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入院前の口腔外科

術前の説明の後、午後から口腔外科の予約が入れられていた。
お腹の手術なのに、なぜ口腔外科?
今回、全身麻酔で行う手術のため、呼吸管理のために喉の奥まで挿管する。
そのとき、口内細菌などで肺炎を起こす例があるので、可能な限り口の中の環境を整えておかなければならないのだという。
恥ずかしながら練りもの副大臣、中学生のとき以来歯医者に行ったことがなく、いくつもの虫歯を放置している。
中学生まで虫歯ゼロだったことに気を良くして、歯のことなどこれまで顧みることがなかった。
受診の2ヶ月前には、虫歯化した左上の親知らずの一部が砕け、どうにかしなければと思ったばかり。
この口腔外科をきっかけに、今後のことを考えねば。
ああヤバい、きっとめっちゃ怒られる。

歯科衛生士さんに促され、あのリクライニングする施術台に座らされる。
「最後に歯医者さんに行かれたのは、何年前ですか?」
「実は…20年くらい前です…」
言いながら恥ずかしくなってきた。
「20年ですか…歯石なども溜まっていると思うので、今日はまず下の歯を中心にお掃除していきますね」
虫歯の有無と箇所、ぐらつきの有無、歯茎からの出血の有無を丁寧にチェックしてもらった。
虫歯が4つ、ぐらつきは問題なし、ほぼすべての歯のそばで出血あり。
ひととおり終わると、口の中はもう鉄の味。
「歯磨きの回数とタイミングはどんな感じですか?」
「夜、寝る前の1回だけです」
「多くの箇所で出血があったので、朝食後に歯磨きを1回加えてもらうと、かなり改善できると思います。寝る前の歯磨きは、一番していただきたいタイミングでできているようなので、このまま続けてくださいね」
「はい。心がけます」
もっと怒られると思った。

「次に、歯石を取っていきます。水を使いながらやるので、少ししみる部分があるかもしれません。そのときは別のやり方でやりますので、手で合図してください」
まぶたにそっとガーゼをかけられる。
すぐにあの超音波の不穏な音が聞こえてきて、細かな水飛沫を肌に感じる。
細かな振動が歯に当てられ、キュリキュリと高い音を立てる。
喉の奥に溜まる水が、ホースで勢いよく吸い出されていく。
20年モノの歯石は、ぺりぺりとさぞ気持ちよくはがれたことだろう。
時折、喉の水で溺れかけた。
ニトリル手袋で口の中を触られるのは嫌な気がしない。
超音波の機器では落としきれない部分は、ニードルのようなものを使い、手で取り除かれた。
前歯のあたりが少し水にしみたが、中断することなく耐えられた。
「最後に糸を通していきますね」
ガチの凧糸のようなものを、下の歯列にガンガン通していく衛生士さん。
時々痛かったが、糸が抜けた後は妙なスッキリ感があった。
「歯石除去の刺激で、ちょっと血が出ているところがありますが、すぐに止まると思いますよ」
フェイスガード越しに衛生士さんが笑った。

ひととおり歯の掃除が終わると、今度はレントゲン撮影に呼ばれた。
クリップのようなものを前歯で挟んだまま、顎を載せて撮影を待つ。
「はい、そのままー」
と技師さんに言われ立っていると、自分の顔の周りを撮影機材が半円形に動き回った。
そうして撮影されたのが、トップ画像の歯。
なるほど、これであればすべての歯が正面を向いているように撮れるから画期的だ!
すでに虫歯が判明して欠けてしまった左上の親知らずは小さくなっている。
右下の親知らずに至っては、真横を向いて少しだけ顔をのぞかせている。
こんな生え方をしているとはまったく知らなかった。
これで四方すべての親知らずが出揃ったことが判明。

ここで口腔外科医が登場。
「しばらく歯医者さんにかかっていないということですが、このお歳までノンメタルでやってきたのはすごいことですよ」
ん?これは褒められてるの?
「左上の親知らずは虫歯化していて、もはや歯としての機能は果たしていません。右下のも、今はほとんど出てきていませんが、今後疲れや免疫低下したときに痛みが出たり、何かの拍子で虫歯の菌が入り込んだりすると心配ですね」
「親知らずや虫歯のことは、ゆくゆくはなんとかしたいとは思っています」
「ゼンマで親知らずを全部抜くとなると、多分こちらに紹介がくることになるでしょうから、そのときはやらせてもらいますよ」
ゼンマって全身麻酔のことか。
「まずは差し当たりの手術を頑張ってもらって、体調が落ち着いたらまた歯医者さんにかかってみてください」

口の中を血の味でいっぱいにして、前歯のうずうずを感じながら、お会計を済ませて帰宅。
母を喫茶店に連れ出し、血の味のする口でカプチーノを飲みティラミスを食べた。
歯の要らない柔らかさであった。

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