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天井が緑色になった話。


幼いころ、我が家にはテレビが2台あった。


1台はリビングに、もう1台は僕の部屋にあった。今のような、薄型のテレビではなく、もっと、ぶくっと、ふくよかな感じのテレビだったと記憶している。


リビングにあるテレビは今でいう32インチくらいの大きさで、屋外にアンテナがあり、画質が安定していた。


一方、僕の部屋にあるテレビは、リビングのそれよりは圧倒的に小さく、おもちゃのような屋内アンテナを使っていたので、時間帯によってテレビが映らなくなった。


画質が悪くなると、室内アンテナをできるだけ高く掲げてみたり、ダイヤルを回してみたりした。時には、アンテナではなくテレビに対して空手チョップをしたりもした。


しかし、そういったあれこれは、一瞬だけ画質を改善させるものの、結局画質はよくならないことがほとんどだった。


そんな僕の部屋のテレビをうまく扱う人物がいた。父、である。父は時間帯によって、小さな屋内アンテナを移動させ、画質を安定させた。


「午前中は窓側、午後はできるだけ高い位置に。ダイヤルはここまでまわすんだ」


何度かそのような説明を口頭で受けた(と思う)が、幼い子どもには理解できなかった。


「そんなの良いから新しいのを買ってよ~」


そう何度かお願いしていたと思う。


僕が寝始めるころ、父はよく僕の部屋にやってきた。


「テレビ、見てもいいか?」


手に柿の種か何かを持った父はよくそう言った。たぶん今も昔も、リビングのテレビは、母親に最優先権利があるので、父は追いやられていたのだろう。


暗い部屋のなかで、ベッドから見える父親の背中。その先にあるテレビ。テレビが明るくなったり暗くなったりして、周囲の色が変わる。遠くなる意識のなかで、天井はよく緑色になっていた。


「ああ、またゴルフ見ているんだ」


よくそう思った。


最近、朝起きてテレビをつけた。8時ごろだったと思う。


ピッピ、ピッピ。テレビの速報がなった。


「松山英樹選手がマスターズゴルフで優勝」


画面の上部にテロップが流れた。すぐに生中継をしていたテレビ局にチャンネルを変えた。


テレビに映し出される緑のグリーンを見て、あのころを思い出した。天井が緑色になっていた、あのころを。


父も、ゴルフを見ているだろうか。


そんなことを考えながら、朝食を食べた。

(おしまい)


■余談
父はリビングのテレビでゴルフを見て母親に叱られ、さらには会社に遅刻した、らしい。まさにダブルボギー。


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