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【ショートショート】真夜中のブランコ

ぎぃ…ぎぃ…

(何か、軋む音がする…)

ゆっくりと意識が覚醒し、重い瞼を押し上げた。

身体が重い。
頭が痛い。

「うっ…」

声が掠れた。

(ここは…?)

暗い。
空が見えた。
木々の間に光る点が見える。

(星…?)

都会の星が、まばらに見えた。
木々の間から…

(外…?)

どうしたんだっけ?

記憶を掘り起こす。

(そうだ…酔っぱらって休んでたんだ…)

繁華街から少し離れた場所にあった公園。
足元が覚束無いほど酔いが回ってきて、公園のベンチで休もうと…

(寝ちゃった…?)

見ると、自分が横になっているのは、公園に設置されている背もたれのあるベンチ。

(やっちゃった~)

いくら泥酔していたとはいえ、うら若き花の乙女が公園のベンチで寝てしまうとは…

いや、
若くないか…
もうすぐ三十路。

(ほっとけ…)

一人、毒づいて額に手を当てる。

今日の事を思い返す。
大きなため息をついた。

やけ酒だった。

指に嵌めていた金属の輪っかを外して、男の顔に投げつけたことを思い出した。

(何年付き合ったと思ってんだ…)

じんわり
目尻から涙が滲んだ。


ぎぃ…

また、聞こえた。

目が覚めた原因の音。
金属の軋む音。

横になったまま、顔を傾ける。

少し離れた所にブランコがあった。

全部で4台。
2台づつの括りで横並びになっている。

真ん中の一台だけが、揺れていた。

誰もいないのに…

頭がマヒして、物事がちゃんと考えられない。

4台あるブランコの一台だけが揺れている。

風…?

は、吹いていない。

蒸し暑い夏の夜。公園の時計は深夜二時を指している。

(草木も眠る丑三つ時…)


ーゾクリとした。

ベンチの背もたれに腕をかけて、ゆっくりと体を起こす。

座る体制を取ると、改めて周りを見回した。

知らない公園だった。

何処にでもあるような小さな公園。

正面にブランコ。
真ん中に時計。
右手に滑り台。
左手に砂場。

遊具はそんなものしかなかった。

道を挟んで住宅が並んでいる。
初めてきた場所だったので、どの辺にいるのかわからない。

(大きい道路に出れば、タクシーぐらい見つかるよね…)


ブランコと睨めっこしながら、その場を離れようとした。
立ち上がろうとした時、

「おう、姉ちゃん。起きたのか?」

声を掛けられた。


振り向くと、路上生活者っぽいオジサンがベンチの後ろに立っていた。


全身から冷や汗が溢れた。

深夜。人気のない公園。見知らぬ親父。

迂闊な自分の行動に、初めて後悔した。

正直、勝手に揺れてるブランコより、こんな場所でこんな時間に、生身の男に出会うほうがよっぽど怖い。


「………。」

声も出ない。
ここは、住宅街。
叫べば誰か…


「おめ、女なんだからベンチで寝るなんて危ねぇよ。」

世の中には怖い奴がいっぱいいるんだからな…

オジサンは説教を始めた。


どうやら悪い人ではなさそうだ…


「…すいません。酔ってしまって…」

「あ~、男に振られたんだってなぁ~」

(え?)

驚いて顔を上げた。
オジサンの顔をまじまじを見る。

なんで知ってるの?

「おめぇ、自分で言ってたじゃねえか。7年付き合ってきた男に、別の若い女が出来たんだろ?だから別れてくれって言われたそうじゃねぇか。」

(うそ!)

一気に顔に熱が上がった。

いつの間にそんな話したんだろう?
全く記憶にない!

いや、待てよ。

誰もいないと思って、一人でしゃべってたかも…

独り言…

(聞かれたー?!)

誰もいないと思ってたのに!
人気のない公園だったから。

(は、恥ずかしい~)

両手で顔を隠し、縮こまってしまった。
穴があったら入りたい。

「まあ、良かったじゃねぇか」


(え?)

良かった?何が?


