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ダ・ヴィンチ子宮全摘出手術3 入院日・総回診と最後の晩餐

ダ・ヴィンチという手術支援ロボットを使って、子宮全摘出手術を受ける。
34歳の5月半ばのこと。

総回診の時間です

15時くらいだろうか。
病室に時計がないので、自分で携帯電話などを開かないと時間がよくわからない。
腕時計も極力したくないし、金目のものを見えるところに出しておきたくない。
退屈で時間の流れがとても遅く感じるが、初めてのことや色んなイベントが立て続けに起きて、意外と慌ただしい。
ベッドの枕元にあるナースコールから、チャイムとともに放送が流れた。
こうした個別放送にも使えるのだ。
「ただいまから、婦人科病棟の総回診が始まります。患者様はベッドでお待ちください」
そ、総回診!?あの『白い巨塔』の総回診…!
わくわくドキドキしていると、医師団が5人くらいだろうか、ぞろぞろと部屋に入ってきた。
そういえば入院時、病棟クラークさんが、毎週木曜日の午後は総回診と言っていた気がする。
「はい、練りもの副大臣さんね」
第一部長の年配の男性医師が先頭だった。
「お世話になります」
「明日手術の予定ですね〜」
あれ?主治医は?
「練りものさーん」
ベッドを囲うように引いてあるカーテンの影から、聞き覚えのある声とともに主治医がひょっと顔を出した。
カーテンをつまんで、明子ねえちゃんのようにのぞいてくる。
え、なに、めっちゃ可愛いんですけど。
めちゃくちゃな笑顔。
この先生はどこまで明るいんだろう。
「明日の手術、よろしくお願いしまーす。今夜はゆっくり休んで体力つけておいてくださいねー」
「はっ、はい、よろしくお願いします」
主治医のチャーミングさにすっかり気圧されてしまい、うまく言葉を発せなかった。
先生方はまたぞろぞろと去っていく。
その列の最後に、さっきの病棟師長さんがいた。
「あら練りものさん、一人部屋じゃなーい」
「そうなんです、ちょっと寂しいですねー」
もしかして師長は患者一人一人を把握しているのだろうか?
一人で不安なところ、こうして話しかけてもらえるのは嬉しいし、気が晴れる。
看護師さんは偉大なり。

数時間おきに、検温と血圧測定のために看護師さんがまわってくる。
部屋が暑いからか、緊張からか、体温も血圧もいつもより高めに出た。
だるくないのに熱が出るのもなんだか不思議な感覚だ。
病室からの眺めは大変よく、町が一望できる。
向かいの山に、二郎と初めて行ったラブホテルが見えた。
この子宮問題の“終わり”の場所から、“はじまり“の場所を見つめる。
憎いような寂しいような晴れやかなような、様々な思いが渦巻く。
あのホテルに、今後誰かと行くことがあるんだろうか。
子宮を取っても、苦しまずにセックスできるのだろうか。
その点はちょっとだけ不安になる。

午前中の漫画はとうに読み終わり、次は小説に手を出す。

芥川賞作品特有のぬるっとしたテクスチュアが、曇天の静かな病棟の雰囲気に妙に合う。
あっという間に読み終えてしまい、次の本に移る。

電子書籍はこういうときに便利だ。
何冊も持ち歩かなくて良いし、すぐに読む本を換えられる。
松田青子のこの本を読み終える頃には、ちふれの基礎化粧品が欲しくなる。

本を読んでいると、管理栄養士さんが病室にやってきた。
優しそうなひょろひょろとしたおにいさん。
「練りものさーん、どうですか、お昼のお食事、食べられましたか?」
「はい、美味しく完食しました」
「あ〜それはよかったです。アレルギーも特になかったでしたよね?」
「ええ、ないです」
「じゃあこれからも、体調見ながら食べてみてくださいね」
スプーンで何かを口に運ぶようなジェスチャーを見せる。
可愛いにいちゃんだな。

またしばらくすると、病棟薬剤師さんがやってきた。
大柄だが声が高いおにいさんだ。
「練りものさんの今回の手術の後に使うお薬の説明です」
そう言って、写真入りの説明書を渡される。
「手術の後、電解質やミネラルのバランスが崩れないように、このような輸液を点滴から入れます。また、アレルギーは特にないということで、抗菌薬というお薬も使います」
わかりやすい説明書だった。
「何かわからないことがあれば、看護師さんをとおして訊いてください」
栄養士さんほどの可愛さはなかったが、真摯に仕事している感じがあった。

最後の晩餐

いつの間にか日が暮れ始め、夕食の配膳が始まる。
ウーンウーンと車輪が唸りをあげて静かに廊下を進む。
Panasonic製のデリカートという機器らしい。

専用トレーに載せて食品を入れると、保冷と保温の両方を同時にできるという優れもの。
このおかげで温かいものは温かく、冷たいものはつめたくいただくことができる。
食事で上下するQOL、マジそれ。
家に欲しいかと問われれば、それはまた別の問題。

最後の晩餐はこちら。

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ごはん、味噌汁、煮〆、ほっけのごま醤油漬け焼き、白菜の浅漬け、ほうじ茶。
極めてあっさり味。
献立表を見ると、一食ぜんぶで塩分2.5gだそうだ。
コンビニのお弁当一つでその何倍もの食塩が入っているのを思えば、驚異的な減塩である。
ふりかけに頼ることなく、完食できた。
これで丸一日はもう食事が摂れなくなる。
ありがたく噛み締めた。

食後、検温と血圧測定のためにきた看護師さんに、あるものを渡された。
下剤です。飲んで8時間後くらいに効くものなので、今晩寝る前に飲めば朝に出ると思います」
おそるおそる受け取る。
「便通は良いほうなので、出そうな気がします」
「朝までに出なかったら浣腸しますね」
あれは結構苦しいのでできれば避けたい。
「下剤、普段から飲みますか?」
「ほとんどないですね。数年に一度、バリウム検査の後に飲むくらいで」
「そうですか。あと、お預かりしたジエノゲスト、先生に訊いたらもう飲まないでいいそうなので飲み薬なしです」
「あ、よかったー」
下剤は就寝前に飲むことにした。
「21時まではおやつ食べてもいいですよ」
そうだ、最後に未練がましくおやつでも食べるか。

就寝前に

本の続きを読み、20時過ぎ。
持ち込んだチョコレートを食べる。
味のする、最後の食べ物だ。
また加護亜依さんの言葉を思い出す。
今回の手術では、前ほどの変な緊張感はない。
まだ日常の延長線上。
今日と明日に、そんなに大きな線があるとは思えなかった。
手術も二度目となると、感慨が薄くなるのだろうか。
チョコレートを5粒口にし、水を飲んだ。
ぼちぼち明日の準備と寝支度をするか。
明日の手術以降、ものを取り出しやすいように整え、パンツを穿き替え、下剤を飲み、歯磨きを済ませた。
そして、前にまとめて書いたように、膣錠を入れる。
いよいよ消灯、という時刻になり看護師さんが見回りに来た。
「明日手術なので、よく休んでくださいね。もし眠れなくて、夜中の2時3時になって切なくなるようだったら眠剤出しますから」
あ、そのくらいの時間になってようやく処方されるものなんだ。
前の手術前は23時くらいでもう悲しくなっちゃって薬をもらいに行ったものだ。
今回は、 薬のお世話にならなくても済みそうな気がする。
一人部屋で静かで快適、前の晩あまり眠れなかったぶん、今夜はよく眠れそうだ。
「おやすみなさい」
看護師さんにあいさつして、薄い布団をかけて横になるとすぐ眠ってしまったみたいだった。

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