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溶け落ちた佐波理のコイン

くすんだ黄金色のコインを、夢中になって観察する。

表側には、細かい幾何学模様と謎の象形文字が全体にあしらわれている。裏側には、見たことの無い造幣局の印。密集する枝のマークが大きく彫り込まれている。所々に小さい幾何学模様も。

骨董品鑑定士であり、古いコインのコレクターである私は、あらゆる国の造幣局の古い印を覚えている。しかし、こんな印は初めて見た。

コインを色々な角度から見る。コイン全体に緑や赤、青といった色彩が、ほんの微かに現れた。左側に傾けた時、全体に広がる淡い紫色は、特に美しい。

おそらく、銅とすず、鉛を合わせた金属。「佐波理さはり」と呼ばれる金属だ。とても質が良い。ただの悪戯で作ったコインとは思えない。


目が痛い。瞬きを忘れていた。ゴーグル型ルーペを外す。パチパチと目蓋を開け閉めする。壁掛け時計で時間を確認した。もう午後4時。昨日道で拾ったコインの観察に夢中になって、昼食を忘れていたようだ。

そういえば、お腹が空いている。少し早いが、もう店を閉めよう。どうせ、お客さんは来ないだろう。

祖父の代から受け継いできた骨董屋。貴重だが一向に売れない品物たちに囲まれながら店番をし、時々常連さんから頼まれる骨董品の鑑定に勤しむ。そんなに、悪くない生活だと思う。小さい不安はあるけれど。

ガラガラと大きく重い戸を引っ張って閉める。自室に戻り、小さいテレビをつけた。

「8年前からお伝えしておりました、星が溶ける瞬間がついに1週間後に迫っています。地球近くの衛星が、たった数十分で溶けて消えるのです。この現象は歴史上初めてのことで、しかも特定の場所では肉眼でも観測可能ということから、世界中の天文学者たち、天文ファンが注目しています」

ああ、あの銀色の星。もう来週か。この国からは特によく見えるらしく、歴史的な瞬間をしっかり記録、鑑賞するため、豪華な観測用の塔が造られた。あまり星に興味は無いが、この星だけは、やはり気になる。

「来週の夜、溶ける瞬間を観測されるのは、地球の近くにある、この『ZJ85』という星です」

突然、あのコインが映し出された。

「今現在の、『ZJ85』の映像です。この星の表面の色は、凄まじい勢いで変化しており、今はこのような色になっているそうです。綺麗ですね」

コインを手に取り、テレビに映っている星とコインを何度も見比べる。宇宙空間で様々な色をまといながら回転している球体と、手の中にある謎のコインはそっくりだった。




到着した塔の最上階にはドーム型の観測室があり、大きな望遠鏡が放射状に並んでいた。

降り注いでくる大量の雨粒。透明なドーム状の天井からは、雨雲しか見えない。集まった多くの人々は、どんよりした雰囲気で空を見上げている。

知り合いに片っ端から連絡して頼み込み、知り合いの親戚の知り合いから、奇跡的に譲ってもらえた入場チケットが無駄になるとは。私も、忌々しい雨雲を見上げ続けた。


夜が更けてきても、雨は止まない。小さい雷も落ちてきた。観測予定時刻まで、あと数時間しかない。もう絶望的だ。塔を降りる人も出てきた。

私も、降りようとエレベーターの列に並んだ時、空が激しく光った。息を呑む声が響く。また、光った。空が光っているのではない。電流の軌跡が、ドーム状の天井全体を覆っている。

枝のような、血管のような、複雑に分岐する白い閃光の筋が現れては消える。光の筋は、淡い紫色を残す。握っていたコインを掲げてみる。佐波理の紫だ。

「セントエルモの火……」

隣の女性の呟きで、思い出す。雷雨で大気中に流れ出た電気が、尖っている物体を光らせる現象。セントエルモの火。塔の先端が、セントエルモの火に包まれているのだ。

不思議な光の現象が数分間続いた後、空の雨雲が左右に割れていった。呆然とする人たちの間をすり抜けて、望遠鏡を覗き込む。

あの佐波理の星が、はっきり見える。輪郭が激しく波打っていた。本当に、溶けている。星が、燃やされている。

望遠鏡から顔を上げて、再びコインを掲げた。コインの向こうには、夜空に際立つ白い点。まさに今、溶けている星だ。この佐波理のコインは、あの星の落とし物なのだろうか。



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