくれたようだ。
リビングに行けばテーブルにメモがある。理玖の字だ。
「冷蔵庫にベーグルがあります。サラダも。タッパーの食材は使わないで下さい。今夜はお楽しみに……」
読み上げながら冷蔵庫を開け、半分に切ったベーグルをトースターで焼く間、立ったままサラダを食べた。エンドウ豆が入っていた。

ー今夜、何かあったっけ?夕方から打ち合わせだから4時には出社しないといけない。
カレンダーを確認して、思わず笑みがこぼれた。

ほんとうは有給を取るつもりだったのに。忙しすぎていけない、大事なことを忘れていた。

ベーグルにクリームチーズをたっぷり塗って、皿は使わずテーブルに置く。腰掛けて外を眺めると、窓から白い花が見えた。

大根の花。

恵都は今まで知らなかった。
野菜に花が咲くこと。
目の当たりにするまで、知ってるつもりのことを本当には分かってなかったりする。
アヲが育てている野菜たち。不恰好で虫喰いのあとだってある。大根は作り過ぎて、収穫できなかった分がこうして春に花を咲かせる。

一株でブーケみたいに気前よく花をつけている。風にそよげばそのまま、舞って空に溶けてしまいそうな花たち。日差しが降り注ぎ、紋黄蝶が周りをちらちらと移動している。
ゴージャスな花束もかなわない、畑の隅に咲いた大根。春の日の調和。

アヲと理玖の営みの中に自分も含まれているのだと、恵都はふと思った。
日勤のアヲと土日が休めない理玖、残業ばかりの恵都はほとんど生活リズムがかみ合わない。
服はクリーニングに出せばいいし、下着は週末洗って乾燥機にかける、食事は外で済ませるし、部屋が汚れてたって死ぬわけじゃない。
でも彼らは、恵都からすればとても几帳面に生きている。同じ事の繰り返しを愛しんで、掃除したり食事を作ったり、野菜を育てたり買い物に行ったりする。

同じ場所で生活するということが、恵都の知らない2人を見せてくれる。今いないのに2人のことを”発見“したような気分になった。

そして自分たちが他人であることを改めて思った。
違う場所で生まれて違う場所で育って、今ここに3人の家がある。
持ち寄った当たり前は、それぞれ違うから毎日、毎日重ねていこう。

恵都は大根の花を写真に撮してLINEを送った。
昨夜(今朝の?)アヲの笑顔を思い出して、アヲと理玖に。

今夜は早く帰ります、と添えて。


続く








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