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砂塵の塔はラグランジュ点を通って

チン、という音がして、大きなエレベーターのスライドドアが開く。開いた瞬間に、大勢の人が乗り込んできた。作業服を着ている人が多い。ああ、私と同じ階で降りるのかもしれない。

「最上階ですか」

作業服姿の女性に、思わず話しかけてしまった。長いこと広いエレベーターに1人で乗っていたので、少し寂しくなっていた。

「ああ、ええ、そうなんです。塔の建設作業で。あなたも?」

「ええ、私はムーンヴィレッジの病院へお見舞いに。祖母にこれを届けようと思って」

トートバッグに収まっているリンゴを、ちらりと見せる。

「わ、美味しそうなリンゴ。おばあ様、きっと喜ばれるでしょうね。私の家族も皆、リンゴが好きで」

女性は微笑んでリンゴを見ている。穏やかな沈黙が流れる。エレベーターは、静かにマッハのスピードで、ぐんぐん上がっていく。


広大な砂漠で建設され始めた巨大な柱。その柱の中に人が移り住み、街が出来上がった。塔は空を突き抜けて宇宙に到達し、ついには月と連結した。月にもムーンヴィレッジという巨大な街を造り、さらに塔を月から果てしない虚空へと、伸ばそうとしている。

巨柱都市イラム計画だ。気候変動で人類が安全に住める場所が少なくなった地球で、人類が開始した壮大な生き残りプロジェクト。

まず、大きく頑丈な柱の土台を造り、ひたすら塔を上に伸ばしていった。ある程度の高さになってから、塔の中で人間が住めるようになり、円柱形の都市が出来上がったのだ。

インフラ設備が整うまで、市民は大変な暮らしを送っていたらしいが、現在ではすっかり住みよい都市だ。エレベーターでどんなに高い階層にも、あっという間に辿り着けるし、気温や湿度は常に快適な状態に調整されている。

塔の一部の外側は透明な建築資材で覆われているので、太陽光で様々な野菜や果物を栽培できる。海水をくみ上げてろ過し、汚水を綺麗な水に戻す水道設備もあるので、食べ物や水で困ることも無い。

塔の維持や増築は、市民の仕事だ。未来の市民のためにも、塔をしっかり保持し、伸ばす。私の仕事は、通路の補修作業。注目されることは無いが、気に入っている。

「ムーンヴィレッジでの塔の増設作業は難航しているらしいですね」

「ええ、重力の調整が上手くいかなくて。今までの宇宙空間での塔の建設は、月と地球が重力で塔の両端を引っ張っていてくれたから順調だったんです。しかし、今度はそうもいかない」

金色のショートヘアを掻き上げた女性は、凛々しい顔つきになった。

「ラグ、ラグラ、ラグランジュ点でしたっけ。聞いたことあります。天体同士の重力が釣り合う地点」

女性が緑色の瞳を輝かせる。

「あら。よくご存知で。そうです。その地点のおかげで、塔は月にまで届いて、ムーンヴィレッジができたんです」

「星に助けられて伸びる塔なんて、考えると面白いですよね」

「本当に。この巨柱都市は、壮大に守られてるんです。月と地球に。ずっと」

感慨深げに呟く女性に、頷く。ポーンという電子音が鳴る。もうすぐ塔の最上階、月に到着だ。その月と地球に引っ張られて、守られて、私たちの塔が存在している。



エレベーターを降りた所で女性と別れ、病院に向かって歩く。別れ際に渡した1つのリンゴを、女性はとても喜んでくれた。長い入院生活で気落ちしている祖母も、あんな風に笑ってくれるといい。

エレベーター乗り場から出て、整備されている白い道路を歩く。ドーム状の透明なカバーで全体が覆われているムーンヴィレッジからは、いつでも宇宙空間が見える。

真昼にも続く、壮大なプラネタリウムのショー。小さく輝く青い星は、地球だ。ムーンヴィレッジに来ると、つい、ずっと空を見上げてしまう。塔はまた、どこかの星に辿り着くのだろうか。それとも、増築は中止されるのだろうか。

どちらにしても、私は塔の中の道を直し続けているだろう。未来に続く道と信じて。


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