見出し画像

ダ・ヴィンチ子宮全摘出手術1 入院日・麻酔科

ダ・ヴィンチという手術支援ロボットを使って、子宮全摘出手術を受ける。
34歳の5月半ばのこと。

朝の準備

入院の日がやってきた。
午前10時に病院に入ることになっていた。
いつもの仕事に行く日と同じくらいに起きて、いつもと同じ朝食や身支度をしながら、入院の荷造りの最終チェックをした。
変に緊張しないように、あくまでいつもと同じように行動する。
手続きには母も同伴することになっていたが、母のほうが慌ただしかった。
家族の食事と自分の支度と祖母のショートステイの準備。
この日は施設にも少し無理を言って、事情により早く迎えに来て欲しいとお願いしてあった。
昨晩、「かわいそうに、かわいそうに」と言っていたばあちゃんを送り出す。

入院受付

自分の荷物もまとまり、自宅を出る。
曇っていたが、薄いコートが妙に蒸し暑く感じる。
病院に入ると、まず入院受付。
入院申込書と診察カードを窓口に提出すると、検温の末に平熱であるとして受理された。
付き添いの母はその間に、入館手続きをしていた。
新型コロナウイルス感染症の院内感染防止のため、診療外の人がやむを得ず入らなければならないときには、別途手続きが必要になった。
目的を明示し、検温をせねばならぬ。
2人とも関門クリアとなり、案内の職員さんがまず麻酔科の待合室まで連れて行ってくれた。
しかも細腕であの激重でかリュックを持ってくださる…。
手術室手前の麻酔科付近では、すでに数人が受診を待っていた。

麻酔科受診

番号で呼ばれ診察室に入ると、若く細長い男性医師が座っていた。
「手を消毒して、おかけください」
言われるままに消毒液を手に擦り込む。
「今回の手術、何をするとお聞きになっていますか?」
この先生、私より遥かに若いんだろうな…。
「手術ロボットを使って、腹腔鏡で子宮を取る手術と聞いています」
「そうですね。お腹の手術ですので、全身麻酔で行います。点滴を使って眠るお薬を入れていきます」
あ、ガスを吸わされるんじゃないんだ。
「それともう一つ、名前がついているんですが、『神経ブロック』というタイプの麻酔も行います。傷の辺りの感覚を部分的になくすものです」
イラストつきのプリントを指しながら説明してくれる。
冷静な印象の先生だ。
「食べ物のアレルギーは何かありますか?」
「いえ、特にないです」
「車酔いはしやすいほうですか?」
「はい、酔いやすいです」
「麻酔の間、呼吸する筋肉も眠ってしまいます。そのために喉の奥まで管を挿れて、肺に酸素を送ったりします。管を挿れるときに口の中を触りますが、歯が折れたりしないか確認させてください」
あーの口と、いーの口をして見せた。
こんな汚い歯並びでごめんなさいね。
「はい、大丈夫そうですね。普段からぐらついたり気になる歯はありますか?」
「いいえ、ないです」
「わかりました。…それでは、ここまでの説明でご理解いただけましたら、こちらの麻酔の同意書に、本日の日付と署名をお願いします」
ボールペンと書類が差し出され、言われるまま記した。
「それでは、診察は終了です。この後、看護師から詳しい説明がありますので、もう少し待合室でお待ちください」
「ありがとうございました」
一礼して退室し、また母と並んで待合に座る。
ほどなくして女性の看護師さんに呼ばれ、「お連れの方もどうぞ」と促され、2人で入室した。
スクラブ姿でアイメイクもばっちりの、ザ・オペ看って感じの可愛いひと。
「先生のお話をお聞きになったと思いますが、ここまででわからないことはありますか?」
「さっき先生に乗り物酔いをしやすいか訊かれたんですが、何か麻酔と関係あるんですか?」
「麻酔から覚めたあと、めまいを感じる患者さんもいるので、その関係だと思います」
「そういうことでしたか…」
少し不安になってきた。
子宮に限らず周りの手術経験者たちが、皆口を揃えて「目覚めてから吐き気がひどかった」と言うのを思い出す。
なったらなったときだし、もう体質だから仕方ない。腹をくくろう。
「BGMは何にしますか?」
はい?
「手術室に入ってから麻酔を入れるまで、お好きなジャンルのBGMを流せます」
えぇー…
「何でもいいですよ」
「そうですか〜では、明日の担当の看護師のチョイスで流しますね。J-popとかになると思います〜」
多分、入ってしまえば曲がどうのと気にしていられないと思う。
結果を先に書いちゃいますけど、クラシックでした。
「それでは明日、手術室でお待ちしています!よろしくお願いします!」
ああ、もう明日のことなんだなあ。
よろしくお願いします、と部屋をあとにした。

