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プレーリードッグ、入り口出口、夢のあと

小さい揺れに身を任せながら、煌びやかな夜空を眺める。

夜遅くに乗る電車が、結構好きだ。心地よさそうに眠っている数少ない乗客と、美しい夜景。落ち着く。星や満月が窓からよく見える時は、ずっと乗っていたいとさえ思う。

流れ星が見えた。ゲームクリエイターになれますようにと、何度祈っただろうか。いつまでも、何度もしつこく頼む私にうんざりしたのか、流れ星は数ヶ月前にとうとう、願いを叶えてくれた。

しかし、夢が現実になれば、夢が無くなるという当然のことに、私は気付かなかった。

職場では、ひたすら液晶画面に英数字と記号の呪文を打ち込んでいる。呪文を間違えていなければ、ゲームのシステムやキャラクターは思った通りに動いてくれる。そのことに、達成感と喜びを覚えるのは確かだ。

しかし、それは長続きしない。ジェットコースターのように、上昇した分だけ急落する精神状態。原因は分かっている。目標の無い日々に、私は打ちのめされつつあるのだ。

大きな夢を追うこと自体に、私は依存しきっていた。掴まっていた太い支柱が突然無くなって、自重を支えられずに倒れていく植物。今の私は、まさにそれだ。

今日は、手強いバグの修正作業ばかりで、疲れた。凄まじい眠気。夜景と夜空の鑑賞は諦めて、目を閉じる。



膝が温かい。湯たんぽを乗せているような。何かが、膝の上で動く感触。ん?薄目で、膝を確認する。

「うわあぁ!」

人生で一番のスピードで立ち上がる。いつの間にか膝に乗っていた小動物が、床に転がり落ちた。ピャッという鋭い鳴き声を発した茶色い小動物は、すぐに体勢を整え、毛繕いを始めた。

よく見ると、見覚えがある。体長30cmくらい。丸々とした体つき。リスのような顔。後ろ足だけで、まっすぐに立ち上がる独特の仕草。

プレーリードッグ。今、制作に携わっているゲームの、マスコットキャラクターのモデルとなった動物。心臓がバクバクと動く。見回せば、乗客が皆、プレーリードッグになっていた。後ろ足を投げ出して座り、すやすやと眠っている。

「……もし、人間さん」

床で毛繕いをしていたプレーリードッグが、すくっと立ち上がり、私に話しかけてくる。ああ、疲れているんだ。家に帰ったら、しっかり寝よう。

「あんまりではないですか。うなされていらっしゃったから、起こして差し上げようと思ったのですよ」

ご立腹な様子のプレーリードッグが、また言葉を発し、最後にピィッと鋭く鳴いた。

「……ごめん、なさい……本当に……あの、びっくりして……これ……どういう、ことなんですか……」

何とか言葉を絞り出しながら、窓の外を確認する。夜空も夜景も見えない。左から右へ流れていく土の壁の景色。炭鉱の中の線路を走っている?

「この電車は、地下に向かうのです。ひたすら。僕たちは掘るのが得意ですから、いつでも出口を作れます。だから、安心して乗れるのです。ほら」

プレーリードッグが腕を上げて示した方向を見る。1匹のプレーリードッグが、床に飛び降りて、床を彫る仕草をした。途端に、床に小さい光の輪が現れた。そのプレーリードッグは輪の中に飛び込み、光の輪と共に消えた。

ますます、混乱する。

「人間をこの電車で見たのは初めてです。びっくりです。人間も、出口を作れるのですか?それか、出口をお持ちで?」

「たぶん、……無理です……持ってないです」覚めろ、覚めろと念じる。早く家に帰りたい。

「んー、そうですか。次にこの電車が地上に出るのは、100年後です。そもそも、この電車は止まりませんし。乗客が自分で降りなくてはいけないのです」

絶望的なことを平然と言ってのけたプレーリードッグは、片手を口元に当てた。

「お困りでしょう。私が、あなたの出口を作りましょうか」

「え、そうしてもらえると、とっても、助かります。いいんですか?」

「いいですとも。お安い御用です。ではさっそく。あなたは、出口の先の光景を強くイメージしてください」

プレーリードッグが、前足で必死に床を掘り始めた。目を閉じて、人間のいる深夜の電車の中を想像する。また、強い眠気がやってきた。

”今度は、人間用の出口を用意してから乗車してくださいね。入口を潜ったら、必ず出口を通らないといけません。次の入り口を見つけられなくなってしまうから”

プレーリードッグの囁きが、聞こえる。




はっと目が覚めた。席に座って寝ていたプレーリードッグたちは、安らかに眠っている老若男女に戻っていた。

入口を潜ったら、出口を通る。次の入り口を潜るために。なるほど。まさかプレーリードッグから人生哲学を教わるとは。可笑しくて、小さく吹き出した。明日から、夢の出口と入り口を探さなくては。とりあえず、出口だ。

電車が減速していく感覚。そろそろ、降りる駅だ。お決まりのアナウンスが始まる。

「次は―、入手口いりでぐち駅ー、入手口いりでぐち駅ー」


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