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【6】第一章 眠れる境の探偵社 (6)ボッチ王子誕生


「なあ! あの王子様がキスすれば、村の呪いも解けるんじゃねぇかな?」
「馬鹿か? ウチの村に姫なんかおりゃせんだろ」
「いるじゃん、眠り姫」
「ありゃ居眠り姫だろ」
「大体どうやって王子に来てもらうんだよ? オーロラ公国には完全無視されてんだろ?」
「あいつら『眠りの呪い』の事を口にしただけで、通信遮断しやがって」
「やっぱ村だから相手にされないんじゃないかな? 日本国に頼んだほうが……」
「お馬鹿か? 国はこの村が閉じられてた方が都合いいんじゃから、阻止するに決まっとろう」
「せっかくのチャンスなのにどうするの、桜さん」
「ガタガタうるさいねェ。まだその時じゃあないよ」
「でも百年まで後五年もないでしょ」
「眠り姫コンテストして選んだ子と、王子を見合いさせるってのはどうよ?」
「大馬鹿かっ! この現代に十五歳かそこらの子を人身御供にする気かっ!」
 大人達が堂々巡りの議論をする中、店の喧騒と卵の美味しい香りに包まれながら、一人の少女が隅のバーラウンジに置かれたテレビを、口をあんぐり開けて見ている。フォークに乗せたスクランブルエッグがボタボタと落ちるのも気づかない。隣のソファでは緑の瞳の幼顔の女性が、そんな少女を面白そうに見ていた。翠の黒髪を編み上げ、同じ色の襟高ワンピースを着た彼女の膝には、お腹だけ真っ白のペンギンの様な黒猫がゴロゴロ喉を鳴らしてくつろいでいる。
「ねぇマダム、ママ何回もTVで流れてるよ。ママ、ボッチ村初の有名人になった?」
「そうねぇ。今、日本国一有名なリポーターでしょうね」
「ねぇマダム、眠り姫は十五歳なんだって。もしかして私かもしれないかなぁ?」
「そうねぇ。そうかもしれないわねぇ」
「ねぇマダム、マダムの名前はオーロラ?」
「違うわ」
「アリエル?」
「残念」
「ベル?」
「ハズレよ。今日はディズニーシリーズかしら?」
「あたり!て、私がマダムの名前を当てるのにぃ!」
「姉ちゃん、先学校行くよ。行ってきます、マダムにポワロ」
「いってらっしゃい、颯太」
「そっか、学校行かなきゃ。忘れてた。行ってきます、マダムにポワロ!」
「いってらっしゃい、楓。あら、どうかした?」
「ねぇマダム、さっきのペンギン王子ね、ホンモノの王子にならない?」
「さあどうかしらねぇ。楓はそうなって欲しいの?」
 その時、琥珀色の瞳が驚いた様にちょっと見開き、口がきゅっと結ばれたかと思うと、楓は赤い顔でコクリと頷いた。
 するとポワロと呼ばれたペンギン猫がナーンと鳴き、それと同時にテレビ横の『時を告げる大時計』がボーンと鳴った。
 それを聞いた途端、楓と颯太は顔を見合わせ、我先にと駆け出した。子供達にとっては遠い南極の話より、数年ぶりに時を告げた村の大時計の方がよっぽどのニュースだったからだ。
 
❄︎ ❄︎ ❄︎

「ど、どうですか淑女レディ、じゃなくて女王陛下クィーン・メアリ。 お、おかしくないですか?」
「ええ時生、とっても素敵。でもこの方がもっと男前ですよ」
 そう言うとイギリス国女王は、時生の黒縁眼鏡をサッサと取り上げた。相変わらずせっかちなおばあちゃんだ。
 時生がこの唯一の友達、『御伽噺倶楽部おとぎばなしクラブ』の老淑女オールドレディの事をイギリス国女王だと知ったのはついさっき、謁見した時だ。度肝を抜かれたおかげで、まだどもってしまう。
「ずっと隠してたなんて意地が悪いです」
「あら、私達ネッ友でしょう? 素性は明かさないのが流儀というものですよ」
 膨れる時生に、そう冷たい事を言いながらも甲斐甲斐しく身支度の世話を焼いてくれる。
 撫で付けてもすぐ跳ねる癖のある黒髪に、緑色がわからないほどのつぶらな瞳、緊張で赤く染まったソバカスだらけの鼻。いつも通り冴えない自分ではあるが、オーロラ公国の正装のおかげで五割り増しだ。着物の様な胴衣は白銀で、帯はケルト紋様を銀糸で縫い取った荘厳な一品。ズボンとブーツは艶めく黒で、皇帝ペンギンを模しているらしい。
  クレバス転落から数日後の今日。時生の回復を待って、イギリス国のウエストミンスター寺院で、オーロラ公国後見人であるイギリス国女王により、公国の『王司の儀』が執り行われる事となった。
 世界中のメディアと権力者が見つめる中、儀式は礼拝堂正面に設けられた、緑のビロードの天蓋の中で行われる。そして今は天蓋の入り口も閉じられ、気心の知れた女王と二人きり……
「ご機嫌だねぇ、時生君」
 いや、三人だった。全く気に食わないが、タカフミが時生と全く同じ格好で隅に立っている。
「そりゃそうさ。もうすぐ僕は呪いを解いて本来の十八歳の姿に戻るんだ。だから君も早くその衣装を脱いだらどうだい、タカフミ君」
「なんでだよ」
「呪いが解けて僕は大きくなる。当然この衣装は小さくて着れない。だからだよ。この天蓋に王子として入って来たのは君だけど、出て行くのはこの僕だ」
「うわ、おまえ最低だな。じゃあ俺は何着るんだよ」
 南極で時生がオーロラ姫を予見したあの日、真っ先に報じた日本国のレポーターは少々間違えた。時生とタカフミを取り違えたのだ。そしてそれに倣って各国もオーロラ姫を予見した王子をタカフミだと報じた。
『まあ、無理もないですねぇ』
 という所長には「なにが?」と聞きたかったが、タカフミを時生の影武者にする、という所長の案には渋々賛成した。もうすぐチビ卒業だから、一時の我慢だ。
 儀式の準備が整い、王笏おうしゃくを持ったメアリ女王が厳かに時生の前に立つ。すると会場中の 空気が一変した。
「この『王司の儀』の王司は『王を司る者』、つまりオーロラ公国の真の王であるオーロラが見つかるまで、王を務める者の事です。そして王司の最大の勤めは
 時生は思わず肩をすくめた。自分の最大の目的はそうじゃない。
「オーロラは女神アウロラの生まれ変わり。『眠りの呪い』を己にかけ、その記憶の一切を眠りの底に封じ込め、世界の何処かに宿りし眠り姫。故に眠り姫を探す王司は王子であり、土地も国民も持たぬのとされているのです」
 女王はそう言うと、ケルト紋様が美しく彫られた聖書台から、一冊の本を手に取った。
「王司に授けられるこの『眠りの書』には、オーロラ公国に伝わる『眠りの呪い』の全てが記されているとされています。呪いのかけ方も、そして解き方も」
 ついにこの時が来た――!

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