虫送り
私が所属しているHEARシナリオ部で書いた作品です。
月に一度テーマを決めて、部員で作品を書き合います。
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―――虫送り
稲の害虫を防ぐための民間行事。
人形を作り、松明をつけて、鐘や太鼓を叩きながら、ねり歩き、最後には虫の魂を移した人形に火をつけて、川や海に捨てる。
◆
何か、恐い話ですか……
急には、なかなか、思いつきませんが……
ああ、そういえば、こんな事がありました。かなり昔のことです。
◆
あの郊外の町は、まだ、雑木林が残っていたのを覚えています。そこに一人の女の子が住んでいました。仮に、その女の子をサトミと呼ぶことにしましょうか。サトミは、とても元気な子で、男の子に混じって、野山を駆け回っていました。
ぶーん。
◆
ある日、そのサトミが、通学中、じっと、フェンスに絡みついている草を熱心に見ていたのです。やはり、通学中のある少年、この子は、仮にヒロキとしましょう。ヒロキも、サトミに近づいて、その様子を見ていました。それは、ヤブガラシという植物の花で、サトミは、それ見ていたのです。
直径20cmくらいの目立たない黄色や緑の花が、複雑に茎にくっついています。そういう花の集合体の上を、スズメバチは、歩き回っていました。
ヒロキは、「危ないよ」と言いました。
サトミは「大丈夫。ハチさんに『見ていてもいい?』って、聞いたから。そしたら『今は、遊んでいるだけだから、いいよ』って言ってくれたんだ!」と答えました。
「ハチが?」
「うん!」
そこを、担任のタマチ先生が、胡散臭そうな目で、通り過ぎていきました。タマチ先生の長い髪から強い香水の匂いがしました。スズメバチが、少し動きを止めましたが、また、花の上を歩き回り始めました。
「怖くないの?」とヒロキが尋ねますと、「全然。強くてかっこいい!」といいます。サトミは最近、ずっと沈んでいたのに、今はとても明るい様子です。ため息をつくと、ヒロキは、サトミを置いて学校に行こうとしました。振り返ると、サトミが、こちらを見て笑っていました。その奇妙にキラキラとした目を見て、ヒロキは、ぞっとしました。
ぶーん。
◆
サトミは、場の空気を読めない所がありました。ある日、サトミが、授業中に、タマチ先生の板書の誤字を指摘したのです。それから、先生の嫌がらせが始まりました。
先生は、難しい問題を、サトミにばかり当てて、サトミが答えられないと、みんなの前で笑いました。これが、タマチ先生の、イライラしているときの癖でした。
そんな事を繰り返すうちに、サトミに、クラスのみんなが、嫌がらせをするようになった。みんな、悪口を言ったり、無視したり、サトミの持ち物を隠すようになりました。
宿題なんかも、よく隠されてしまったそうです。サトミが「持ってきたはずなんです!」と言っても、ますます鬼の首でも取ったようにタマチ先生は「嘘をつく子は、どうしようもないわね!」と、また囃し立てます。
サトミの両親も、学校に何度も相談はしていました。しかし、学校からは、「いじめに当たる事案は確認できない」という回答。
いじめは、絶対存在しない。残念な事に、当時は、そういう態度の校長先生は、少なくなかったらしいですね。
でも、サトミに対して、無数の小さな針で刺すような行為が、毎日、起こっていました。
イライラを払うために、集団の中で起こる生贄の祭り……
あの流れが起きた時、子どもは、どうしたらいいのでしょうね。
ぶーん。
◆
ある日。5年2組の教室に、どういうわけか、蠅がたくさん飛んでいました。猛暑だったせいでしょうか。
生徒たちは「なんでこんなに蠅が多いの?」と、騒いでいます。担任のタマチ先生も、手で蠅を追い払いながら、イライラしていました。
ぶーん。
◆
その日、教室の後ろから、鈍い大きな音がして、小さな塊が飛んで行きました。蠅ではありません。15cm くらいのもっと大きいものが、まっすぐ、タマチ先生の方に飛んで行きました。タマチ先生は、板書をしていたので、後ろから、飛んできたのがスズメバチだとは認識していませんでした。
