枯れ木に虹のオリジンを
「一、十、百、千、万、……万?」
ずらりと横に並ぶゼロ。思わず口に出して桁数を数えてしまった。目の前に塔のようにそびえる大樹を見上げる。もう一度、プレートに記された数字の桁数を数える。やっぱり桁は「万」だ。樹齢1万年と書いてある。
「やはは、ご長寿な木でしょう。わが国が誇る、世界最古の樹齢の大樹です。氷河期が終わった後すぐに根を伸ばし始めて、今日まで生き永らえてきたのです」
私の横にいた初老の男性が、穏やかに話しかけてきた。深緑色のスーツがよく似合っている。
「氷河期の終わりから……そんなに長く生きてるなんて想像もできません」
「ははは、そうでしょうとも、お若い旅人さん。あなたの親くらいの年齢の私ですら、まったく想像できません。人間には理解できない、大きな時の流れの中で生きてるのでしょうな。でもいつかこの大樹も枯れる時がくる。そしてまた、始まりに戻るのです」
後ろからサイレンのような音が聞こえてきた。振り向いて国立公園の入り口の方をよく見ると、黒いスーツ姿の人たちの集団がなだれ込んできていた。
「おお、もう迎えが来てしまった。また皆を心配させてしまったようだ。少し息抜きで散歩してただけなんですがね。やっと旅人さんに出会えたのに残念です。そうだ、これをどうぞ。これをフロント係に見せれば、どのホテルにも無料で泊まれますよ。出国の際は出国検査場に預けてもらえると助かります」
片手に乗せられたのは直径5cmほどの銀のメダル。色とりどりの小さい宝石が散りばめられている。絶対、大量生産品ではない。一気に焦った。
「え、あのこれ、大切なも」
「「「大統領!」」」
私の困惑する声は、近寄ってきた黒服の集団たちにかき消された。特に屈強な体つきの黒服の男性が、私のすぐ目の前で仁王立ちする。睨まれて縮こまった。
「これ、止めなさい。その人は私の話し相手になってくれた旅人さんだ。失礼しました旅人さん。申し訳ない。好きなだけ国の中を見て回ってみてください。また会えたら今度はもっとゆっくり話しましょう」
男性は黒服の集団にさらわれるように去っていった。私の前に立ちはだかっていた黒服の人は、私に深々とお辞儀をして、その集団の中に戻っていった。
ずっと担いでいた特大リュックを絨毯の上に置く。そしてすぐに、高級ダブルベッドの上に寝ころんだ。こんな豪華な部屋に本当にタダで泊まれてしまった。
あの紳士は正真正銘、この国の大統領だったのだ。握っている銀のメダルを眺める。まだ驚きで手が震えている。幸運を使い果たしてしまったのではないかと、ちょっと心配だ。
滞在3日目。入国初日に見たあの大樹が忘れられず、また国立公園に戻ってきた。あの大樹までのルートを早足で進む。大樹の周辺は人でいっぱいだった。いつもたくさんの人で賑わっているが、今日はなんだか雰囲気が変だ。みんな不安そうな表情をしている。涙ぐんでいる人もいた。
「あの、どうしたんですか?私は旅人で、よく分からなくて」
「ああ、さっきね、下の枝の葉が一気に落ちてしまったの。この木は常緑樹だから、こんなことあるわけないのよ。こんなに大量に、一瞬で葉が落ちるなんて初めてのことだから大騒ぎになって……大丈夫かしら……」
両手を祈るように握っているお婆さんは、心配そうに樹木を見つめたまま教えてくれた。確かに緑色の葉が地面にたくさん落ちている。まるで緑色の絨毯のようだ。
ガサガサガサガサ
葉と葉が擦れ合うような音が鳴り響いたと思ったら、地面が揺れ始めた。
「みんな危ないぞ!離れて!」
誰かの警告の声に従って、急いで大樹から離れる。走りながら振り返ってみれば、大樹は震えながら葉を落としていた。大地に血管のように広がっている根は低い音を立てて蠢き、どんどん木の幹のほうに引き寄せられている。
ほんの数分で根が剥きだしの枯れ木になった大樹は、発光しながら急激に縮小していった。もう何の音もしない。誰も、何も言わない。私は大樹のあった場所に這うように近づいた。
跡形もなく大樹が消えていた。地面の上にあるのは、淡く七色に光る小さな何かだけ。恐る恐る近づいて、それを手に取った。アーモンドのような形をしている。少し温かい。あの大樹が残した種なのだろう。
"始まりに戻るのです"
なんとなく、あの大統領の言葉を思い出していた。
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