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ダ・ヴィンチ子宮全摘出手術7 術後の長い夜

ダ・ヴィンチという手術支援ロボットを使って、子宮全摘出手術を受けた。
34歳の5月半ばのこと。

痛み止めの点滴

日がすっかり暮れて、病室のカーテンは閉められ電灯もつけられる。
病室の外から、デリカートの動く音や夕食の匂いが運ばれてくる。
しかし、今は全然お腹が減らない。
神経ブロック麻酔が切れてきたのか、お腹の創がじわじわズキズキと痛んできた。
一番痛みが強いのはへそ。
へその穴に千枚通しをつっこまれてぐりぐりされているような、鋭い痛みが休みなく襲ってくる。
おまけに何だ、ずっと仰向けで寝ているから腰も痛くなってきた。
思った以上にキツい。

その昔、胆嚢摘出手術を受けた母が言っていた。
「手術の晩と次の日は、あまりの痛みで『何でこんなことしちゃったんだろう』と後悔するよ」
と。
今、まさにそれ。
何でこんな思いしてまで手術しちゃったんだろう。
しかし、母はその後に付け加えた。
「術後3日目にもなれば、驚くほど日に日に良くなっていく」
と。
それを信じてとにかく今は耐えるしかない。
もう後戻りはできないのだから。

廊下の下膳の音も落ち着いたので、19時くらいだろうか。
へその痛みはおさまるところを知らない。
見回りの看護師さんが来たので、思い切って言ってみる。
「すみません…かなり、痛いです…」
「どの辺がどんな感じですか?」
「おへその、創が…」
痛み止めの点滴、入れてみますか?」
「はい、お願いします…」
少しして、白濁した液体の入った小さめのバッグが点滴に繋がれた。
「効き始めるまで少し時間がかかると思うので、もうちょっと我慢してくださいね」
看護師さんは点滴の支度を終えると、ゴム手袋を穿いて私の尿のバッグを手に取った。
「おしっこしたい感じ、ありました?」
「はい、ちょっと」
管が入っているはずなのに妙に尿意があるなあとは思っていた。
「少し流れが悪くなっていたみたいです」
看護師さんがバッグをじゃばじゃばと振ると、少し膀胱に響く。
流れを良くした後は、何となく尿意もすっきりした気がした。
出るはずのものがちゃんと出なくて、しかもそれが自分の意思や行動でもどうにもならないというのは、結構気持ちの悪いものだった。
痛み止めが効いてくるまで、トップに載せている猫のように、うつろな表情で横になるだけであった。

時々、痛みが和らぐのか、フッと気を失うように何度か寝た。
いつの間にか夜勤の看護師さんに交代していた。
目を覚ましてはしばらく痛みに喘ぐ。
前回の手術と違って、痛いところがあるから尿の管の不快感があまり際立たなかった。
もちろん不快であることに変わりはないが、より不快なところがあれば気にならなくなる。
傷が痛いのはつらいけれど、尿道の不快感よりは素直でまだ耐えられるような気もした。
それくらい、尿の管は強敵なのである。

半日ぶりの水

「そろそろお水飲めますけど、飲みますか?」
「はい、飲みたいです」
言われると急に渇きを自覚した。
喉は相変わらずガスガス、口の中はぺたぺた、唇もカサカサ。
プラスチックの蓋つきコップにストローが挿さっている。
中には細かい氷の浮いた水。
万一こぼさないようにと、ビニール袋を被せたうがい受けにコップが入っている。
仰向けのまま、顔だけ右を向いてストローを咥えて飲む。
むせないように、口に含ませてから慎重に飲み込む。
ひんやりとよく冷えた水が、口、喉、食道に広がっていく。
特に、食道の内側の輪郭がわかるような感じがした
氷のせいか水のせいか、古い水道管の味がしたが、それでも水はうまい。
汗をかいて暑かったのもあり、冷たい水を全身で喜んだ。
何口か飲むと、お腹がごろごろと鳴った。

