舞う紙片と歌う
気づいた時には遅かった。年季の入ったシュレッダーは、友人からの手紙を8割ほど食べ尽くしていた。すぐに中身を取り出して手紙の紙片を探すが、処分した書類の紙片と混ざり合ってしまっていて簡単には探し出せそうにない。
泣きたい気持ちを抑えて新聞紙を広げ、シュレッダーの紙くずをぶちまけた。ちまちまと手紙の紙片らしきものを摘まんでいく。
そそっかしい自分が嫌になる。大切な友人からの手紙だったのに。数年前までフリーのシンガーソングライターだった友人は、夏と冬に必ず手紙をくれた。その手紙の後半にはいつも詩のような、歌の歌詞のようなものが添えられていて、私はそれを読むのが楽しみだったのだ。
感想と近況を報告するために返事を書いて、また友人から手紙が来て。永遠に続く文通だと思っていたが、友人は喉の病にかかってしまい、シンガーソングライターを引退せざるを得なくなった。
引退した直後の友人はかなり落ち込んでいて、とても心配だった。電話越しに友人の泣き声を聞きながら、私は何もできなくて。しかし1日、1週間、1ヶ月、1年と時間が過ぎていくと友人は少しずつ元気を取り戻していった。
最近は楽器店でアルバイトを始めたらしい。電話から聞こえる明るい声に心底ほっとして、ほんの少し寂しくなった。友人の歌う姿が大好きだった。祈るような儚い歌い方で、燃え盛る情熱を伝えようとする姿に心が震えた。また歌ってほしい。けれど、やっと塞がり始めた心の傷を刺激したくなくて言えない。
少し集まった紙片をジグソーパズルのように並べていく。すぐに目が疲れて、ちらりと部屋の隅を見た。埃をかぶったギターケースが立てかけてある。
実は友人に内緒で、ギターを買って練習していた。あの手紙の歌詞にメロディを付けてみたくて。そして上手く弾けるようになったら、友人と一緒に弾き語りしてみたかった。
友人の喉の病が発覚したのは、やっとコードというものを覚えてメロディが形になってきた頃だった。それ以降はどんどんギターから遠ざかって、今ではギターケースは部屋のオブジェと化している。
頭を振って、手紙のジグソーパズルに集中する。次々と小さな紙片を持ち替えてみるが、どこがどう繋がっているのか分からない。目が疲れてきた。少し休憩しよう。
眼鏡を外して顔を手で覆った時だった。かすかに誰かの歌う声が聞こえる。隣の人だろうか。いや、かなり近くから聞こえる。思わず立ち上がって部屋中を歩き回る。やっぱり部屋の中から聞こえるような……ぞっとして椅子に座り直して耳を澄ませてみると、鼻歌の発信源が分かった。シュレッダーだ。
シュレッダーに耳を当ててみると、聞き覚えのある歌詞が聞こえてきた。今さっき間違えて入れてしまった友人の手紙に書いてあった歌詞だ。困惑していると、歌声は止んで中性的な声が聞こえてきた。
「おや、聞こえているとは驚きました。こんばんは。私はあなたのシュレッダー。今までたっぷり食べさせてもらった紙に染みこんだ言葉を覚えて、ついに歌えるようになりました。ありがとう」
「え、ああ、どういたしまして……」
なんとなく返事をしてしまった。またシュレッダーは歌い始めた。なんだこれは。私は夢を見ているのだろうか。眼鏡をもう一度かけてみるが、シュレッダーはやはり楽しそうに歌っている。
窓に目を向ければ、もう太陽が落ちつつあった。薄暗くなる部屋の中で、かすかに響く歌声。電気を点けてはもったいない気がして、そのままシュレッダーに耳を澄ませた。
伸びやかなメロディが透明な歌詞とよく調和している。ああ、こんなメロディを弾いてみたかったのだ。私のギターの音色に、あの子の美しい歌声が重なって。どんなに素敵だろう。知らない間に涙がにじんでくる。
「シュレッダー君、私も一緒に歌ってもいい?ギター演奏付きで」
「おお!どうぞどうぞ!あなたと歌えるなんて夢のようだ」
急いでギターケースからギターを取り出して、椅子に座って構える。こんなだったっけ?ちょっと足の組み方で迷ったが、なんとか安定した。弦の音を調整して準備オッケー。
「お待たせしました。いつでもいいよ、シュレッダー君」
「はい。では歌わせていただきます」
最初はアカペラ。シュレッダー君の声に自分の声を薄く重ねる。良い感じ。メロディが盛り上がる所でギターを小さく弾き鳴らす。コードを鳴らしてみるが、少し失敗した。でも気にしない。歌は続くのだ。
転調する所でギターを細かく弾いてみる。和音を1つずつ祈るように鳴らす。小さく小さく、私とシュレッダー君にだけ聞こえるように。薄闇の中での内緒話のような合奏は、あっという間に終わってしまった。
「ふふふ、楽しい。こんなに楽しいの久しぶりだよ。ありがとうねシュレッダー君」
「こちらこそ。素晴らしい時間でした。ああ、もっともっと歌いたい。私は歌うシュレッダーになりたく存じます」
「歌うシュレッダーか……。いいね。好きな時に歌っていいよ。ああ、でも声量は抑え気味でお願いします」
「了解しました」
また控えめな歌声が響き始める。友人が家に遊びにきたら、シュレッダー君との合奏を聞かせよう。驚くだろう。不器用な私がギターを弾いていて、シュレッダーが歌うのだから。楽しく歌って弾いてみれば、友人はまた歌ってくれる気がする。
「またギターの練習しなくちゃ」
歌声に合わせて弦を弾く。楽しい歌は終わらないのだ。
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