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儚い煙の浮遊

濃い煙に満たされた街の中で、今日もドロドロに溶ける鉄の状態を見極める。

僕は、工業エリアR-269に配属されている鉄工員。人間にとって過酷な環境でも、半永久的に働き続けられるように設計された機械人間だ。

ある時、時間認識機能の一部に問題が生じて、僕たちは自分たちが何歳なのか、正確に言うと製造年月日からどのくらい経過したのか、よく分からなくなってしまった。

でも、工員としての仕事には支障なかったので、そのままにされた。あの時から、もう随分経っているはずだ。時々、見学ツアーとか視察とか言いながら、僕たちの様子を見に来る人間たちも久しく見かけなくなった。

真っ赤に溶けた鉄を型に流し込む。型の位置をしっかり計算して、右腕パーツの操作に集中。これで最後。よし、良い感じだ。カション、カションと工員の歩く音が響いてきた。

「交代の時間です」

「やぁどうも。ちょうど終わったところ。後はよろしくね」

軽やかに歩いてきた同僚に、バトンタッチ。僕らは自動メンテナンスのために、しばらくスリープモードでいなくちゃいけないので交代制なのだ。睡眠用の部屋で直立不動のまま数時間、ぐっすり眠る。

眠る間、僕は時々不思議な映像を見る。金属むき出しの僕の手足が人間の手足そっくりになっていて、草原や砂漠、氷の大地といった様々な場所を走り抜けている映像。おそらく、夢というものだ。昔、工場見学に来ていた子供たちに、こっそり教えてもらった。

他の工員に話すと、記憶機能やメモリに異常があるのでは?と必ず心配されるので、もうずっと黙っている。やはり、ただの故障なのだろうか?人間になってみたいと思っているせいか?あの夢を好ましいと思うのは、異常なのだろうか?


「バク君、きっともう少しで、たっぷり夢が食べられるよ。元気出して。これ以上小さくなると、バクじゃなくなっちゃうぞ」

懐かしい人間の声が聞こえてきて、はっと歩みを止める。気付いたら、工場の外に出てしまっていた。視覚カメラを切り替えて、煙の奥にいるはずの人間を探した。

いた。少年だ。英国紳士のような、大人っぽい服装をしている。何か抱えているようだ。動物?どんどん、僕に近づいてくる。

「うわぁ!」

ついに僕に気付いたらしい少年が、驚いて尻もちをついた。ああ、泣かせてしまうかも。何か言って、安心させなくては。

「あああ、あの!こんにちは!あ、初めまして!僕は工業用の機械人間だから、見た目はごっついロボットって感じだけど、人畜無害ですよ」

沈黙。

ああ、泣かないで、逃げないで。大体の子供は、僕と目が合うと大泣きして逃げて行った。大昔の苦い記憶が蘇る。

「まだ工場は、稼働しているのですね……。工員さん、すみません、驚いてしまって。失礼しました」

少年は落ちたキャスケットを拾って被り、立ち上がってお尻をはたいた。子供じゃ、ないようだ。でも見た目は、どう見ても子供だ。

「私は旅をしております、グレブという者です。見た目は子供なんですが、本当はかなりお爺さんなんです。この子は、相棒のバク君。名前を付けたいんですけどね、全部却下されてしまって。結局バクって、そのまま呼んでます」

顔と腕と胸部、後ろ足は黒く、その他の部分は白い、象のような鼻と牙を持つ奇妙な動物が、私の足を登ってきた。プープーと、鳴いている。動けない。

「これこれ、駄目だよバク君。すみませんね、あまり、こんなことしないのだけど。あ、もしかして夢、よく見たりします?」

バク、という動物を引きはがしてくれたグレブは、期待のこもった視線を僕に向けた。



廃棄予定の鉄材をカリカリと夢中で咀嚼するバクを、僕とグレブはぼんやりと眺めている。まさか、本当に食べるとは。

夢が大好物なので夢をくれないかと言われたが、怖いので断った。鉄も好きだというので、廃棄する鉄を集めておくエリアに案内したら、着いた途端に物凄い勢いで食べ始めた。ちょっとずつ体が大きくなっている。

「良かったねーバク君。ありがとうございます。これで一安心だ。食べなくても死にはしないんだけど、小さくなって元気がなくなってしまうんです」

「動物は、食べないと死んでしまうのでは?」

「私と同じ不老不死なので。実は私、もう自分の年齢がよく分からないのです。10歳の頃から、歳を取らなくなりました。有害ガスが出る場所でも平然としてられるし、ケガや病気もすぐ治るしってことで、周りの人から怖がられてしまって。化物、悪魔の子供だって言われて、故郷を追われました。それ以来、ずっと旅を」

「ああ、同じです。僕も自分が何歳なのか分からないんです。時間認識機能に問題があって。そのままにされてしまった。僕は今何歳なんだろうって、時々気になる」

「そうなのですか。あなたは、人間らしいですね。他の工員は、あまり人っぽくないのに」

「そうなんです。よく他の工員に心配されます。人間っぽいというか、人間に憧れがあって。だから、僕だけ夢というものを見るのかもしれません。やっぱり、変だと思いますか?」

ゆっくり首を横に振るグレブの足元に、いつの間にかバク君がいた。満足した様子で、寝ころんでいる。

「奇跡だと、私は思う。きっとあなたの意思が、プログラムを変えたのでしょう。無機物と有機物の壁を越えたんです。あなたの夢は大事にしておいたほうがいい。きっと大きく育ちますよ」

奇跡という言葉を反芻する。温かい煙が、立ち込めてきた。


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