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食事マナーの変遷いくつか(その1:電車内での食事編、附:握り飯雑感)

食事のマナー、あるいは食事のスタイル。

……ジャンル分けするならそんな感じの話題がネット上で盛り上がっているのを、時々見かけたりします。

そういうのを見ていると。
「俺(私)スタイル」こそ絶対、「他のスタイル」はマナー違反だとして、頑として自説を譲らない。そんな人だらけで、どうにも収拾がつかない……。割といつでもそんな流れになってるような。
あと、そういう話の中で過去の「常識」を引っ張り出す場合、その持ち出し方が、やけにズサンだったり。
(明らかに実際と異なるような「過去の姿」を自信満々に論ずる類。「昔の人はそんなだらしないことはしなかった」みたいなことを、多分ロクに調べもしないで言ってたりするのですが。いやいや、むしろ昔こそ、それ普通でしたからと言いたくなることも。)

他のジャンルの話題だって同じようなものかもしれませんが……いえ! やっぱり、論じる人たちの頑なさ、自説の曲げなさ加減は、他の話題より一段強烈な気がするのです。

なまじ日常的で身近だからこそ「譲れない」ものがあるんでしょうか?
何にせよ、食事マナーの話題というのは、どこか人を頑なにさせるものがあるのかもしれません。

さて、今回のこの文章の趣旨ですが。
「世代や場所による意見の違いが、とりわけ大きいようだ」と私に思える食事習慣などについて。
思うことをつらつら書いてみようというぐらいのものです。

それらについて、もちろん私なりの感覚やら美意識みたいなものもあって。
やはり「俺流」を全く主張しないという感じにはとてもできませんでしたが(苦笑)。
それでもある程度は客観的に「感覚の変遷」みたいなことを書きたいものと思っています。

一応、今回がその1回め。ただ、続きを書けるかどうかは、私のエネルギー次第です(^_^;)。
今回は主に鉄道から連想される(私にとって)話を中心に。

その0 列車内での授乳


これは本題前の「枕」ぐらいの感じにしたいのですが。昭和30年代くらいまでの日本女性は、人前(例えば鉄道の中)とかで、割と普通に授乳をしていたようです。
(つまり──あえて品のない言い方をしますと──若奥さんの乳房が周囲から丸見えなわけです。)

当時の人はそれを当然のこととして受け止めていましたが、今では、そんなお母さんを出先で見かけることは滅多にないと思います。
(と、自分の思い出のように語りましたが、実のところ、自分の記憶としてはあまりはっきり思い出せなかったりします。)

これはもちろん、日本女性の意識が変わったことによるのでしょう。

が、では、日本女性の価値観に、いつ頃、どういう変化が、なぜ生じて、そのため人前での授乳を行なわなくなったのか、理屈建てて説明せよ……みたいなことになると。そういう方面の学者さんとかでもないと、なかなか難しいだろうと思います。

こういう話題の、まとまった学術的な解説記事みたいなのはなかなか見つからない(といいますか、そこまでマメに探さなかった)ので。本記事も、ネットの細かい書き込みとかを拾って、論旨の参考資料、補強資料としておきます。
(この先も同様になると思います。)

あるいは、

……の回答のうち。3つめの、
「昭和30年代くらいまで、人前で子供に授乳するのは当り前だった。逆に、当時の女性に今の女子高生のようなミニスカートを着せたら、こんな恥かしい恰好で外を歩けないと考えただろう」(大意)のような意見に同意です。
昭和中期以降、何か大きな価値観、あるいは美意識の変遷が起こったのでしょう。

その1 列車内での食事(附:握り飯についての雑感)


まず次のnote記事(私のものではない)内の写真をご覧いただきましょう。

(記事内では「小学生」としていますが、セーラー服の制服を着ていること、その他の雰囲気などから、女子中学生ではないかと私は見ます。)

さて。個人的な話ですが。ある時、「電車内で食事をするのはマナー違反か否か」というような議論にでっくわしたことがあります。
「昭和生まれのオッサン」たる私は、電車内の食事の何がマナー違反なのかと、逆にきょとんとしてしまうわけなのですが(^_^;)。
(電車内の食事がいけないなら、そもそも駅弁ってなんなのさ、と。ここで、上の女学生さんたちの写真なんかも思い出していただければというところ。)

もっとも、こういう話は「電車」という言葉で、どんなシチュエーション、どんな車両をまず思い浮かべるのかによっても、反応が変わってくる気はします。

「電車」という言葉を厳密に捉えるなら、新幹線の車両だって「電車」ですが、それはさすがに話題違いとして。
(あと、ディーゼル車を電車と呼ぶのは間違い、みたいな議論もここでは無視。)

(ただ、一応参考までに。新幹線を「電車」と呼ぶ駅アナウンスの例。YouTubeから適当に拾いました。時間指定入り。)

さらに前提となる用語解説として、電車には「ロングシート」と「クロスシート(あるいはボックスシート)」の別がありますが。

ロングシート。Wikipedia記事「鉄道車両の座席」より。
クロス(ボックス)シート。同じく「鉄道車両の座席」より。

こういう話題で、昼間の郊外のクロスシートの電車をイメージするのか。首都圏のラッシュアワー時の、ロングシートの電車をイメージするのか。
こうした違いは地味に大きいかも。

