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達人達

 語り: 千利休に案内されて、加藤清正は茶室へ続く小道を歩いていた。紫陽花(あじさい)が見事に咲いている。

 利休: 加藤様……お越しくださり嬉しゅうございます。

 清正: フッ!

 語り :利休は、武士ではない。もともとは魚問屋に過ぎない。前々から、利休が、秀吉公にまで堂々と意見を言うのが、彼は気に食わなかった。人づてに、利休から茶に誘われていたが、敢えて行かないでいた。そろそろ仕掛けようかと清正は思い、突然、「一人で、伺う」と返事をして、草庵へやってきた。さぞ慌てた事だろう。
茶室の入り口まで来たとき、ふと考えて、清正は、非常識を承知で刀を持って入ろうとした。

 利休:加藤様、お腰のものはこちらへ……

 清正: これは武士の魂。いっときも、手放すわけにはいかぬ。

 語り: 清正は、眼光鋭く、利休を見た。二人の間で 一時の間 沈黙が流れた。利休は表情を変えなかった。

 利休: ……失礼いたしました。こちらへ。

 語り: 小さい入口から狭い茶室に入り、二人は、畳に座った。部屋には茶道具以外は、 空の花瓶が一つあるばかりである。

 清正 :今回は、太閤殿下をいっぱい食わせたような仕込みはできなかったか?

 利休: 商人である私め(わたくしめ)を、太閤殿下(たいこうでんか)は、格別にお引き立てくださりました。今日(こんにち)の利休がありますのは、殿下のお陰でございます。いっぱい食わせるなど、思いもよらぬこと。ただ庭に咲き乱れた朝顔をお見せするのは、子どもにでもできることです。朝顔を一輪のみ残して茶室に飾りましたのは、太閤殿下に、この利休の真髄を持っておもてなしをいたしたかったからでございます。

 清正: フッ……刀を持って入るような無礼な客には、手を抜いて、もてなす花はないか。

 利休 :加藤様もお人が悪うございます。急なご来訪ゆえ行き届かぬことも多いことお許しください。

 清正 :そなたのように、変幻自在に色を変える……紫陽花が庭にあるではないか……

 語り:利休は微笑しながら、答えず、柄杓(ひしゃく)を取り、窯から湯を掬おうとした。

 (SE) じゅー! シュー! 

 語り :音がした途端、狭い茶室に灰と煙が舞い上がり充満した。

 清正:ごほっ! げほっ! ごほっ!

 語り: たまらず、清正は、狭い茶室から急いで出た。

 語り: 利休が、ゆっくりと茶室から出てきて、清正が忘れてきた刀を両手で差し出し深々と頭を下げた。

 利休: 歳は取りたくないものでございます。湯の入った柄杓を炉(ろ)に落としてしまいました……まことに申し訳ございません……

 語り :清正は、顔をしかめて刀をひったくった。

 清正: ……帰る!

 語り: 清正は歩き出した。

利休: 平に……ご容赦ください……

語り: 清正は、振り返って言った。

 清正: 臭い芝居はやめろ! 茶の達人のお主が、誤って柄杓など落とすものか! お主が己(おのれ)の領分をこけにされても、何もしない腑抜けであったなら、そなたをこうするつもりであった。

 (SE) ふぉん! ばしゅ!(刀を振って斬る音)

 (SE) パシッ(斬った紫陽花を受け止める音)

 語り:清正は、抜く手も見せず、下段から刀を切り上げ、即座に刀を鞘に納めた。斬られて舞い上がった紫陽花が一輪、落ちてきて清正は、それを空中でつかんだ。さすがに、利休も驚いて、目を見開き口をあんぐり開けた。

 清正: まことに口惜しいが…………戦わずして勝つ者が最強じゃ。わしは、武骨な乱暴者ゆえ、上品なことはわからぬ。しかし、兵法の者としての心得はある。こたびは、わしの負けじゃ。気が向かれたら、これを茶室にでも飾られよ。無粋(ぶすい)な仕業(しわざ)、お許しくだされ、利休殿。

 語り: 清正は、利休に紫陽花を差し出した。利休は深々と頭を下げ、両手で紫陽花を受け取った。

 利休: ありがたく……

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