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人は変われる

高校時代、私は地味にひっそり生きていた。周りの友人も大人しいか、ちょっとオタク気質の子達ばかり。しかし、高校2年生でいわゆる「カースト上位」の女の子と交流ができ、3年生で再び同じクラスになって仲良くするようになった。お弁当も一緒に食べ、移動教室も体育の授業も一緒に行動するようになったのだ。これまでの人生で関わったことのないタイプのカリスマ性のある女の子で、運動も勉強もでき、すごく可愛いかったのでその子の隣に居られることが嬉しかった。

彼女は、ただ生きているだけで話題に登るようなキラキラした女の子で、男子キラーでもあった。お昼には彼女とお弁当を食べながら、塾の男子との交流についていつも聞いていた。彼女曰く、同じ塾に通う男子を落としていたらしい。(たとえ嘘でも、可愛いから真実味があった)

一方私は可愛くもなく、勉強もいまいちなのに努力もしておらず、卑屈なことばかり言っていた。(お笑いコンビ和牛の水田さんみたいな発言をしていた)事実、私の幼いころからの親友たちも、Rikaの高校時代は尖りすぎていたと証言しているほどだ。そう言うわけだから、彼女の友人には「なんであの子と仲良いの?タイプ違うじゃん(釣り合ってないよ)」と直接言われる始末だった。

キラキラした可愛い女の子と、地味で可愛くない拗らせ女子!?

うわあ、笑えるぐらいに漫画みたいな組み合わせだ。当時はなぜ彼女に気に入られていたのか考えたこともなかったが、今ではその理由がわかる。私は単なる引き立て役、もしくは良い聞き役に過ぎなかった。彼女にとって都合の良い存在だったのだろう。今思えばイタい人間だったのに、それに気が付けなかった自分が恥ずかしい。

高校時代の話を読んでいない方は、こちらをご参照ください。

なんだかんだあって浪人時代に突入し、ようやく自分の哀れな有り様を客観視できたので、人格も矯正されていった。

高校時代の記憶は全て封印し、大学生になった。大学では今までの人生とは全く異なる環境に身を置くことになり、そのおかげで性格が随分変わった。

それも私が仲良くしている女の子4人のおかげだ。同じサークルで仲良くなった素敵な女の子たちであり、おしゃれで美人で可愛い。彼女たちはクラスで目立って生きてきたような自己肯定感の高い人たちだ。1回生の時は自分とは住んでいる世界が違うと思っていたので、どこまで心を開けば良いのか分からず距離を置いていた。

しかし、彼女たちと過ごす時間が増えていくにつれ、彼女たちと同じような人間になりたいと思い、積極的に一緒に遊んだりするようになった。そして、徐々に彼女たちの素敵な部分を真似することで自分の性格や行動が変化していくこととなる。以下、変化したこと。

まず、卑屈なことは言わなくなった。みんな素直で明るいので、その性格がうつると同時に笑顔が増えた。親友や親にもRika変わったね、と言われるようになる。

素敵な部分は口に出して褒るようになった。みんな、今日の髪型可愛い、ピアス可愛い、服似合っている、とか何かにつけ褒めてくれるので、自然と真似するようになった。すると、素直に口から褒め言葉が出るし、小さな変化にも気がつけるようになった。

人と遊ぶするようになった。はしゃぐときは全力ではしゃぐことの楽しさを覚える。

おしゃれに気を使うようになった。おしゃれな友人と買い物に出かけられるのが本当に嬉しい。まだまだ、改善の余地はあるが。

新しいことに挑戦するようになった。Podcastも始めた。

このように明るい彼女たちと同じ環境にいることで、過去の自分とは比較にならないほど変わったし、今では生きていることが楽しい。もちろん、みんな悩んだり、苦しんだりしているけれど、お互いに励まし合って頑張ろうとしている。そして、彼女たちは今では私が大学で一番仲良くしているぐらい気の置けないの友人たちであり、私の元気の源である。

つまり、自分が変わりたいと思うこと、周りの環境を変えることで人は変わることができる。もちろん、きっかけがないと環境を変えることは難しいし、素敵な人たちとの出会いは運と縁のおかげなのは事実だ。

ただ、一緒に行動する人や話す人を変えることはできる。実際私は、話がマイナスな方向へ転がっていく人とは距離を置いた。ネガティブな人と一緒にいると自分もネガティブになってしまうからだ。

だからと言って、変わりたければポジティブになれ!ネアカになれ!人を変えろ!と言っているのではない。明るい言葉を口に出すようにする、接する人を変える。それだけで人は変わることができる。

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