「ああ、うるさいわね!」
と、振り返るのと同時に、彼女は、無意識にそれを手で振り払いました。タマチ先生の手を、スズメバチは、軽々とよけて、空中に静止しました。これは、スズメバチが攻撃に移る前に取る行動です。
「タマチ先生の恐怖にひきつった顔は、今でも忘れない」と彼女は言っていました。
そして、スズメバチは、タマチ先生の頭に飛んで行きました。
タマチ先生は、甲高い声で、叫び続けました。
目を見開いたタマチ先生が、仰向けに倒れて、咳をするような呼吸をしだしました。たぶん、アナフィラキシーショックで、呼吸困難になったのだと思います。
スズメバチは、タマチ先生の顔の上に止まっていて、引き抜かれた針からは、びゅっ! びゅっ! っと、まだ毒液が間欠(かんけつ)的に噴き出ていました。
ぶーん。
◆
どのくらい時間が経ったのか、咳をするようなタマチ先生の呼吸音も聞こえなくなったとき、スズメバチは開いている窓から、飛んでいきました。
ほかの生徒たちは、その間、びっくりして、声も上げられなかったそうです。
もちろん、タマチ先生の死は、不幸な事故として処理されました。
タマチ先生は、きつい匂いの香水をつけていたので、それも良くなかったのではないかと言われました。香水はスズメバチを惹きつけるのです。
猛暑で、スズメバチの出没も増えていたので、なおさら、大人たちは、納得しました。
タマチ先生の代わりの先生が、担任になりましたが、その後、そのクラスでのいじめはなくなりました。
いじめが無くなったというより、みんなショックを受けて、クラス内での交流自体が無くなってしまった。
あとは、学年が変わると、クラス替えもあり、いじめがあったことも、スズメバチのことも、うやむやになってしまいました。
ぶーん。
◆
気味が悪いタイミング…… 確かに、それは、みんなが思ったことだと思います。
私は、サトミが図書館で、昆虫図鑑を見ているのを見たことがありました。彼女は……ハチの項目を見ていました。サトミは、先ほど言ったように、虫に対してまったく平気だったのです。カブトムシを取る時、クヌギの蜜が出ているような場所は、スズメバチも集まってきている場合があります。私は、サトミと一緒に、カブトムシを取る時に、スズメバチの危険性をサトミに教えていました。
普通の子どもは怖がるのに、サトミは興味を持ってハチについて調べ始めた。虫に対して、親しみさえ、感じているようでした。『虫愛ずる姫君』という話が、平安時代の古典にあるそうですが、そんな事、当時の私は知るよしもありません。
◆
スズメバチの種類にもよるのですが、オレンジジュースやカエルの肉なんかを置いておくと、彼らは集まって来る場合があります。そして、それを捕まえて、煙でいぶすんです。煙を出す花火みたいなものがあるのですよ。私の両親は、長野県の出身でね。祖父母が、ハチノコを取るやり方を知っていたのです。煙でいぶされると、スズメバチは、数時間のあいだ、仮死状態になります。
ええ。子どもたちだけで、そんなことをするのは、とても危険です。
しかし………… 子どもも、ニュースぐらい見ています。
人が死ぬような出来事が起こったら、自分の都合しか理解できなくなった人間たちの何かが変わるのかもしれないと思った。
暗かったサトミが、不自然な明るさを見せ始めているのも、とても危険だと、私は思いました。自分一人で無茶をするんじゃないかって。
私は、違うクラスにいたサトミを、直接は守ってやれない自分が、とても悔しかった……
◆
その後、サトミは、どうなったか、ですって?
ぶれずに、今も、スズメバチの毒について研究論文を書いたりしています。
スズメバチの毒は「毒のカクテル」と言われるほど、複雑な作用をするものなのだそうですね……
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