寝返りがつらい

仰向けの逆襲がやってきた。
腰が痛い。
今回は脚を動かせるので、少しずつ腰を左右に捻ったりしてみたが、すぐに創に響いてくる。
痛みのあまりの鋭さに、声にならない声をあげて動きがフリーズしてしまう。
22時くらいだろうか。
見回りの看護師さんに痛み止めを追加できないか訊いてみると、まだ時間が空かないから打てないと言われてしまった。
この薬、創の鋭い痛みにはあまり効かないのではと思えてきた。
お守りのようなもので、ないよりはマシだけれど。
ずっと仰向けで腰が痛いと訴えると、
「横、向いても大丈夫ですよ」
と言ってもらえた。
とはいえ、いえいえ、もう腹の創が痛すぎて全然だいじょばないのですよ。
試しにいつものような動作で右を向いてみようとしたが、刹那、腹全体にバリーンと広がる切り裂くような痛み。
え、むりやろ、これ。
ベッドの柵を力いっぱい握って少しずつ引き寄せてみるが、腕から上しか動かない。
痛みから防御するために、無意識に力が入らないようにしているのだろうか。
胴部を半分だけでも持ち上げるなんて無理すぎる。
普段、知らず知らずのうちにどれだけ腹筋のお世話になっていたことかと実感する。
「う、うごかない…」
思わず口から漏らしてしまった。
「腰に入れるクッション、持ってきましょうか」
看護師さんの提案で、クッションを入れてもらうことになった。
それにしても、自力ではさっぱり動かせない。
「それじゃあ、私が腰を支えますね」
うわあ、こんなに汗びっちょりの背中を触らせるなんて本当に申し訳ない。
私は柵を必死で掴み、看護師さんが腰を押し上げてくれる。
浮いた腰に細長いビーズクッションが差し込まれ、私は斜め45°くらい左半身を浮かせた状態になることができた。
蒸れた背中にスッと風がとおって気持ち良い。
腰の痛みも晴れた。
しかし。
体勢的に下になっている右の傷が、急にズキズキと主張を始めた。
おおおおいおい、おまえ、こんなところにいたのか!?
今まで静かにしていた分、その反動でビリビリに痛い。
誰かの手術記に、「片側の脇腹だけ犬に噛まれたように痛い」という記述があったのを思い出す。
犬だけじゃなく、蛇やら猫やらとにかく牙のある生き物がここに大集合しているのではないか。

体勢を変えるときは、腕で柵を掴んで引き寄せながら、背中が浮いたところにクッションを詰め込む。
これがなかなか良い昨戦であるように思われた。
腕の筋力があって良かった。
学生時代から毎日、腕立て伏せを欠かさなかった甲斐がある。
いつだって、最後に頼れるのは筋肉なのだ。

夜中0時ころ、いよいよ痛み止めも弱まってきたのか、創も腰もどんどん痛くなる。
見回りの看護師さんにまた痛み止めを求めたが、あと1時間くらい後に、と言われた。
短時間ずつ寝ては覚めを繰り返し、もう1時間経っただろう…と思ってナースコールを押した。
おおよその時間が経っていたようで、再び白濁の点滴が入れられた。
効くのか効かないのかよくわからない点滴。
「あの、すみません」
「はい?」
点滴の処理を終えて立ち去りそうな看護師さんを呼び止める。
「一番上の引き出しの中に、スマートフォンがあるので、取り出してもらえますか…?」
「はい、どうぞ」
半日ぶりのiPhone
LINEの未読が60件。
もう目を開けているのもしんどい。
しょうがない、家族と友人くらいにはメッセージを送っておこう。
返事がすぐに返ってきたが、こちらからはもう返信する元気がない。
回復したら返事するから…。
今はもう何もかもが痛すぎる。

痛み止めは本当に入っているのだろうか?と思うくらい、お腹の創は変わらぬいたみだった。
柵とクッションを駆使して少しずつ寝返りを試みていたが、どうも右向きのほうが楽だった。
右を向くたびに、身体の位置がベッドの右にどんどんズレていく。
左に戻るのはとんでもない痛みを伴うので、戻れない。
どんどん右に行かざるを得ない。
傍から見れば本当にアホみたいに、ベッドの上でぐにぐにしているだけ。
当の本人は至って必死。
丑三つ時を過ぎて、さらに辛いことに気づいてしまった。
寝返りクッションのおかげで腰は楽になるが、背中を反らせるかたちになるので、お腹の創が引っ張られてめちゃくちゃ痛い。
特にへそ。
中から何かが破れて出てきそう。
この痛みに苦しみながら、一人部屋で夜明けを待つ心細さに、術後初めて泣きたい気持ちになってしまった。

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