お笑い番組にみる新しい空気

正月三が日も終わる深夜のこと、つけっぱなしにしていた番組で新しいコミュニケーションの形を見た気がした。

公式サイトによると番組のコンセプトは、「芸能人が“普段とは違う組み合わせ”で“初めてのこと”にチャレンジ!そんな計算が立たないロケ=“ウッチャン式”を内村らがスタジオで見守り、未知なる計算式の答えを探っていくドキュメントバラエティ」。

その組み合わせの1つに、エイトブリッジの別府ともひこさん、四千頭身の都築拓紀さん、ティモンディの高岸宏行さんの3人が集まるものがあった。全員ボケ役であり、ツッコミ役がいない組み合わせだ。
都築さんが街ブラをやってみたいとのことで、ロケに出ることになった。

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都築さんがある肉屋さんの前で、「このお店はとても人気なんですよ。じゃあ次行きましょうか」とコメントだけでお店の紹介を終えて、店に入らずに素通りするボケをかますシーンがある。
通常であれば、「待て待て待てぃ!」とツッコミが入るところなのだが、残りの別府さんと高岸さんが(おそらく)天然であるため、「教えてくれてありがとう。勉強になりました」とボケ返しをした。

都築さんが「その反応ではなくてツッコミが欲しかった。店で買い物をしたかった」と指摘すると、別府さんは「店が混んでいるから僕が代わりに並んでおくよ」と返答し、高岸さんが「先輩(=別府さん)に並ばせるわけにいかないので、並びます」と応じて、互いに行列に並ぶのを譲り合っている。

都築さんが並ぼうとすると「都築さんは街ブラするのが夢だったので、並ばせるのは忍びない」と残りの2人が止めに入る。都築さん的にはダチョウ倶楽部の「どうぞどうぞ」をしたかったみたいだが、このお笑いの定石は潰されてしまった。

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まとめると、都築さんの計算のボケを天然のボケが殺したということになるのだが、このやりとりを見ていて感じたことがある。

天然ボケの力が強いと優しい世界になる

都築さんのボケやコメントに対して、別府さんと高岸さんがツッコむことなく、むしろフォローや優しい言葉をかけてしまうので、誰も否定されない優しい世界が形成されていた。

正解となる受け答えがあって、それに則っていないと笑いを分かっていないと注意をされるというのが、ここ20年ほどのバラエティのお作法だったと記憶しているが、ボケを受けてそれを優しく受け止めてしまうというのも1つの笑いとして成立している時代なのだと感じた。

ツッコミが視聴者に委ねられている

この街ブラにツッコミがいない or 機能していないかというと実はそうではなく、この番組の視聴者(とロケを見ているスタジオメンバー)がツッコミを入れることでオチがつく。
これまで見てきたバラエティ番組で覚えた定石・公式とすり合わせながら、ボケ倒しのロケを視聴者がツッコむことができるのである。

ボケとツッコミが同じ場所にいて、そこで行われる計算されたやり取りは1つの完成した世界であるが、視聴者と番組の距離は隔絶している。
しかし、ツッコミが不在で視聴者がツッコミをいれる立場になると、視聴者と番組の間につながりが生まれる。

もっと言えば、別にツッコミをいれなくても構わない。ボケに対して優しく or ポジティブに返す様子をみて、「この時にこういう気遣いをすればいいのか」や「その角度で褒めるのか」という感想を持つことも自由であり、明確な正解というものは存在していない。

笑いの空気と世間の空気

ロケをみたスタジオのウッチャンは「どんなロケも高岸が来たら×0になる」と評した。
確かにバラエティでよくある流れを全て無にする高岸さんは×0の存在なのかもしれない。

バラエティはいまの世間の当たり前とズレを浮き彫りにしやすいコンテンツだ。かつてはお決まりの作法に則っていないと、つまりは空気が読めないとツッコミないしは番組MCの注意が入ったものだが、ここ数年はボケ倒しが成り立つようになった。

必ずしも笑いが求められない日常生活を考えても、他者への批判や指摘は好まれず、べき論には反感を買いやすくなったように思う。常道や常識を要求する人は内容が正しいとしても、そのトーンによっては問題視される。
それよりは、自分自身がどうしたいのか、人の指摘をする前に自分の資質を活かすことが求められている。

今の時代はちょうど、そうであるべき論とどうありたいか論の狭間に位置しているように思う。
ただ、どうありたいか論にも弱点はあって、特にSNSでは自身の理想や信条を追うあまり、それに立ち入ろうとする者との間に、つまり価値観が違うもの同士の間に分断が起きている。

そうであるべき論もどうあいたいか論も超えるヒントを、このウッチャン式の街ブラロケで見れたように思う。
相手を自分の理想に引き込もうとしないこと、違う価値観を褒めること、指摘をされても穏やかに笑えるテンションを保つこと。
最後がなかなか難しいが、これらが実践できれば、批判や常識の押し付けが減って、生きやすい社会になるんじゃないかと思った正月だった。

お金を稼ぐということが大変だということを最近実感しています。サポートいただけると幸いです。