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おとめ座銀河団行きキャンディートラック

「不思議で美味しい、宇宙味キャンディーはいかがですか?」

寒空に小さく響き渡る「浦島太郎」のメロディーを俯きながら聞いていると、懐かしいセリフも聞こえてきて、はっと顔を上げた。

周囲を見渡す。平日、お昼時前の微妙な時間帯。良い天気だが、広い公園にはほとんど人がいない。おかげですぐに、遠くにある紫と黄色の目立つ色彩の移動販売車を発見できた。


「いらっしゃいませ、宇宙味キャンディー、お一ついかがですか?」

移動販売車のカウンター近くで、腰を曲げて荒い呼吸を整える。久しぶりに、全力で走った。精神的に参って休職せざるを得なくなり、最近まで一日中家に籠っていた身には、かなりきつい。

子供の頃、秋と冬にだけ近所に来てくれていた移動販売車が、私は大好きだった。何となく「キャンディートラック」と呼んでいたが、正確な名前は憶えていない。

売っていたのは、棒の刺さった丸いキャンディーだけ。この、宇宙味キャンディーだけだった。

「はぁ……はぁ……あの、一つ、ください」

「ありがとうございます!一つ税込み二百円です」

急いで財布から硬貨を二枚出して、カウンターの上の台に乗せる。

「はい、ちょうどお預かりします。どうぞ。上のカバーを取ってお召し上がりください」

「……どうも」

二十代くらいの若い女性が、生き生きとした笑顔でキャンディーを手渡してくれた。

透明なフィルムのようなものを剥がし、見事に丸い宇宙味キャンディーを観察して、記憶と照らし合わせる。全体的に黒に近い、深い紺色の丸い飴玉の中には、青味がかった白色や銀色、金色の大小様々な粒、淡い七色の雲の渦がぎっしりと詰め込まれていた。

昔の記憶とそっくり同じ。銀河や星が閉じ込められているような飴。

では、味はどうか。確か、食べる人によって味が変わる。それで評判になり、テレビの取材も来たほどだ。

少し緊張しながら、ぺろりと舐めてみる。クリーミーで甘いけれど、香ばしいような、苦いような風味がある。ああ、キャラメル味だ。あれ?昔は爽やかなサイダーのような味だったはず。

「ちょっと不思議な味でしょう?お口に合いましたか?」

キャンディートラックのお姉さんに突然声をかけられ、慌てて舌を引っ込める。

「ああ、美味しいです。子供の頃大好きで、よく食べたんです。見た目はあの頃と変らない。味は少し違うけど、美味しいです」

お姉さんは安心したような笑顔で胸に手を当てた。

「良かったです。難しい顔されてたから、心配になっちゃって。長い間、覚えていてくださったんですね。ありがとうございます。キャンディートラック屋冥利に尽きます」

「いえ、こちらこそ。また食べられて感動です。小学生になった頃にぱったり見かけなくなってしまって、気になってて。あの、店主さんは何代目なんですか?」

「?地球での移動販売は私が始めました。宇宙キャンディーを考案したのは父でして。本店はシャプレー超銀河団の中の星にあります。おとめ座銀河団の中の天の川銀河、さらにその中の太陽系の第三惑星、つまりこの地球ですね。この星にも、甘いものを愛する人がたくさんいると聞きまして、父を説得して許可を貰ったんです」

朗らかに笑っているお姉さんが、冗談を言っているようには見えない。しかし、冗談としか思えない話だ。銀河団?この若いお姉さんが初代?そんな、馬鹿な。

「ああ、ごめんなさい。言い忘れてました。私は異星人でして、地球の人より歳を取る速度が遅いのです。この『おとめ座銀河団行きキャンディートラック』は、宇宙船でもありまして。水陸両用車、みたいな」

「……その、本店のある銀河団にも、このトラックで時々戻られてるんですか?」

「ええ。夕方に営業を終えたら、急いで帰ります。帰ったら帳簿を付けたり、翌日の分のキャンディーを用意したり……。朝早く出ないといけないし、大変ですけど、地球上のあらゆる場所に行けて楽しいですし、また来てなんて言われると、本当に嬉しくて」

混乱でパンク寸前の頭を振り払い、最も気になっていたことを聞いてみる。

「……あの、宇宙キャンディーって食べる人によって味が変わりますよね?子供の頃に食べた時は、サイダーの味がしたと思うんですが、今食べたらキャラメルの味がしたんです。あの、これは……」

「宇宙キャンディーには、凝縮された宇宙の時空がほんの少し入っています。それで、食べる人が過ごした時間の長さによっても、味が変化するのです。危険なことではないので、安心してください。確かに地球で生きていた、ということです」

お姉さんの言葉を反芻しながら、宇宙キャンディーを日に透かして眺めた。小さい飴の宇宙の中には、確かに星と銀河が存在していた。


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