先に書いたように「昭和生まれのオッサン」である私も、例えば、朝の通勤時間帯の「山の手線」車内でお弁当を広げる勇気は、さすがにありません(苦笑)。

いえ、これは単なる冗談ではなく。逆に。
「新幹線だろうが夜行列車だろうが、鉄道座席での飲食はすべてマナー違反!」とまで言う人も、そんなに多くないだろうと思うのです。
(下は名作絵本「やこうれっしゃ」の紹介記事。参考までに。)

だとすれば、大抵の人は妥当と非妥当の境界線を(意識的にか、無意識的にかはともかく)、自分なりに持っているのでしょう。
(下で補足。)

ただし、その境界線の位置(とでも言うべきもの)が、人によってすごく違っていて。「だいたいこんなもん」と大方の人が納得する「相場感」みたいなものが成立していない。にも関わらず、最初に書きましたように、議論参加者はみんながみんな「俺ルール」をそのまま世の中の大常識として語りがち。それが、この問題が時々議論を呼び起こす理由なのかなと。

なおまた、平成時代に入って以後の傾向としては。
この相場感が(確立していないとは言っても)徐々に厳し目になる方向で推移している(大まかな傾向として「ダメ」なシチュエーションが増える方向に、上記の境界線が動いている)という感じなのかなとは思います。
もっとも、これについては日本の人口減が進むと、また緩くなるかも、とか思わないでもありません。

(補足、あるいは蛇足)

いちばん問題になりそうなのは、都会の「通勤形」(つまり、ロングシート)の車両に、そこそこ長時間乗るような場合でしょうか。

例えば高校生・大学生の友達グループが、新宿から小田原まで(予算の都合でロマンスカーではなく)「通勤形」の電車でお出かけするとした場合。
小田急の電車内で(ちょうど上の女学生さんたちのように)握り飯を取り出して食べるのは、ありか、ナシか?

あるいは、千葉に家を持つ人が羽田空港から千葉ニュータウン中央まで移動するような場合(これも電車一本)。途中で弁当を食べたりするのは、ありか、ナシか?

上の例、私個人は両方「大アリ」派ですが(ただし、都心通過中は避ける)、これは意見が分かれるところかなぁと。


ここで、話が飛ぶことを承知で、あえて脱線します。

昭和(いや、もっと前からかな)の人って、どこに行くにも握り飯を持っていったものでした。

さっきから引き合いに出してる、女学生さんたちの写真もそうですが。
お出かけの時にはおにぎり。遠足やハイキングにはおにぎり。運動会のお昼ごはんに家族で食べるのもおにぎり。どこへ行くにもおにぎり、おにぎり。

私の記憶では、東京ディズニーランド開園当時、「園内で持ち込みの弁当を食べるのを禁止」というルールが、大いに物議を醸していたと思います。
(もっとはっきりいうと「なんだよ、気取りやがって」とか「食事すら金儲けの具にする商業主義」みたいな感じの批判だったかと^_^;)。
なお、この時代、「弁当屋チェーン」みたいなビジネスはさほど一般的ではなく。持ち込みのお弁当とは要するに家で作った「おにぎり+α」と考えて良いです。

検索したらディズニーランドには「ピクニックエリア」というのがあって、そこに行けば良いということのようですが。
当時のウワサ的には、そういう「救済策」もないような話だったような(すいません、開園前の計画時点から、ピクニックエリアがちゃんとあったのかどうかは、確認できませんでした)。
ともあれ、そういうことが大きく話題になるくらい、「お出かけと言えばお弁当(≒おにぎり)」が当時の常識だったわけです。

(参考)
《それまでのレジャー空間から見ると非常識な『決まりごと』があった。》

それどころか、2005年の「愛・地球博」(愛知県)、さらには2025年開催予定の「大阪・関西万博」ですら、そんな話題が。

近年では「どこに行くにもおにぎり」という行動様式は、だいぶ下火になってきたように思っていたのですが。
上の例などを見ると、全然そんなことはない(?)。

私個人は、別に「おにぎり」にさしたる思い入れもないのですが(ちょっとうんざり気味というのが正直なところ)。

それでも、この「昭和の遺風(?)」が、今後も残るのか、完全に廃れていくのかには、若干の興味あり、といったところです。


もし余力があったら、次回は「食事の分け合い(シェア)」のことなどを書いてみたいと考えています。

(付記)
アップロード後に見つけた動画を一つ、参考として。

私は思うのですが。
鉄道内の飲食の妥当性を判断する上で、その列車が特急か快速/普通か、ロングシートかクロスシートかというのは、「本来は」あまり本質的な話ではなく。どれだけの距離・時間を乗るのかの方が重要である「はず」だと思うのです。
人間の身体は「新幹線に2時間乗ったらお腹がすくが、在来線ならすかない」という風には出来ていないからです。

ロングシートの長距離電車というと静岡県が鉄道ファンには有名(?)なようですが。相互乗り入れが進む首都圏の電車も、大変に長距離なものが増えていると思います。その道中「一切の食事を許さず」というのは、やはり酷ではないかと思うわけです。
とは言え「ロングシートで食事をするのは、例え車内が混んでなくてもどこか気が引ける。体勢的にも食べづらいし。」という気がしてしまうのも、厄介な事実としてあるわけですが。


※トップ画像は「いらすとや」より。