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オリンピックは感染拡大の原因であって、原因ではない

東京での1日のコロナの感染者数が3000人を超えたという。オリンピック前から増加傾向は続いていたが、オリンピック期間中に過去最大の数値を記録したことになる。

最近、マスメディアやTwitterで取り立たされているのは「五輪のせいで感染拡大したか?」である。

とある選手の脱走や選手村とは違う場所のホテルにある国の選手団が滞在しているなど、バブルに穴が空いていることが報道された。バブル内の感染者数は3桁になっていることも追い討ちをかけて、五輪のせいで感染拡大していると言われている。

一方で、バブル内よりもバブルの外である都の感染者数がはるかに多いこと、オリンピック前から増加傾向であったことから、オリンピックは感染拡大に関係ないとも言われている。

この対立する意見、どちらが正しいのだろうか?

党派の問題

Twitterや新聞社の志向をみていると分かるが、五輪で感染拡大を訴えるものは反政権側に多く、五輪ととの感染者の急増が無関係であることを唱えるものは反野党側に多い。

一つの見方としては、五輪が感染拡大に影響しているのかの事実認定は自体はどうでもよく、相手側の主張の逆張りをしているだけなのかも知れない。いまのネットや言論空間の分断をよく示している。

交わらない論点

「五輪=感染拡大」派は、五輪によって国民の自粛気分が薄れた、政府の不作為によって政治への信頼が無くなっているなど、五輪が国民に与えた影響を語っている。

一方で、「五輪とは無関係」派は、バブル内の感染者数と都の感染者数の桁数の違い、オリンピックからまだ2週間経っていないことを理由にしており、議論は感染者数比較に絞られており、国民に与えた影響については触れられていない。(※後述)

前者は五輪の国民感情への影響を語り、後者は数値や直接的因果関係を語っている。
2つの立場は交わらないように見えるが、「五輪の中での人の動きは感染拡大に影響しないが、五輪が国民感情に気の緩みをもたらした」とすれば、議論の断絶は防げるように思う。

数字と感情と価値観

(※後述)について一部訂正する。「五輪は感染拡大に影響なし」派も実は国民の行動に触れている。曰く、我慢できずに外を出回っているのは、普段から我慢できないだけであって、テイよく五輪の開催のせいにしているだそうだ。ないしは五輪を政権批判の道具にしていると。

数値だけをみれば、五輪は都の感染拡大に影響はないかもしれない。増加傾向が始まったタイミングは五輪の前だから。

しかし、人間は数値だけで行動や思考を決めるのではない。価値観と感情によっても決定される。二つのうち前者は政権への批判的スタンスが、五輪を悪者にしたくなるのだろう。
後者は、五輪をやってるんだから自分も外に出てよいだろう、ずるいという感情が五輪への不信感を募らせるのだと考えている。

「五輪は無関係」派の主張のように、こうした感情や価値観を幼稚であると断じることはできなくはない。
しかし、仮に幼稚であったとしても一定数の人間はそう思ってしまうのが当然であると思う。

幼稚だと断じるならば、「五輪は無関係」派の主張も人の感情への視点が欠落しており、人間味にかけていると言い返すこともできる。

※※※

五輪が感染拡大に影響しているのかどうかは、表面上の言葉だけをみるのではなく、その裏にある党派性(ポジショントーク)や感情を見つめない限り、ずっと議論は分断されたままである。

そして、こうした主張の分断は五輪以外でも頻発しているのである。

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