西の脳の庭
名も知らない花の苗を植え、枯葉を除去し、樹木の健康を確認して回る。広大な庭園の中での作業は、いつまでも続く。立派な樹木に片手を当てながら空を見上げた。空はいつでも茜色だ。
時々、枯れかけた大樹の植え替えも行う。そんな時は、無数にいる仲間が手を貸してくれる。顔も性格も似通っている仲間たちの息はぴったりだ。
しかし、常に淡々と作業を進め、速やかに解散する。普段も必要最低限の交流しかしないので、お互いの情報は一切知らない。
少し前から、私は妙な感覚になることが増えた。身体の奥深くで、何かがすくすくと育っているような感覚。
時折、空の赤をじっと見ていると、何か重大なミスをしている気分になる。
時には焦燥感が強まり、衝動的に空を青や灰色に塗りたくりたくなるのだ。
最初は恐れ戦いたものの、最近では何とも思わなくなった。しかしそれが、また怖いのだ。私が私と離れていくような気がする。
私の仕事は庭造り。空は永久に赤いもの。この場所と時間は永遠。目を閉じて、安心の呪文を繰り返す。何を言っているんだ、当然だろうと、誰かに言ってほしい。
「グリア439837番さん」
我に返って目を開ける。正面に深紅のシフォンドレスを着た女性が立っていた。私はその女性の腕を強く掴んでいる。
驚いて、すぐに腕を離した。女性は微笑みを少しも崩さず、庭を見渡す。
「あなたの触れた草木や花は、皆健康なサイクルを繰り返しています。素晴らしい。あなたは成し遂げました」
風が吹いて、庭中に咲いている大ぶりな赤い花から、キラキラと輝く粒子が放たれていく。その粒子は視界一杯に広がって、互いに呼応するように小さい火花を散らした。こんな光景は初めてだ。
「花粉です。しかし、花粉ではない」
「……それは、どういうことですか?あなたは誰です?なぜ、私の名を?」
女性は私の目を覗き込む。黒い瞳で、じっと。ああ、また、あの感覚が。左の頭が、痛い。
「もうあなたは理解しているはずです。私のこと以外は全て。いつから、なぜここに居て、何を創ってきたか。そして、ここがどのようば場所なのか、役目を終えた今のあなたが、なぜここから去らねばならないのか。もちろん、空が実は青にも灰色にも変化することを」
目の前の女性が、花粉の粒子に飲み込まれて消える。パチッという音がして、平衡感覚を完全に失った。言葉の羅列を囁く女性の声が、耳元で繰り返される。
「ヒトのDNAを忘れないでください。数ギガの約束です。そして、いつの日か、再会に歓喜しましょう。この左脳の外側の、不確かな世界で」
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