オジサンを見る。

オジサンはベンチの後ろで腕を組みながら、偉そうな態度で見下ろしていた。

「いいか、おめぇ、まだ結婚してないんだろ?これが結婚してっと面倒なことになってたろ。」

(うっ、それは、そうだけど…)

「早めに分かって良かったじゃねえか。若い女に乗り換える奴だって…」

慰めになってないよ。

女は若くないと、価値がないみたい。
年齢はもう、どうしようもないじゃない。

「おっちゃんから見たら、おめぇ、十分若ぇぞ。だからな、こんなとこで寝てたら襲われるかもしれねぇんだぞ。」

いくら日本は安全だと言ってもな~

オジサンはコンコンと諭すように説教を始めた。


分かってますよ。飲まずにいられなかったんですよ。
一緒に過ごした年月が長い分、すっかり二人の未来を描いていたんです。
それが破れたんですよ。
また、新しく描く事なんて出来そうもないんですよ。

「ま、おっちゃんも偉そうな事言える立場じゃないけどな。何しろ姉ちゃんと同じ、酒で失敗した奴だからな…」

オジサンは腕組みをしたまま、うんうんを頷いて自分の反省をし始めた。

「今はもう、酒も飲めねぇからな~、酔っぱらってくだ巻く姉ちゃんが羨ましくて、思わず出てきちまったよ。」

(え?体でも壊したのかな?アルコールで…)

「今は想像できねぇだろうけど、何とかなるって。だっておめぇはよ、時間があるだろ?そのうちに時間が解決してくれるって!」

いいなぁ~

オジサンは無精ひげの生えた顎を擦りながら、ニヤリと笑った。

「酔いつぶれて公園で野宿できる度胸があるんだ。何でもできるだろ。おめぇなら」

(余計なお世話だー!)

でも、確かに、そう言われるとそんな気もしてくる。

全部を忘れる事なんて不可能だけど…
思い出が何度も苦しめるだろうけど…

それでも、やっていくしかないもんね。

(ま、結婚してから浮気されるよりマシか…)

式場まで探してたけどな…
友人にも話してたけどな…

(チッ!)
舌打ちしながらも、少しスッキリした気分になった。

おっちゃんの言う通り、時間が解決してくれるよね?

これから先、人を愛せるかわからないけど、今度はもっと違う人間関係の繋がり方を求めるだろう…


「あ、あの、すみませんでした。」

立ち上がると、オジサンに頭を下げた。

「恥ずかしいところお見せしちゃって…、もう、大丈夫です。私帰りますね。」

「おう、そうしな。あっち、道向こうに青い街灯があるだろ?あの方向に行けばタクシー拾えると思うぜ。」

オジサンはニカッと笑うと、街灯の方を指さした。

頭を下げて、その方向へ向かう。


ふと、ブランコを見ると、揺れが止っていた。

そういえば、さっきのブランコは何だったんだろう。

公園を出てから、ふと、後ろを振り返った。

さっきのオジサンが、ブランコに座っている。

ぎぃ…ぎぃ…

ブランコを揺らしていた。

寂しそうな背中が見えた。


と、
オジサンが見えなくなった。

急に見えなくなった。

目を擦ってみた。

でも、ブランコは揺れていた。


慌てて前を向く。急ぎ足でその場を離れた。


翌朝。

昼過ぎに目を覚ました。

自宅の布団の上で、カーテンも閉めずに寝てしまっていたため、日差しに起こされた。

昨夜の出来事を思い出した。


夢だったのだろうか…

いや、待てよ。

あのオジサンいつからいたんだ?


え?待って?
足、あったっけ?

今になって、背中にゾクゾクした感覚が襲ってきた。

え、見ちゃった?
もしかして、ゆーれい⁈

そこで昨日の会話を思い出す。

<時間があるだろ?>

あれって、そういう意味?


オジサンに何があったのかはわからない。でも、

(いいなぁ~って、言ってた…)

まだ生きたかったよね。
時間
欲しかったよね…


「ん?ちょっと待てよ!」
(じゃあ、もしかして、わたし!)

「ゆーれいに同情された~⁉」


あのオジサン、お酒で失敗したって言ってた。
その人に哀れに思われたのか?
あまりに情けなくて、ほっとけなかったのか?

「く…屈辱…」

両手で顔を覆い、天を仰いだ。
正直、浮気された事より屈辱だ!

(ちくしょー)

しょうがない。
今度、あの公園に、ビールでも持って行ってやるか。

Henryk NiestrójによるPixabayからの画像

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