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若さって、無邪気パンチ

ある梅雨の時期の晴れ間、友人とふたりで紫陽花を見に行った。たまたま近くの男子校で文化祭をやっていたので、気軽な気持ちで覗いてみることにした。

結論から申し上げると、気軽な気持ちで行って良い場所ではなかった。彼らはそこにいるだけで、アラサー女子ふたりがまとう薄い膜のような虚栄心を一瞬で粉々にする鮮やかなパワーを持っていた。

「おねえさんたち、どこから来たんですかー?サイダー飲んできません?」
浴衣を着ていたせいだろうか、人懐っこそうな男の子が営業をかけてきた。

男子高校生、元気でかわいいなあ、などと微笑んでいたわたしたちの余裕は、彼のこんがり焼けたツヤツヤの肌の前にあっさりと崩れ落ちた。

待って。男子高校生の肌ってこんなに綺麗だったっけ。こんなにハリに満ちたものだっけ。もっとニキビで荒れてるべきじゃないの?歯も真っ白だし、え、ていうかこの一切の曇りなき瞳はなに?この内から満ち溢れるエネルギーはどこから湧いてくるの?

圧倒的な「若さ」を前にすると、人は言葉を失ってしまうものらしい。

固まるわたしたちをよそに、18歳だという彼は、その後も朗らかに会話を繋いできた。
「いくつなんすか?あ、やっぱり年上っすよね、大学生とかっすか?」

彼の無邪気な問いが、一言一言鋭いパンチとなってわたしたちを打つ。27です、あなたより9個も上です、なんておぞましくて言えるわけがない。ふふふと曖昧に笑ってやりすごす。

彼だけじゃない。道ゆく高校生たちはみな、体内から発光でもしているのかと思うほどにまばゆく輝きながら駆け回っている。

次々と鈍いダメージを喰らってふらふらになりながら、彼のクラスのサイダーのお店に導かれた。模造紙に手書きで書かれたメニューを見て、「アワアワサイダージュース」をひとつずつ注文すると、横長テーブルをつなげた即席キッキンから賑やかな声が聞こえてきた。

「浴衣は割引じゃね?」「むしろジュース2個あげなきゃじゃね?」「いや3個じゃね?」

こちらに余裕で聞こえるボリュームでわいわいと男子高校生が騒ぐ。だがしかし、こちらとしては彼らのほうが眩しくて眩しくて、羨ましくてたまらない。

浴衣なんて着る気さえあれば誰だって着られるのだ。高校生が持つナチュラルボーンプレミアブランドを前に、浴衣でまとったわずかな「盛れ」など、しょせんかりそめだ。

ついこの間まで高校生だったような気でいたのに。
変わっていないつもりだったのに。

はちきれんばかりの爆発的な明るい勢いを持つ彼らは、わたしとは、明らかに違った。

かつては、わたしにもきっと彼らのような時期があったはずだ。
どうやら知らない間に自分が失くしたものがあるみたいだ。

何が違うのだろう、と考える。

まだ社会に出ておらず、背負うものが軽いゆえの自由さなのだろうか。

いや、大学生だってそうだ。だけど、大学生からこれほどまでのまばゆさを感じることはあまりない。どこか微かにでも気だるさとか、諦めとか、下心とか、打算などというものが滲み出し始める気がする。

酒がいけないのだろうか。お金を稼げるようになることが悪さをするのだろうか。

そんなことを考えていると、ふと廊下の掲示板が目に入った。

大学案内や留学案内、部活案内など様々なビラが貼り付けられている。

経済学部、デジタル学部、アメリカ、中国、サッカー、テニス、テコンドー…。それぞれ豊富な選択肢がひしめく。選択する側は悩ましいだろう。ただ、このひとつひとつの選択は、同時に瑞々しいワクワク感を伴うものだろうな、と思う。

純粋に、やりたいことを自分で選べること。自分の未来をこれからいくらでも変えられる可能性を持っていること。

そういう変数が、高校生のぴちぴちの肌を形作っているのかもしれないと思った。

高校生は、将来が遠い。大学生や新卒社会人とは未来との距離が違う。

彼らがどこに行くのか、どうなっていくのか。まだ誰にもわからない未来の見えなさが、彼らを目の前の「今」に全力を注がせるのだと思った。

まだ、限界なんて見なくていい。諦めなんて後回しにすればいい。

大人たちのつまらないルールなんて知ったこっちゃない。

ただひたむきに、自分の可能性を信じていればいい。

そういう無敵状態に、彼らはあった。

最近よく考える。仕事にもそれなりにやりがいを感じ、人間関係も問題なく、金銭的にもある適度ゆとりがある生活を日々を送れているけれど、時々ふと、無性に何かに夢中になりたくなる。

明日も1ヶ月後も3年後も、わたしはきっと、さして変わらない。それが見えてしまっているから、決まった道から外れてみたくなる。

だけど、踏み出さない。今の完成された生活を変えるリスクを背負えるほどギャンブラーじゃない。

だから、たまの休日に、若い引力に誘われて、油断して、瑞々しさに殴られて、はっとするくらいがきっとちょうどいいのだ。

どうか高校生よ、ありとあらゆる回り道をして、できるだけゆっくりこっちにおいで。

彼らの輝かしい未来に幸あれ。

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