【7】第一章 眠れる境の探偵社 (7)ボッチ王子、東京駅に行く
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「あれからここに来るまでまさかの3年ですよ、3年! 王子、ちゃんと聞いてます? あ、やっと僕の番だ。ちょっと待ってて下さい。えーと、ザラメ入りメープルワッフルを3……いや、5個! 下さい」
ガラスケースの向こうでキラキラと甘い光沢を放つワッフル達。東京駅構内の人気店『サカイノワッフル』の行列に並んでいる時から、時生の目は釘付けだ。
「ここのメープルシロップはカナダ国のケベック州からも絶賛される、あの境の国村原産のものだけを使ってて、僕がどれだけこれを食べたかったか……。あ、違いますよ! 『ここに来るまで』の『ここ』はもちろん日本国の事であって、この店の事じゃ……あ、はいっ! ザラメ入り5個は僕です!」
駅構内特有の少々背の高いショウケースと背中のバカデカいバックパックに阻まれながらも、両手を伸ばして受け取った紙の包みはホカホカと温かく、焼きたてのカリカリとした感触が指先に伝わってくる。何よりメープルシロップの甘苦い香りが堪らない。
「まずは腹ごしらえ! アツアツをいただきましょう。ね、王子!」
だが、ウキウキと時生が見上げた先にいたのは――
「で、その王子様はどこにいるんです、お供のおチビさん?」
およそ王子様とは程遠い、黒いスーツに身を包んだ痩せぎすの青白い男だった。時生は頭の中で浮かび上がった人物データを見る。どうやらこいつは宮内庁の裏方さんらしい。慌てて胴衣の下にワッフルを隠す時生を見て、男はため息をつく。
「その格好で見つからないとでも思ったんですか?」
時生の格好はオーロラ公国の正装に背丈以上のバックパック。確かに、目立つ。その時――
「別に逃げていた訳ではないんです。お迎えがなかったもので、つい前から来たかった東京駅に自分達だけで来てしまって。本当に申し訳ありません」
そう言って時生と男の間にフワリと割って入り一礼したのは、オーロラ公国の正装に身を包み、王子以外の何者でもないオーラを醸し出したタカフミだった。時生以上に目立つ。その証拠に時生達の周りには、いつの間にか人だかりが出来ている。
「それは貴方方が申請した専用機に乗っておられなかったから……!」
「そうなんです。何か手違いがあったようで。でも、こうして日本国の皆さんの優しさに触れる事が出来て、本当に良かった。案内ありがとう、可愛いプリンセス達!」
タカフミがフワリと手を挙げると、周囲からキャーともギャーともつかない黄色い歓声が上がる。男は忌々しそうに周りに目を遣ると、部下なのだろう、同じく黒い男達に周囲を下がらせるよう指示を出した。
その一瞬目が離れた隙。
「時生、床に空いてるスペースは何時の方角かな?」
え? と思う間も無く、訓練の成果で道筋が光って見え、口が答える。
「10時5分の方角ですけど……」
「時生、カーリングは知ってるかな?」
「ええ、知ってますけど……」
「じゃあ大丈夫。両手を頭に載せて、顎上げて」
「あご?」
と思った時には襟首と腰帯を掴まれ、時生は手と共にワッフルを頭の上に乗せ、腹這いになって人垣の脚の間を滑り抜けていた。そして
「アッツーーー!!!」
摩擦の熱さで反射的に反転した時生の目に飛び込んで来たのは、百人はいるであろうその人垣の上を、軽々と飛び越えている華麗なタカフミの姿。
「走れ時生!」
という声を脳が認識する頃には、バックパックを掴まれ引きずられている時生の目には、歓声の人垣を掻き分けもがく男達の小さな姿が映っていた。
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