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◆短歌◆小説◆ロリィタ幽霊



BABY, THE STARS SHINE BRIGHTと呟きピンクの煙になるの

『それいぬ』はお守りだから持っていく黄泉比良坂歩きにくいな

もし来世何になれるか選べたらエミキュのOPの柄になりたい

幽霊になった貴方は淡色で前よりずっとモワティエ似合う

藍白のトーションレースに絡まって呼吸は止まる願いが叶う

仄暗いメゾンに佇むあのひとを押し花にした栞をはさむ

今生は花になるための練習と人形になる準備の時間



此処を出たらパニエで思いっきり膨らませたJSKを着て、足元はもちろんロッキンホース・バレリーナで、白いレースの日傘をさして薔薇園を歩く。曜日も構わずフリルとレースに包まれて、花のように生きる。それが僕の予定だった。夢でも目標でもない。予定。



『KERA』や『ゴシック&ロリータバイブル』を毎日眺めていた。鞄にはいつも『それいぬ』か『耽美生活百科』か『贅沢貧乏』が入っていた。
学ランはいつだって息が詰まりそうだったし、常に汗の匂いがする同級生たちは、僕のことを「そういうひと」だと認識はしていても理解などしなかった。近付かれなくても、遠くから観察されているのはわかる。
初夏、Aというやたらと体の大きい男が隣の席になった。
「Sくんさあ、いつも本よんでてえらいよね」 
大きい声。汗の匂い。最初は馬鹿にされているのかと思ったが、素直に感心しているらしかった。僕という異星人と文化交流したいらしい。
「別に偉くなんかないでしょう。好きで読んでいるだけなのだから」
親切心で交流してやる。Aは曇りなき善性によってきらきらと内面から輝いているような男だった。
光が強ければ強いほど、僕の明度が下がるような気がしたが、不思議と居心地は悪くなかった。

「Sくん残ってるの」
ユニフォーム姿のAが、ひとり教室に残って読書している僕に近付き、机の上に目を落とした。
「綺麗なハンカチだな。こんなの初めて見た。うちの母さんも姉ちゃんもこんなに綺麗なの持ってないと思う」
Aは僕のハンカチを珍しそうに掲げる。放課後の教室の窓から西日が差し込む。ハンカチの縁の繊細なレースが、Aの血色の良い、汗の粒が浮く顔に光の模様を描く。百合模様のレース。好きなものを知られるのは苦痛であることが多かったが、Aには知られても不快ではなかった。
Aの横顔に、百合が揺れている。

Aに恋人が出来たという噂が耳に入ってきたのは夏休み明けで。白いシャツからのぞくAの二の腕や肘は、日焼けの跡でぼろぼろにめくれていた。体もまた少し大きくなっているような気がする。机の下で携帯を見る回数が増えた。汗の匂いにシトラスの制汗剤の香りが混じる。
Aは恋人とどんな会話をして、どんなデートをするのだろう。
「剥がしたい?」
Aが僕の机に身を乗り出して、にかっと歯を見せて腕を差し出す。焼けた褐色の表皮の下から、新しい白っぽい皮膚がのぞいている。頬が熱くなるのを感じる。なんで君は、僕の欲望をすぐに見抜いてしまうんだ。裸にされたような気分だった。今すぐBABYのOPとボンネットで体も魂も包んでしまいたかった。
「そんなの触りたくない」
と、『尾崎翠集成』に目を落とす。
本当は。
本当は、君の皮膚を剥がしてみたかったし、何処まで焼けたのか、シャツで隠れている背中や胸は何色なのか、教えて欲しかった。服を剥いできつく抱きしめたら、まだ体に残る夏の太陽の熱を、感じることが出来たのだろうか。
僕の欲望はまったくエレガントじゃない。だから隠したかったんだよ。ずっと。
たぶんAはそれに気付いていたのだと思う。
過剰な装飾で隠蔽しようとしている、誰よりも野蛮な僕の内側。



春になった。
卒業式。仲間にもみくちゃにされていたAが、人垣を割って桜の陰にいる僕の元に来た。
Aはスポーツ推薦で他県の大学に行く。僕は家から通える小さな公立大に行く。薔薇園とフリルの予定はまだ先になりそうだ。
「Sくんとはもっと話したかったんだけどね」
Aはへらへらと笑う。共通の話題なんて少しもないのに。
桜の花びらが、Aの唇に落ちる。照れくさそうに唇をこする。
「これ、あげる」
自分でもなんでそんなことをしたのかわからない。お気に入りの、イニシャル入りの百合模様のレースのハンカチを彼に差し出していた。
Aは驚いたような顔をしてから、大きな声で「ありがとう」と言った。
「ごめん、俺いま渡せるものないからさ、明日の朝あっちに行っちゃうし……」
「いいよ。偶然逢えた時にお茶でも奢って」
「わかった。これ、大事にするね」

あれから何年経っただろう。僕の予定は緩やかに軌道修正されていった。
いまは色とりどりの薔薇園とは程遠い、灰色の仕事をしている。
Aが世界大会に出たとか言う話を耳にしたが、スポーツには興味がないし、遠い国の話みたいな気がした。まだ偶然逢ってもいないし、お茶も奢ってもらえていない。
Aはまだあのハンカチを持っているだろうか。僕のことを思い出すことはあるだろうか。ハンカチを見せたあの日、僕がAの首を掴んで口付けしたことを、覚えているだろうか。
僕はなれただろうか。君の中のロリィタ幽霊に。

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