病棟へ

エレベーターでいよいよ病棟に向かう。
私が入る婦人科の病棟は7階だ。
スタッフステーションを覗き込むと、見覚えのある病棟クラークさんが立ち上がって応対してくれた。
前回の入院でもお世話になったクラークさん。
明るくわかりやすい説明で頼りになる。
「今日からお世話になる練りもの副大臣です」
「お待ちしていました。まず診察カードと入院申込書を拝見しますね」
書類を渡すと、早速病室に案内してくれるという。
「あ!付き添いのお母様はここまでです」
「あ、そうなんですね」
「今コロナの関係でご本人さんと直接会えるのはここまでです。着替えなどお荷物も直接渡せないので、ここスタッフステーションでお預かりします」
「そう…じゃ、はい、荷物」
母に持ってもらっていた小さいバッグを受け取る。
「じゃ、行ってきます」
母に向かって軽く手を上げる。
「うん、行ってらっしゃい。頑張ってね」
これ以上、母の顔を見て話すと泣いてしまいそうだった。
冷たいやつに見えたかもしれないが、すぐに後ろを向いて病室に向かった。
今ならLINEもFaceTimeもある。
これが今生の別れじゃない。

「こちらが練りものさんのお部屋です。昨日皆さん退院してしまって、緊急入院の方が来られない限り、今日も明日も一人部屋です」
前に入院した部屋の斜め向かいだった。
ベッドは窓際。
「いやー寂しいですねー」
などと笑っていると、
「練りものさん…もしかして、以前こちらに…?」
とクラークさんが尋ねてきた。
「ええ、2年前にもお世話になりました。また戻ってきちゃいました」
「そうですよね!お顔を見て、何だか見覚えがあるなーと思ったんです」
「私もです。また◯◯さんにお会いできたと思って」
病棟での緊張が一気にほぐれた。
「まずは病衣に着替えていただいて、少ししたら担当の看護師さんが説明に来てくれますので、よろしくお願いします」
前はMだったが、今回はLサイズの病衣を貸してもらえた。
着替えが済むと、荷物の収納。
前回の反省も含め、よく使うものの取り出しやすさなどをロジカルに考え、棚の各所に詰めていく。
身体が動かないときでも、看護師さんたちにお願いして取ってもらいやすいように、収納場所の把握は完璧に。

荷物をひととおり片付け、ベッドに腰掛けて待っていると、看護師さんが2人やってきた。
そのうちの新人さんと思われる初々しいお一人が、身元の確認とリストバンド装着を行った。
入院予定表を手渡される。
今日の入院から、退院日までの細かい処置内容などが記されている。
それを元に、今日と明日の流れについて説明してくれた。
ところどころ、言葉に詰まるところがあり、その度に後ろのベテラン看護師さんがフォローしてくれた。
こうやって強い看護師さんが育っていくのだな…と感じた。
「今飲んでいるお薬を全部お預かりします。先生の指示で、必要があるときだけお渡しします」
手持ちのジエノゲストを全て渡した。

説明の要旨は以下のとおり。
・こまめに検温する。
・院内では常にマスクを着用すること。
・今回の手術のリスクの可能性として、リンパ節が傷ついた場合、リンパ浮腫を起こすおそれもあるので、症状への理解と早期対処に努めましょう。
・今日の夕食後、21時以降は絶食、翌朝11時以降は水もダメ。
・今日の午後にシャワーを浴びる。
・今日の夕方に口腔外科の受診がある。
・毎週木曜日の午後に総回診がある。
とのこと。
『白い巨塔』で散々観てきた総回診が楽しみである。
夕方の口腔外科まで、特に何も大きなことが起こらないなぁ、と退屈を持て余すこととなった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?