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そんな時もあった現27歳

三年前、多分だけど適応障害になりかけた?か、なってた時期があって、1年間たたない内に5キロ痩せた。
その時は職場の給食が気分的にどうしても口に入れたくなくて、気持ち的に無理して身を置いていた私の体が、心を守ろうと抵抗している感覚だった。(おらー!!もうこれ以上負担かけるなー!!みたいな)

そんな時期のピーク中のピークを超え始めた頃にFacebookにつらつら書いていた文章があるので、自己紹介兼ねてこちらにも😥



2020、初詣で大吉をひき、転職もして三年目を迎えて
よし!を意気込んで仕事守りも買ったけど
自分の言動全てに自信を無くして6キロ痩せた今年。笑

新型コロナで、自分の仕事にはそれほど影響ないものの、今までと違う世間や、大好きなスポーツ観戦、音楽と触れる機会も無くなり。仕事も思うように、というか、自然に心を向けていた日々が、「強制」に感じてしまって嫌気がさして。ポーカーフェイスには自信があったけれど、職場でも感情が我慢できずになってしまったり。

自分が自分じゃなくなって、嫌になって、生まれて初めて死んだら本当に楽なんだろうなーとも思ったりもしたし、この時期はB'zの歌でさえ鬱陶しくて聴かなかったし、何も楽しいと思えず、職場の給食も一切食べたくなくて食べてなかった。

選んだ道、でも、いままで没頭してきた「好き」とは違う感覚。好きなんだけど、「やりたいこと」とは違う。そのもやつきがどうにも引っかかり、頑張りきれず、嫌になる。

身を置いている環境は本当に素晴らしいものだし、やっていることも心から信じられるんだけど、そんな環境で、こんな個人的なもやつきを持ちながら働いている事も申し訳なくなったりもして、成長したいって気持ちが保てなくなった。帰り道、毎日バイクで泣きながら帰ったりもした。

自分でここまで落ちたのも、昔からある、「自分はこうでなきゃいけない」「こうありたい」っていう自然と考えてしまってた理想のせいだったのかな。

どの学生時代も、好きなことには没頭して熱を注いで
その姿を見てくれて認めてくれる人が必ずいた。
でも、その認められていた姿以外の自分を、自分自身が受け止めてあげられてなかったんだろうなあ。

そんな時期、ご飯に誘ってくれる友達がいたり、実家暮らしに戻って、毎晩食べられるようなご飯を作ってくれる母がいたり、連絡取るだけで元気が出る姉がいたり、全て、「いいんだよー」と受け止めてくれる彼氏がいたり。
周りの人たちの繋がりで、今やっと客観的に自分を見られるようになった。

いいんだよね、ほんと。出せるだけの力だけでいいし。それ以上の事は、できなかったらそれはそれで。
「理想」と考えるとやっぱり今の自分とは遠いんだけど。


2020、もちろんいろんな人たちのおかげで、楽しい時間もありました☺️そして、きっと今までさりげなく目を背けていた自分にも、向き合えた年になりました。
昔の私も、確かに私だったんだし😌そこは自信にして。今は今で、ありのままで過ごせるようになりそうな自分も、受け止められるように。
来年は自分に素直にズバズバ生きたいなあ。
まとまりのない文だけど、記録として。

・・・と、いう事なのでした。

〜完〜

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